現在、世界でも有数の規模に成長を遂げたオーデマ ピゲ。その躍進を支えてきたのは、2000年代以降に進められた内外装のマニュファクチュール化だった。ベーシックなムーブメントには堅牢さを加えた同社は、一転して、コンプリケーションではユニークさを追求する。CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲに加えられたフライング トゥールビヨン クロノグラフは、常識外れのアプローチでシンメトリーを可能にした試みであった。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年11月号掲載記事]
トゥールビヨンの同軸にコラムホイールを置く離れ業がもたらしたシンメトリー
2000年代以降、内外装のマニュファクチュール化に取り組んできたオーデマ ピゲ。その集大成のひとつは、間違いなく19年発表の「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」(以下、CODE 11.59)だろう。搭載するのはまったく新しいふたつの基幹キャリバー。同社研究開発ディレクターのルカス・ラッジによると「オーデマ ピゲの外装は、CODE 11.59で大きく進化した」のである。
今までにない拡張性の高さも、CODE 11.59の大きな特徴であった。ムーブメントを支える中枠を省略、あるいは薄くすることで、さまざまなサイズの複雑機構を自在に載せられるようになったのである。普通は中枠を省くとムーブメントの正確な位置決めが難しくなる。しかし外装でもマニュファクチュールとなったオーデマ ピゲは、中枠ありきというクラシカルなケース構造からも自由になったのだ。
スーパーソヌリやトゥールビヨンといったCODE 11.59のコンプリケーションは、いずれも傑出した時計だ。しかし、最も今のオーデマ ピゲらしさに満ちているのは「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン クロノグラフ」ではないか。オーデマ ピゲはただでさえ複雑な機構に、シンメトリーという興味深い、しかし実現の難しい要素をさらに盛り込んだのである。
CODE 11.59が搭載するCal.4300系と4400系にスポーツウォッチにも使えるほどの堅牢さを与えた同社は、一転してコンプリケーションには見た目という個性を加えようと考えた。その表れのひとつがシンメトリーである。1930年代に腕時計のスケルトン化に成功した同社は、これをオープンワークとして進化させてきた。抜かれた余白ではなく、抜いた造形そのものを見せる試み。これは野心的な高級時計メーカーがこぞって取り組む課題となったが、オーデマ ピゲは、さらに左右対称という新しい要素を加えた。しかも部品点数の多いコンプリケーションで、だ。
ルカス・ラッジは「人間の顔の美しさは左右対称にあります。であれば、時計の造形もそうあるべきでしょう」と説明する。搭載キャリバー2952の設計は常識外れだった。ムーブメントに目を凝らすと、コラムホイールがフライングトゥールビヨンの同軸にあるのが分かる。「コラムホイールをあえてキャリッジの下に置いた理由は左右対称のため。クロノグラフに使われるレバーの設計もすべてやり直しました」。確かに、このレイアウトなら造形を左右対称にしやすいが、組み立ては難しくなる。コラムホイールを固定したあとにトゥールビヨンを据え付けるという手間を喜ぶ時計師はいないだろう。しかしオーデマ ピゲは、そんな常識外れを実現させてしまったのだ。
2020年に発表されたモデルをよりコンテンポラリーに改めた新作。ケースがホワイトゴールドとセラミックスのコンビネーションに改められたほか、ブラックとグレーを使うことでムーブメントの立体感を強調してみせた。徹底してシンメトリーな造形にするため、コラムホイールはトゥールビヨンと同軸に設けられた。自動巻き(Cal.2952)。40石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KWG×セラミックケース(直径41mm、厚さ13.8mm)。3気圧防水。要価格問い合わせ。
公式ページ:https://www.audemarspiguet.com/com/ja/watch-collection/code-1159/26399NB.OO.D009KB.01.html
野心的なレイアウトにもかかわらず、“使える”のも今のオーデマ ピゲらしい。例えば、プッシュボタンの感触。レバー類の取り回しは複雑だが、ボタンの触り心地はソフトで、ブレもよく抑えられている。また、コラムホイールでかさ上げされたキャリッジも、セラミックベアリングで強固に支えられている。仮に厚さが10mmを超えるムーブメントならば、常識外れのレイアウトと使い心地の両立は可能だろう。しかしオーデマ ピゲの技術陣は、2952の厚さをわずか8.3mmに留めたのである。
オーデマ ピゲの美点である仕上げも本作の大きな魅力だ。例えば、地板と受けにあしらわれる深く切り込んだ面取り。手作業でしか実現できないこのディテールは、コンテンポラリーな意匠には不可欠なものだ。それを強調するため、オーデマ ピゲはCal.2952になんと111個もの切り込みを与えたのである。シンメトリーに同じく、これも常識外れではないか。
一見オーソドックスだが、全面に独創性が横溢するCODE 11.59のフライング トゥールビヨン クロノグラフ。筆者は思う。ひょっとしてオーデマ ピゲは、このモデルを作りたいがために、マニュファクチュールを目指したのではなかったのか、と。