ルイ・エラールは、ドイツ人の独立時計師であるステファン・クドケとコラボレーションした新作コレクションを発表した。この時計師が拠点を置くドイツの、そして禅の世界観を取り入れた“厳格”さをも備えつつ、現在のルイ・エラールの“人ありき”な時計づくりを存分に反映した腕時計を深掘りする。
Photographs & Text by Chieko Tsuruoka(Chronos-Japan)
[2024年9月17日公開記事]
ルイ・エラール×ステファン・クドケのコラボレーションモデル!
ルイ・エラールから、ドイツ人の独立時計師であるステファン・クドケが立ち上げたブランド「KUDOKE」とのコラボレーションモデルが発表された。ライトブルー、パープル、フォレストグリーン、そしてマザー・オブ・パール文字盤を備えた、計4型がラインナップされている。
自動巻き(Cal.SW266-1)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.25mm)。5気圧防水。世界限定100本(左・中)、世界限定78本(右)。各89万1000円(税込み)。
自動巻き(Cal.SW266-1)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.25mm)。5気圧防水。世界限定78本。各99万5500円(税込み)。
ルイ・エラール式、時計の“作り方”と“売り方”
ルイ・エラールは、時計市場にたくさんの製品が流通しているような有名ブランドではない。むしろ「あえて年産を制限している」ブランドだ。
今回、2024年8月29日~9月2日までスイス・ジュネーブで開催されたジュネーブ・ウォッチ・デイズで、2020年から同ブランドでCEOを務めてきたマニュエル・エムシュを取材した。
ルイ・エラールは、1929年に創業した歴史ある時計ブランドだ。とはいえ2019年のリブランド以降、そのブランディングやものづくりの体制を大きく変化させたことで、現在は時計市場で独自のポジショニングを確立している。この独自性の立役者こそ、マニュエル・エムシュだ。長らく時計を量産してきたこのブランドは、現在では年産3600本程度に“あえて”抑えた体制を敷いている。
「我々は年間生産本数を抑えており、今後、量産するつもりはありません。なぜなら(この程度の生産本数であれば)いろいろなことを予測できるから。市場に流通する量が少なめとなり、二次流通市場での販売価格も高くなり、結果としてブランドイメージが上がります」
生産体制のみならず、「売り方」にもマニュエル・エムシュ独自の戦略がある。
「(3600本のうち)公式ウェブサイトで直接売っているのは、その3分の1にあたる1200本です。D to C(Direct to Consumer)ですね。D to Cで売り上げの50%を超えたくないので、1200本より多く(公式ウェブサイトで)売るつもりはありません。残りの3分の2が売り上げの50%となっており、各国の店舗で販売している分です。ただし、世界中で60店舗しか展開していません。重要な場所に、まず1カ所ずつリテーラーを設けるというのが我々のやり方だからです。時計ファンが多い日本でも、この戦略をパートナーと構築中です」
もっとも、今後リテーラーを減らすことも計画しているという。
「我々は量よりも品質を大切にしているため、“POM”という新しいコンセプトを取り入れています。POMはPoint Of Market。顧客にとってのタッチポイント、サービスポイント、そしてスピリットポイントであり、顧客は我々の製品をタッチ&フィールすることができる、というアイデアです。POS、すなわちPoint Of Salesではないのです」
また、ルイ・エラールは他のブランドのように、決まったコレクションをレギュラー販売しているわけではない。
「(ルイ・エラールに)コアコレクションは、ないと思ってほしいです。ブランドの成長のために、長い目で見たプロジェクトをスタートさせ、少しずつ戦略展開していっているのです。我々が視野に入れているポジションはハイエンドブランド、そしてオートオルロジュリー市場での展開です。とはいえ、適正な価格で提供することも重要視しています。トゥールビヨン搭載モデルなどの一部を除いて、3000〜5000スイスフラン(日本円の定価で約50万〜90万円)がプライスレンジです。2000スイスフランより安くしてしまうと、高い品質やスイスメイドが守れません。そのため、この価格帯で毎年7〜8の新作コレクションを発表しています。新作コレクションには、メティエダールやアートクラフトを盛り込んだ、ダイアルメーカーのドンツェカドランによるエナメル文字盤に加え、ギヨシェ彫りを文字盤にあしらったタイムピースなどがあります。さまざまな職人芸によって生み出されたタイムピースを、このプライスレンジで顧客に提供したいのです」
スイスの伝統的な時計製造技法を味わえる腕時計は、時計愛好家を中心に高い関心を集めている一方で、メーカーにとって歩留まりは決して良くない。
「(4000スイスフラン以下では)損することもあるし、儲からない時もある。でも、私はこうした職人芸に感銘を受けています。メティエダールの後ろに、職人たちがいるからです。『後ろに人がいる』というのが大切。なぜならルイ・エラールは、“人ありき”で成立している会社だと考えているからです」
これらのコレクションのほとんどは限定品だ。定期的に製造するコアコレクションを持つのではなく、単発的で限定的な販売を行うことで、稀少性を保ち、かつ時計愛好家の関心を引き続けることに成功しているのだろう。なお、例外はあるものの、限定本数は基本的に178本と決めているという。“178”という数字にも、マニュエル・エムシュの思い入れがある。
「我々にとって(品質を維持しつつ)無理なく適正価格を維持するには、少なくとも100本は製造しなくてはなりません。利益を得ようとすると、もう少し必要です。経済的な観点からは、150〜250本は作りたいと考えています。この幅の中で、何か良い数字はないかなと考えて、178本にしました。中国では、178は『Yīqībā(イー・チー・バー)』と読み、一緒に強くなろう、という意味に捉えられるそうです。良い数字だと思って、178本という生産数を選びました」
コラボレーションも“人ありき”
「コアコレクションを持たない」ルイ・エラールの腕時計は、著名な時計師や時計業界とコラボレーションする特別モデルが目立つ。今回ジュネーブ・ウォッチ・デイズで発表された新作モデルも、前述の通り、ドイツ人独立時計師であるステファン・クドケが立ち上げたブランド「KUDOKE」とのコラボレーションによって実現したモデルだ。
ポリッシュされた優美なラウンド型のケース、文字盤に設けられたインダイアルの縁やミニッツトラックのロジウムメッキが施されたチャプターリング、そして時針(12時位置のインダイアル)にあしらわれた「インフィニティ ハンド」をはじめとした各種針の青焼きなどから、KUDOKEの要素が感じられる一方で、ルイ・エラールを象徴するレギュレーター表示が加わることで、文字盤のふたつのロゴプレートだけでなく、スタイルとして“ダブルネーム”が完成したモデルだ。
なお、インフィニティは「無限大」という意味で、その記号は奇しくもルイ・エラールの直列するインダイアルのレイアウトと共通している。このレギュレーター表示についてマニュエル・エムシュは「ジャケ・ドローに似ているって言われるけど、私はジャケ・ドローに9年在籍していたからね(笑)」と笑った。
新作は、4種のモデルがラインナップされた。パープル文字盤、フォレストグリーン文字盤、ライトブルー文字盤、マザー・オブ・パール文字盤だ。マザー・オブ・パール文字盤以外はフロスト加工が施された。一方で12時位置のインダイアルには、マニュエル・エムシュが大切にしているスイス時計製造の職人技のひとつである、クル・ド・パリ装飾が与えられている。なお、本作にはドイツの、そして禅の世界観が取り入れられているという。まず、12時位置に配された「インフィニティ ハンド」やふたつのインダイアルの造形に「♾️(無限大)」の意匠を込めた点に、禅の世界観を見ることができる。加えて、私見ではあるが、フロスト仕上げの文字盤や過度な装飾のないシンプルな意匠は、禅の精神を体現した京都・龍安寺の石庭に象徴される枯山水の庭園を彷彿とさせる。
ケース直径は42mm。ムーブメントはセリタ製だ。
「価格を抑えられますし、信頼性が高いムーブメントです。日本人でさえ、文句を言いませんからね(笑)」
なお、日本での販売価格はマザー・オブ・パール文字盤のモデルが99万5500円、そのほか3本のモデルが89万1000円だ。昨今の世界的な物価高の影響で、高級腕時計においても価格上昇が続く中、100万円未満のラインナップというのはありがたい。
これまでもヴィアネイ・ハルターやコンスタンチン・チャイキン、セドリック・ジョナーなどといった独立時計師とコラボレーションしてきたルイ・エラール。最後に、コラボレーション相手はどのように決めているのかを聞いた。
「すべて、個人的なつながりです。コラボレーションするのは、知人や友人のみです。自分勝手にやってると思ってください。でも、大切なことです。個人的な付き合いがなければ、価値をシェアすることはできません。コラボレーションとは、人とのつながりなのです。時計産業は、50%は時計で、残りの50%は人で構成されていると思っています。ルイ・エラールは、エモーショナルな価値を大切にしているのです」
時計製造においても、ブランド運営においても、コラボレーションにおいても“人”を尊重し、“人ありき”の価値を提供するルイ・エラール。一見、不器用にも思えるが、その実、真摯なブランド体制だからこそ、ルイ・エラールは派手なマーケティングはせずとも、時計市場の人々を引きつけてやまないのだろう。