“クルマ好きの時計好き”あるいは“時計好きのクルマ好き”。このような趣味嗜好の人物は少なくない。そのご本人がパティシエというのは、少々意外な気がしないだろうか? 時計やクルマに共通する男っぽくてテクニカルなメカの世界と、五感に訴え、女性を魅了する芸術的なスイーツの世界。そのどちらにも情熱を傾けるのがこのK.K.さんだ。パティシエとして腕を磨く中で出会った数々の時計たちは、さらに高みを目指すための励みになっているという。
1972年生まれ。菓子店で修業を積んだ後、コンクールのためにたびたび渡仏。パリなどで数々の受賞を果たす。現在は東京に数店舗を展開する洋菓子店のオーナーパティシエとして活躍中。リシャール・ミルやロレックスの時計を着けて楽しむだけでなく、クルマのフェラーリ、あるいはギターも愛好するという趣味人でもある。
菅原茂:取材・文 Text by Shigeru Sugawara
[クロノス日本版 2018年3月号掲載記事]
「リシャール・ミルの時計は空間の演出が抜群です。それはケーキづくりにも共通しています」
(左)リシャール・ミルの2本目は、まさにクルマ好きのKさんらしい選択。ケースにカーボンコンポジットを採用するRM011 フェリペ・マッサ(2011年モデル)は、かのF1レーサーに捧げた軽くてタフなクロノグラフだ。
リシャール・ミルを愛用するパティシエ。事前に得られた情報はこれだけ。果たしてどんな人物だろうか? 想像しながら都心の某所に出向いた。初対面の印象はアーティストもしくはミュージシャンというイメージだった。
「これも雑誌に取り上げますか?」とKさんがまず遠慮がちに差し出したのは、カシオのG-SHOCK。高額なプレミアム価格が付いて話題になったフロッグマンのW.C.C.S. 限定モデル第1弾である。これが時計愛好家の原点だったという。
「マルイで白と青の両方を買おうとしたら、どちらかひとつしかダメと言われまして、結局この白いモデルを買いました」
当時20代半ばのKさんが実家の洋菓子店を継いでオーナーシェフに就任した1998年のことだった。
続いて手に入れたのはロレックスのエアキング。ブルーダイアルで、ボーイズサイズの今や稀少な旧モデルである。
「ロレックスは憧れの的でしたね。本当はデイト表示付きが欲しかったのですが、15万円ほど高かったので、安いデイトなしのモデルにしました。当時の自分にとって、時計は高価な品でしたからね。ロレックスが好きなのは、有名なロゴマークに込められた意味にも引かれたからです。あの王冠マークは、職人の手を表しているという説もあるそうですね。時計も菓子も、職人の手作りという点で共通していますから。象徴的な時計を着けていたいと思ったのです」
ロレックス愛好の次なるステップは、クロノグラフの定番、デイトナへと向かった。世に数あるクロノグラフの中でも、デイトナが一番なのは「デザインが好みだから」。これまで完全自社製の自動巻きムーブメントを搭載する2000年以降の3モデルを手に入れたが、仕事中は着けずに、もっぱらオフ用とのこと。
ダイバーズウォッチもやはりロレックス。「仕事でも遊びでも、着けていく場面を選ばないところが気に入っている」という。Kさんが手に入れたのは、海面から深海への潜水を思わせる美しいブルーのグラデーションダイアルを配した2014年発表のロレックス ディープシーや、1220mという比類なき防水性能を誇るシードゥエラーの2017年最新モデルと、ハイスペックにしてレアなモデルなのだから、選択にもこだわりを発揮しているのが分かる。
さて、そんなKさんが日常的に着けている時計といえば、なんとリシャール・ミルなのだ。ひとつはRM002-V2である。
「トゥールビヨンは、どのブランドも優に1000万円以上もする高価な時計という認識はありました。自分がそういった時計を買っていいのだろうかと悩みましたね。でもやっぱりリシャール・ミルのトゥールビヨンが欲しい。3年間ほどお金を貯めて、10年くらい前に購入しました。今思えばあの時決断して良かったと思います」
この時計がKさんをとりこにした理由は、高価といっても、従来の宝飾時計や複雑時計とは違い、ハイテク素材を駆使した今までにない発想や作りが伝統的な価値観を完全に覆した点にあった。
「デザインでは、奥行き感の出し方が絶妙ですね。それはケーキづくりにも共通しています。例えば、イチゴを手前や奥のどの位置に置くかでケーキは違って見える。相手に見てもらうのも重要な要素です。その点、リシャール・ミルの時計は空間の演出が抜群なのです」
(左)ブルーのグラデーションでダイアルを彩り2014年に発表されたオイスター パーペチュアル ロレックス ディープシー D-BLUEダイアル。SSケース、3900m防水。
(右)初代誕生から50年を迎えた2017年に発表された新生オイスター パーペチュアル シードゥエラーは、大型ケースと最新の高性能ムーブメントを採用。SSケース、1220m防水。
リシャール・ミルのもう1点は、RM011 フェリペ・マッサで、カーボンコンポジットをケースに採用するモデル。実はKさん、時計と並んでクルマにも情熱を注ぐ。F1レーサーとのコラボレーションで誕生した同モデルは、まさにぴったりの選択だ。
「リシャール・ミルは、最近のカラフルなものよりも、以前の控えめなデザインが自分には合っている気がします。次に手に入れるとしたらですか? そうですね、気になるのはアルシック素材を使ったRM009 フェリペ・マッサ・トゥールビヨンでしょうか。今や極めて入手困難ですが、いつかはという夢は捨てきれないですね」
(右)ウブロのビッグ・バン ウニコ フェラーリは、2013年発表のチタン製1000本限定モデル。
(左)パネライのフェラーリ・エンジニアード By オフィチーネ・パネライは、2006年に誕生した今や伝説のコラボレーションウォッチ。これは、そのファーストコレクションに含まれていた約8日間パワーリザーブを備えた手巻きムーブメントを搭載するフェラーリ8デイズだ。
クルマ関連で言えば、自身がフェラーリ・オーナーなので、パネライやウブロのフェラーリ・モデルもお気に入りの時計だ。またウブロについては、こんな愉快なエピソードも披露してくれた。
「クラシック・フュージョン スケルトン トゥールビヨン オールブラックは、友人の時計購入に付き合って店に行った時、一目惚れして買ったもの。ビッグ・バン ウニコサファイアは、発売前にCEOのビバーさんから見せられて感心していたら、それがオーダーと受け取られたらしく、のちに私のラッキーナンバーが入った限定モデルが届いたという次第(笑)」
G-SHOCKに始まり、ロレックスを経てリシャール・ミルを手にするまでになったKさんは40代半ば。時計を生きた証しにするにはまだまだ若い。パティシエとして技を極める職人の人生で「時計にふさわしい人間になること」を目標にしているKさん。10年後、20年後にまた愛用時計をぜひ拝見したい気がする。
(左)ブラックセラミックスを使った99本限定のクラシック・フュージョン スケルトン トゥールビヨン オールブラック(2013年発表)。
(右)サファイアクリスタルを加工して作ったケースやベゼルの透明感が印象的なビッグ・バン ウニコ サファイア(2016年発表)。これは、世界500本限定のうち、Kさんのラッキーナンバーが刻まれたモデルを手に入れたもの。