1960年に発表されセイコー薄型時計の原点となった「ゴールドフェザー」。それが2023年、現代における上質な極薄ウォッチのコレクションとしてクレドールの名の下によみがえった。今回、クレドールのブランド誕生50周年を飾る最後のモデルとしてゴールドフェザー初のスケルトンが登場。そこでは気高く繊細な羽根をモチーフとする蒔絵と精緻なハンドエングレービングのムーブメントが美しいハーモニーを奏でる。
クレドール50周年記念のラストを飾るモデル。繊細なハンドエングレービングが施されたスケルトン仕様のムーブメントには、シルバーグレーのルテニウムのコーティングが施され、その外周に設置されたリングには漆芸家・田村一舟氏による蒔絵が施されている。手巻き(Cal.6899)。26石。2万1600振動/ 時。パワーリザーブ約37時間。Ptケース(直径37.4mm、厚さ8.1mm)。日常生活防水。世界限定12本。660万円(税込み)。
公式ページ:https://www.credor.com/lineup/detail/?no=GBBD945
Photographs by Masahiro Okamura (CROSSOVER), Mika Hashimoto
名畑政治:取材・文 Text by Masaharu Nabata
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年11月号掲載記事]
漆芸と彫金の共鳴
セイコーにおける薄型時計の原点。それが1960年発売の「ゴールドフェザー」である。当時、中三針の量産時計として世界最薄を誇ったゴールドフェザーだが、やがて時代の変遷と共に姿を消していった。だが2023年、その遺伝子を受け継ぎクレドールの名の下に新たなゴールドフェザーが復活。この新生ゴールドフェザーに採用されたのが、1969年にセイコーが開発した68系キャリバーのスケルトンバージョン、Cal.6899だ。
68系ムーブメントは1.98mmという超薄型であり、それは当初、69年に発表されたセイコーの極薄高級ドレスウォッチ「セイコー U.T.D.(ウルトラ・シン・ドレスの略)」に採用された。薄さ実現のため、セイコーはアンクルのシャフトに段差を付け、ヒゲ持ち受けと緩急針を水平に並べるなど独創的な構造を採用。しかし、この特殊な構造により組み立てが難しく、特別な訓練を受けた時計師による少量生産という体制が今も続いている。
今回、クレドール誕生50周年記念のフィナーレを飾るのが、スケルトン仕様のCal.6899にハンドエングレービングを施し、外周を漆芸家・田村一舟氏が手掛ける蒔絵で囲んだ「50周年記念 ゴールドフェザー U.T.D. スケルトン 限定モデル GBBD945」である。
実はクレドールが田村氏の蒔絵を採用したのはこれが初めてではなく、2016年に発表されたハンドエングレービングを施したトゥールビヨンムーブメントを搭載する「FUGAKU」が最初だった。「ところが、これがなかなかうまくいかなくて苦労しました。しかし、そのお陰で技術が向上した部分が大きいと思います。ですから、このようなセイコーとの仕事を通して、それまでできなかったことが出来るようになるのが、なによりもうれしいんです」(田村氏)。
今回のスケルトン限定モデルでは、復活したゴールドフェザーの名にちなみ「羽根」のモチーフがムーブメントのエングレービングと蒔絵に採用されている。しかも単なる羽根ではなく、「グレートイーグル(大鷲)」をデザインのモチーフとしているため、繊細なだけでなく大鷲の気高さや勇猛さまで表現しなくてはならないという、極めて難しい使命が田村氏に課せられたのだ。
なによりも鳥の羽根を蒔絵で表現し、その上に半透明の漆を塗り重ねて研ぎ出すことが蒔絵の中でも特に難しいという。
「鳥の羽根を研ぎ出し蒔絵(金粉やプラチナ粉の上に透明な漆を塗り同一面に研ぎ出す技法)で表現するのは難しいのです。蒔絵師の5年ほどの修業期間でも、羽根は唯一、師匠だけができる技術でした。ましてや、それを小さいリング状の板に施すのですから、最初は本当に心配でした」
このように田村氏が語るように、研ぎ出しによる羽根の表現は難しく、デザイナーの注文も極めて難度が高かった。
「試作するうちにデザイナーのイメージがだんだんと理解できてバージョンアップしていきました。これは単に漆で線を描いたところに金の粉を蒔くだけでは不可能。そこで細い線を描いたところに粒を1粒1粒置いていくようにしました」
この探求は道具にも及ぶ。田村氏は市販の筆を買い集め、そこから最上質の毛を抜き取り、山で自ら刈ったクマザサの枝で作った軸に植えて筆を自作しているという。だが今回のモデルでは、その自作の筆でも物足りないほどの高い精度が要求された。
「今回はクレドール用の筆を作らなければなりませんでした。それは先が細くて腰の強い筆。そういったものは、これまで作ってなかったんです。細い線を描くには硬い漆で描かねばなりません。柔らかい漆だと線がふわっと広がってしまうのです。しかし、あまりにも漆が硬すぎると今度は板に漆が付着しない。そのちょうど良いところを探さないとならないのですが筆も同様。適度に固く細い線を描くのに適したものを自分で作らなければならないのです」
このように極めて繊細な技術と感性が要求される蒔絵だが、クレドールの限定モデルが、その難しさをさらに倍加させた。それが金粉とプラチナ粉の両方を用いることだったという。
「実は金とプラチナでは漆の種類も塗り方も違います。金やプラチナを定着させるため上に透明の漆を塗るのですが、どんなに透明度を上げても限界は飴色まで。その飴色の漆をプラチナに塗ると黄色みが出てしまいます。そうすると金とプラチナの区別がつきにくい。そこで黒漆に鉄を混ぜて反応させることで黒みがかった透明度の高い漆を作り、これを塗ってプラチナの本来の色を出しました。しかも、プラチナと金では硬さが異なりますから、同じステージの上で均一に研ぎ出すのが難しい。多分、これ以上難しいことは、これまでになかっただろうと思います」
もちろん、時計という精密機械に組み込むパーツである以上、通常の漆器とは桁違いの精度が求められる。さまざまなハードルを飛び越え、技術的な難しさを経験と強い意志で克服したからこそ、今回の限定モデルが見事な輝きを放つのであろう。ちなみに田村氏によれば、このような体制での漆芸品作りというのは、現在、極めて珍しいという。
「かつては大名や高名な芸術家が総合プロデューサーとなって、レベルの高い漆芸品を生み出していましたが、今ではこのようなかたちで作られることは滅多にありません。しかし時計ではメーカーがあり、企画担当者やデザイナーがいて、それを我々職人に製作を委託し、ひとつの製品が出来上がります。これは室町や江戸の時代に大名の要望に応じて、さまざまな工芸品が生まれたことに似ています。実は新しいものをイチから作り上げていくのは職人ひとりでは難しいのです」
田村氏の言葉通り、今回の限定モデルでは蒔絵だけでなくセイコー独自の極薄68系キャリバーに施されたハンドエングレービングとの融合が極めて重要であり、時を表示する時計としての実用性も不可欠だ。いわば精緻を極めた時計製造の技と高度な工芸の技が競い合い融合した総合芸術。それがこのクレドールのゴールドフェザー U.T.D. スケルトン限定モデルなのである。
クレドール公式サイト:https://www.credor.com/
クレドール公式Instagram:https://www.instagram.com/credor_official/