ジラール・ペルゴ 特製「ロレアート」の気高き藍色が秘めた日本との深い絆

2024.10.25

日本とスイスが修好通商条約を締結し、両国の国交樹立から今年160周年を迎えた。これを記念して、ジラール・ぺルゴは「ロレアート 藍色 ジャパン リミテッド エディション」を発表。2作の文字盤にはそれを明示した刻印などはない。ただ深いネイビーブルー、藍色のみ。だがそれは日本の伝統色であるとともに、何よりも雄弁にジラール・ペルゴと日本の深い絆を象徴するのだ。

奥山栄一:写真 Photographs by Eiich Okuyama
柴田 充:文 Text by Mitsuru Shibata
安部 毅:編集 Edited by Takeshi Abe
[クロノス日本版 2024年11月号掲載記事]

特製「ロレアート」の貌が雄弁に語る

ロレアート 藍色 ジャパン リミテッド エディション、ロレアート クロノグラフ 藍色 ジャパン リミテッド エディション

(右)ロレアート 藍色 ジャパン リミテッド エディション
(左)ロレアート クロノグラフ 藍色 ジャパン リミテッド エディション

「ロレアート 藍色 ジャパン リミテッド エディション」は、3針とクロノグラフの2種類での展開。両モデルのテーマには、日本の伝統色の中から藍色が選ばれている。日本では藍から抽出される藍色の染料の製造は16世紀に広まり、深い藍色は武士の鎧に多用され、「勝色」とされてきた。3針のグラン フー・エナメルとクロノグラフのクル・ド・パリというそれぞれの文字盤の装飾と個性に合わせて異なる藍色を調色。20回以上の試作を重ねている。各100本限定。(右)自動巻き(Cal.GP01800-1730)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約54 時間。SSケース(直径42mm、厚さ10.68mm)。100m防水。258万5000円(税込み)。(左)自動巻き(Cal.GP03300-0141)。63石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。Tiケース(直径42mm、厚さ12.1mm)。100m防水。280万5000円(税込み)。

 時計愛好家にとってスイスは時計製造の聖地であり、敬意とともにひと際親近感を抱くことだろう。現在に至る日本との友好と交流は、いまから160年前に始まった。1853年のペリー来航でいよいよ日本も長い鎖国から目覚めようとしていた。これに遅れまいとヨーロッパの列強も極東を目指し、スイスもその例外ではなかった。使節団の代表には時計生産者組合長を務めていたエメ・アンベール=ドローが選ばれており、スイス時計の日本市場開拓は第一義だったのである。1864年、日本とスイスの間で修好通商条約が締結され、スイス時計進出のレールは敷かれたのだった。

 こうした歴史の表舞台の裏側にはもうひとつの物語があった。主役となるのがジラール・ペルゴだ。その頃、スイス時計ブランドの多くが海外へと販路拡大を目指す中、日本に着目し、この重責を担ったのが創業一族で時計師のフランソワ・ペルゴだった。12個の時計を携え、使節団に先立って1859年に来航したものの、まだスイスと日本は国交がなかったためシンガポールに滞在。翌年フランス人として念願の来日を果たし、準備を整えた。数年後スイスとの国交が樹立され、晴れてジラール・ペルゴは日本に初上陸したスイス時計ブランドになったのだ。

フランソワ・ペルゴ

フランソワ・ペルゴ
1834年生まれ。マリー・ペルゴの実弟であり、時計師だった。アメリカ市場開拓のためニューヨークで6年間の滞在を終えた後、日本を目指す。1860年の来日からジラール・ペルゴとスイス時計の普及に努めた。1877年に43歳の若さで亡くなった。今も横浜外国人墓地に眠り、毎年多くの時計愛好家が墓参する。

 開港した横浜を舞台にスイス時計の輸入も本格化していく中、特にジラール・ペルゴの時計が受け入れられたのは、フランソワの才覚があったからだ。日本人の好みに合わせた仕様を本国に依頼し、中蓋にガラスを設けてムーブメントを見て楽しめるように工夫したり、細部には鳥や和柄を思わせる凝った彫金を施したりした。

 それでも当時の日本は不定時法が規範であり、生活習慣の違いからも時計の普及は順調とは言えなかった。そんな時、フランソワの心を癒やしたのが藍色だったのかも知れない。

 フランソワと同時期に来日し、各地を視察した英国の化学者、ロバート・ウィリアム・アトキンソンはこの藍色に魅了され、「ジャパンブルー」と名付けた。着物や手拭い、さらに商店の暖簾や風呂敷といった生活用品全般に用いられ、街の風景を埋め尽くした藍色にフランソワも目を見張ったに違いない。そしてその美しさに、日出ずる国にスイス時計の文化を根づかせたいという大志を新たにし、未来への希望を描いたことだろう。

 今回の「ロレアート 藍色 ジャパンリミテッド エディション」に採用されたのが、その藍色である。3針とクロノグラフではそれぞれの仕上げに合わせて異なる色合いを用い、個性豊かに表現する。藍色は自然に根差した日本の文化やアート、クラフツマンシップを象徴し、深く静謐な色に気高き精神を伝える。そこに着想を得て、敬意を表するユニークピースである。


グラン フー・エナメル特有の美しき光沢を湛える藍色

ロレアート 藍色 ジャパン リミテッド エディション

ロレアートの3針仕様は、1975年の初代オリジンや95年に熟成を重ねた第2世代のスタイルを受け継ぎ、2016年にリスタートした現行モデルをベースにする。針やインデックスは、SS仕様のレギュラーモデルが蓄光塗料を施したスポーティーなスタイルなのに対し、ゴールド仕様と同様のシンプルかつフラットな仕上げで、よりドレッシーな印象を演出。優美なフランケエナメル装飾の文字盤とも見事に調和する。

 藍色は見た目の美しさだけでなく、藍の天然染料で染めた糸は繊維が丈夫になり、夏は紫外線を遮断し、冬は保温性を誇る。抗菌・消毒性に優れ、解毒性や虫除けの効果もあるという。古今東西、人々の暮らしを支えてきた染色法であり、日本では特に粋を象徴する色でもある。

「ロレアート 藍色 ジャパン リミテッド エディション」の3針モデルの文字盤には、それにふさわしい時計装飾としてギヨシェ彫りの上にグラン フー・エナメルを施す伝統的なフランケ技法を選んだ。エナメルはシリカ、鉛丹、カリ、ソーダの混合物を超高温でガラス化する。この混合物に金属酸化物を加えることで、鉄なら黒/青/茶色に、クロムはピンク/緑色、コバルトは濃い青/緑色に着色する。これを粉砕して粉末状にし、蒸留水と混ぜた後、釉薬として細い筆で部品に塗る。通常エナメルには半透明、オパールセント、不透明の3種類があり、フランケエナメルには半透明が採用される。

ロレアート 藍色 ジャパン リミテッド エディション

精細なサンレイのギヨシェ彫りの上にエナメル装飾が施された藍色の文字盤。

 これを800℃の高温で焼成して溶かし、塗布面に接着させる。グランフー(=“大きな炎”)と呼ばれるのもこうした高温を用いることからだ。

 目視で炉から取り出すタイミングを見極め、冷却する。完璧な光沢と色調を得るためには、少なくとも5回の焼成が必要で、文字盤はカウンターエナメルとして裏側にもエナメル加工を施している。これによって炉から出した直後の冷却工程でも、ひび割れの原因となる変形のリスクを軽減することができるのである。

エナメルの作業風景

ジラール・ペルゴは創業初期からエナメル装飾を手掛けてきた。エナメルパウダーと蒸留水を混ぜた器をゆっくり揺らして攪拌。上澄みは捨て、沈殿する良質なパウダーを文字盤に塗布する。

 それでも焼成を繰り返すなかで、エナメルのひび割れや気泡、色のばらつきを引き起こす場合があり、どれだけ細心の注意を払っても不具合が生じれば、最初からやり直しになる。技術革新が進んだ現代でも熟練が求められ、エナメル文字盤の製造の定量化が難しい理由のひとつである。

 焼成後は、滑らかでムラのない、美しい光沢を引き出すために表面を研磨する。こうしてようやく一枚のフランケエナメル文字盤が出来上がるのだ。自社工房で入念に仕上げられるこの美しい文字盤には、ジラール・ペルゴも傘下に置くソーウィンドグループが擁する、スイス屈指のエナメル工房、ドンツェ・カドランの存在も欠かせない。

ロレアート 藍色 ジャパン リミテッド エディション

トノー型ケースにラウンド型の台座、八角形ベゼルという複数の形状の組み合わせが無二の美しさを演出する。

 ブルーとグリーンの半透明のエナメルがサンレイのギヨシェ彫りに美しい光の表情を与え、モチーフに深みをもたらす。このパターンはブランド創業230周年を祝し、2021年に発表された「ロレアート42mm エタニティエディション」や「ラ・エスメラルダ “シークレット” エタニティ」の文字盤にも用いられているエクスクルーシブな装飾である。そしてジャパン リミテッドエディションの藍色によって、その価値はさらに高まるのだ。

 グラン フー・エナメルの魅力は、透明感のある艶と色彩に加え、長い歳月が過ぎても褪せることなく、完成時の瑞々しい外観を保つことにある。その美しさと価値は工芸品にも匹敵する。そこには160年という日本とジラール・ペルゴの歴史が息づき、その絆をさらに未来へとつなぐのである。

Cal.GP01800

自社製Cal.GP01800を搭載。シースルーバックからはコート・ド・ジュネーブで仕上げたゴールド製ローターをはじめ、ペルラージュや面取り、鏡面仕上げなどの美観が楽しめる。「Special Edition of 100 pieces」の刻印入り。


伝統的意匠のクル・ド・パリ装飾を、深みのある藍色が引き立てる

 ジラール・ペルゴの日本限定モデル、その前例は少なくない。例えば、2009年に発表された「ww.tc KANAGAWA ENAMEL」は、葛飾北斎の「富嶽三十六景神奈川沖浪裏」をクロワゾネ(有線七宝)によって文字盤に描いた。19年の「ヴィンテージ1945 ジャパンブルー限定モデル」ではローマ数字のインデックスやスペード針にジャパンブルーを採用した。いずれも日本の文化や歴史をテーマに取り入れた特別な仕様であり、その原点をたどれば、かつてフランソワが日本市場に向けて独自の時計を手掛けた伝統を継承するのだ。

ロレアート クロノグラフ 藍色 ジャパン リミテッド エディション

コレクション初のクロノグラフ「ロレアート オリンピコ」は、1996年に開催されたアトランタオリンピックを記念して登場した。これを機にビッグデイトやムーンフェイズなど付加機能を拡張していく。新作では自社製のCal.GP03300を搭載する。このムーブメントにチタンケースは初採用となり、これに続いて「ロレアート クロノグラフ Ti49」が発表された。チタン特有の渋銀に藍色が美しく調和している。

「ロレアート クロノグラフ 藍色 ジャパン リミテッド エディション」は、藍色の文字盤とチタンケースを組み合わせた。実はジラール・ペルゴとチタン素材にはひとつの共通項がある。

 聖職者であり鉱物学者でもあったウィリアム・グレゴールによって、チタンは1791年にイギリスで発見された。それと同じ年、遠く離れたスイスのラ・ショー・ド・フォンではある時計工房が産声を上げた。その後、1856年に時計師コンスタン・ジラールと妻マリー・ペルゴのふたりの名からブランド名を命名。これが、ほかでもないジラール・ペルゴなのだ。

ロレアート クロノグラフ 藍色 ジャパン リミテッド エディション

2017年にレギュラーコレクションとして新たなスタートを切り、クル・ド・パリ装飾の文字盤はそのシンボルになった。それまでの格子パターンに対し、立体感と多面が光を反射し、複雑な表情を見せる。通常のクロノグラフではインダイアルがサンレイ仕上げなのに対し、ブラックにレコードパターンを刻む。

 チタンはギリシャ神話に登場する「タイタン」にちなんで命名された。タイタンはオリンポスの神々に先立つ強く力強い神々であり、この新素材もその名にふさわしい硬度と軽量性、耐腐食性などを併せ持つ。時計素材に導入されるようになって久しいが、品質や仕上げの向上で近年再評価が進んでいる。そのなかでも藍色 ジャパン リミテッド エディションが採用したのが、航空宇宙、医療、自動車産業などで使用されるグレード5のチタンだ。

 通常のステンレススティール仕様モデルに比べて約35%の軽量と、鋼鉄の2倍の硬度は耐傷性や耐摩耗性にも優れる。また汗や化学薬品にも反応や錆を引き起こしにくく、ニッケルフリー、クロムフリーによる低アレルギー性も備える。熱伝導率も低いため、金属の冷たさを抑えた心地よい装着感は、軽量性とも相まって終日着けていてもストレスを感じることはない。

ロレアート クロノグラフ 藍色 ジャパン リミテッド エディション

特徴的なH型ブレスレットもケースと同じグレード5のチタンを用い、サテン仕上げと部分的にポリッシュ仕上げを施すことで、エレガントなコントラストを演出する。

 こうした実用性の半面、高硬度の成形加工や仕上げ作業はより難しく、時間もかかる分、高級時計に適した価値ある素材でもあるのだ。

 文字盤にはロレアートの伝統に則り、クル・ド・パリ装飾が施され、明度を上げた藍色のインディゴブルーにカウンターとフランジはブラックで統一し、繊細なコントラストを表現している。

ロレアート クロノグラフ 藍色 ジャパン リミテッド エディション

クローズドバックには「Special Edition of 100 pieces」の刻印が入る。

 来年、ロレアートは誕生50周年を迎える。トノー型のケースに円形のベースと八角形のベゼルを組み合わせ、ケース一体型ブレスレットを備えた独特のスタイルは、半世紀を経てさらにその風格とブランドアイコンとしての存在感を増している。

 ラグジュアリースポーツのトレンドを背景に高い人気を博すコレクションと日本の伝統色である藍色の邂逅は、日本とジラール・ペルゴの強い絆を象徴する。今後も変わることのない互いへのリスペクトの時を刻み続けるのだ。

Cal.GP03300

自社製Cal.GP03300は1994年に登場したGP3000の進化形で、エボーシュとして他ブランドにも供給された。



Contact info: ソーウインド ジャパン Tel.03-5211-1791


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