【着用レビュー】タグ・ホイヤー「カレラ」の“パンダモデル”は、なぜ時計好きの心をつかんで離さないのか?

2024.09.22

直径39mmの「タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ」はなぜ時計好きの心をつかんで離さないのか? 新しいタグ・ホイヤー カレラ クロノグラフのデザインに隠された“ひねり”と、この“パンダモデル” ならではの高い視認性を備えた文字盤の秘密に迫る。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

リュディガー・ブーハー:文 Text by Rüdiger Bucher
タグ・ホイヤー:写真 Photographs by TAG Heuer
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年9月号掲載記事]

2週間にわたっての着用レビュー

 新しい「タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ」は私が一目ぼれした腕時計だ。2024年4月に開催された、ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2024でこの腕時計を初めて手にした時、衝撃を受けた。他の腕時計には目もくれず、これだけをずっと見ていたかった。ここ数年、大型のクロノグラフよりも、小型のクロノグラフの方が優れているとよく感じる。タグ・ホイヤーに関しては特にそうだ。その理由を知りたかったが、解明するだけの十分な時間がその時にはなかった。携帯電話で数枚の写真と短い動画を撮影するだけで、済ませなければならなかったのである。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

左腕に“パンダモデル”カレラを着用。クロノグラフとしては小ぶりな直径39mmのサイズ感が伝わるだろうか。

 このイベントでのタグ・ホイヤーのハイライトは、「タグ・ホイヤー モナコ スプリットセコンド クロノグラフ」だったが、“パンダモデル”の文字盤を備えた小さなタグ・ホイヤー カレラ クロノグラフが頭から離れなかった。展示ブースを離れて、別のブランドへ移ろうとした時にも、まだこの腕時計のことを考えていた。

 着用レビューの記事を制作するためにこの腕時計を借りるというのは、心残りを解消する良い口実だ。問い合わせたところ、なんと2週間にわたって借りることができた。これから来る2週間はまるで天国のようだ。さて、再会したタグ・ホイヤー カレラ クロノグラフを見てもう一度、心はときめくのだろうか?

 そうこうしているうちに、ついに小包が到着した。心は高鳴る。気にし過ぎかもしれないが、実はある心配をしていた。小包の中に違う腕時計が入っていたらどうしようかと。だが、その恐れは余計な心配だった。間違いなく、タグ・ホイヤー カレラクロノグラフが入っていたのだ。パンダの顔を思わせるバイコンパックス配置の文字盤、緩やかな丸みを帯びたタキメーター、キノコ型のプッシャー、どこを見てもこの腕時計以外の何ものでもない。

“ひねり”の効いたプロポーション

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

サファイアクリスタル製風防の中にタキメーターを収めた、初期のカレラを彷彿とさせる独特のデザインだ。

“パンダ”という呼び名は、同じくタグ・ホイヤー カレラ クロノグラフの名を持つ、ブルーやグリーンの文字盤を備えたモデルと区別するためにそう呼ぶ。ケース、文字盤、インダイアルのサイズが最適に調整されているこのモデルは、黄金比に基づいて設計されているとしても驚きはしない。

 ただ、本当の美というものはどこかに“ひねり”があり、そつがないだけのものではない。この腕時計にとっての“ひねり”とは、内側のへこみと、外側のふくらみが並列するインナーリングだ。後者が外側に向かい、なだらかで調和のとれた傾斜が付いているのに対し、内側は競輪場を思わせる急カーブという形状である。


抜群の視認性

 グラスボックス型風防の採用により、横からも高い視認性を誇っている。また、視認性の高い文字盤も、カレラのDNAの一部となっている。

ベゼル代わりのインナーリング

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

グラスボックス型風防の採用により、横からの視認性も高い。中央にへこみのあるキノコ型のプッシャーや、ロゴが配されたリュウズにも注目だ。

 インナーリングはベゼルのように見える。だが、“グラスボックス”型サファイアクリスタル製風防の中に収められているため、ベゼルと呼ぶのは適切ではない。ここ最近、腕時計を製造するブランドは、ケース横から見たときの文字盤と針の視認性を高めるため、このドーム状にせり上がったタイプの風防を採用することがよくある。

 風防はケースの縁から立ち上がっているため、インナーリングがベゼルのように見えるという特殊な構造をしているのだ。そして、このパーツは一般的な腕時計のベゼルの代わりとなる役目を果たしている。タキメータースケールがプリントされていることからも、見て分かるだろう。

シンプルなタキメータースケール

 タキメーターを凝視してみると、この腕時計ならではの特徴を発見できる。タキメーターのスケールは通常、60という数字で終わる。これは1㎞走ったときに、クロノグラフ秒針がちょうど1周したところだと、平均速度が60㎞/hとなるからだ。スケールは60という数字の右側から始まるが、400の表示より左に数字が印字されることはほとんどなく、一般的には、そこには何らかの文字列が入る。今まで発表されたカレラ クロノグラフの場合、多くは「TACHYMETRE」という文言が配されていた。ちなみに、「タグ・ホイヤー カレラ × ポルシェ」の場合は「PORSCHE」だ。

 タグ・ホイヤーは、タグ・ホイヤー カレラに“グラスボックス”型風防を採用して以来、スケールを60から55に幅を広げた。タキメーターに、より遅い平均速度を表記し続けたら、最終的に大昔のクロノグラフのように、再び30にたどり着くだろう。

 かつて、タキメータースケールはより広い範囲の平均速度を測れるようにするために、まるでカタツムリのように渦を巻くものが存在した。1940年代から50年代には、そのような目盛りを備えたクロノグラフが人気だった。また、タキメーター、テレメーター、パルスメーターなど、複数のスケールが文字盤全体を占めることが多く、誤読を避けるためにスケールごとに色は変えられてはいたものの、文字盤の判読性が優れているとは決して言えなかった。

ジャック・ホイヤーの遺産

 そんなクロノグラフの文字盤に革命を起こしたのは、他ならぬジャック・ホイヤーだった。1932年生まれの彼は、ホイヤーの創業者エドワード・ホイヤーのひ孫で、63年に初代「カレラ」を世に送り出した人物だ。カレラは必要最低限しかないクリーンな文字盤のおかげで、モダンな印象を与えるクロノグラフだった。

 成功の要因は、ミニッツトラックを文字盤から、その端にある、傾斜の付いたインナーリングに移動させたところにある。ホイヤーがその1年前に発表した「オータヴィア」とは異なり、カレラには逆回転防止ベゼルが付いていなかった。これ以降、視認性の高い文字盤は、カレラのDNAの一部となっている。

機能ごとに整理された文字盤

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

時刻表示機能、クロノグラフ機能ごとに色分けされた文字盤。30分積算計、12時間積算計はブラックカラーに彩られている。また、積算計の針とクロノグラフ秒針の先端はレッドカラーだ。対して、時分針とメインダイアル、スモールセコンドのインダイアルはシルバーカラーで統一されている。

 視認性に優れた文字盤という特徴は、この“パンダ”モデルのカレラにもあてはまる。非常に細かなサンバースト仕上げの文字盤には、黒いインダイアルとレッドの針のコントラストがよく似合う。文字盤上の時刻表示機能と、クロノグラフ機能に用いられる部分は、色ごとに分けられている。

 3時位置には30分積算計、9時位置には12時間積算計のインダイアルが配されており、どちらもブラックカラーが採用されている。クロノグラフ機能に関する針は、クロノグラフ秒針の先端も、インダイアルの中の針もどちらもレッドで彩られている。なお、スモールセコンドは6時位置に独立して配されている。他のクロノグラフのように、どのインダイアルがどの機能を担っているのかを最初に探す必要はないのだ。日付表示窓はスモールセコンドの位置にある。文字盤上の対称性を乱すことのない配置であり、読みやすい。

 アワーインデックスは表現に“ひとひねり”のあるものだ。メインダイアルとインナーリングをつなぐ、かすがいのように配置されており、両者の一体感を高めている。時針・分針と同様に、インデックスにはロジウムメッキが施され、さらにファセット加工がされている。インデックスの先のドットには、ホワイトカラーのスーパールミノバが塗布されている点も注目に値する。

 直径39mmのケースは、この腕時計には最適なサイズだ。それほど特徴的なものではないが、ケース側面のラグの形状からこの腕時計だとすぐに認識できる造形である。なお、ケース側面にはサテン仕上げとポリッシュが施されており、その造形に一層立体感と美観を与えている。


クロノグラフプッシャーにも要注目

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

Cal.ホイヤー02を基幹ムーブメントとしたCal.TH20-00を搭載。Cal.ホイヤー02では片方向巻き上げ式だったものを、Cal.TH20-00では両方向巻き上げ式に変更された。トランスパレントバック仕様のため、受けに施されたコート・ド・ジュネーブ装飾が見て取れる。

 より注目に値するもうひとつの特徴は、上部にくぼみが設けられた形状のプッシャーだ。この形状は実に興味深い。プッシャーを押したときの感覚は、強すぎず弱すぎずちょうどよい、使いたくなる固さのものだ。なお、ふたつのプッシャーの間にはシンプルで使い勝手のよいリュウズが配されている。ちなみに、リュウズにはタグ・ホイヤーのシールドロゴが刻まれている。

 トランスパレント仕様のねじ込み式裏蓋を通して見えるムーブメントも、決して見逃してはならない。Ref.TH20-00の受けには、コート・ド・ジュネーブ装飾が施されている。また、スケルトナイズされたローターが印象的だ。加えて、クロノグラフ機構を制御するコラムホイールも裏蓋からのぞき見ることができる。スタート/ストッププッシャーを押すたびに、このコラムホイールが、毎回1ポジションずつ回転し、クロノグラフ機構に指令を出していることが見て取れるのだ。

 なお、このムーブメントには特殊な点がある。それは日付表示だ。日をまたぐ前から、日付ディスクが動き始めるのだ。午後9時ごろから動き始め、午後11時からの1時間は、日付表示窓上にふたつの数字が表示されており、0時を過ぎたら突然、完全に切り替わるという仕様である。誰もが好む表示方法ではないだろうが、深夜だけにそれほど気にはならないだろう。


着用時のよろこび

 このパンダモデルの腕時計は着けていて楽しい。ラグは腕時計が手首にフィットするように引き下げられた形状だ。このおかげで、ラグからブレスレットまでのエレガントなラインが生まれている。また、シンプルな構造のダブルセーフティーバックルはプッシュボタンで開閉できるため、簡単に取り外すことができるところも利点のひとつだろう。

 2週間が過ぎたらこの腕時計を返却しなければならないと思うと気が重い。誰がずっと所有し続ける幸運に恵まれるのだろうか? 価格は93万5000円だが、決して高い腕時計ではない。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ
初期のカレラ「ホイヤー7753SN」にオマージュを捧げた、レトロな雰囲気のカラーリングが魅力のモデル。自動巻き(Cal.TH20-00)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径39mm、厚さ13.86mm)。100m防水。93万5000円(税込み)。



Contact info:LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン タグ・ホイヤー Tel.03-5635-7030


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