パワーリザーブ表示機構原理や有用性、メリットとデメリットを解き明かす

2019.12.12

もしあなたが、自動巻きの腕時計を常に身に着けているのであれば、あなたの腕時計の主ゼンマイは十分に巻き上がっているため、パワーリザーブ表示の必要性をそれほど感じないだろう。しかし、手巻きの腕時計で、ロングパワーリザーブの場合は、パワーリザーブ表示機構の有用性を常日頃から十分に理解しているに違いない。
本特集では、機械式時計にとって身近にありながらも、意外とそのメカニズムを知られていないパワーリザーブ表示機構の駆動原理や有用性、そしてメリットからデメリットまで、その功と罪を解き明かす。

広田雅将、倉野路凡:取材・文
Text by Masayuki Hirota, Rohan Kurano
[クロノス日本版 2015年07月号初出]

パワーリザーブインジケーター概論

 主ゼンマイの巻き上げ残量を表示するパワーリザーブインジケーター。懐中時計には時々見られた機構を、腕時計で大々的に採用したのがパテック フィリップである。ではなぜ、腕時計ではほとんど見られなかったのか。理由はふたつある。ひとつは香箱に直接噛み合っているので、パワーリザーブ表示機構の不具合が、時計の止まりの原因となるため。そしてもうひとつが、機構自体が複雑になりすぎるためだ。

 パワーリザーブ表示機構の駆動輪列は、ゼンマイを収める香箱に噛み合っている。それだけ聞けば簡単そうに思えるが、実際はそうでない。ゼンマイを巻き上げる際は、ゼンマイを取り付けた香箱真がパワーリザーブ用の輪列を動かして、パワーリザーブ表示を進めていく。ほどける際は、香箱上に固定された歯車に噛み合った歯車が、パワーリザーブ表示を戻していく。つまり、パワーリザーブの駆動輪列には、表示を進めるためと、戻すための2系統が必要なのである。部品点数は増え、そしてその点数の2乗に比例して、時計は壊れやすくなる。

パテック フィリップ

 そう考えると、なぜパテック フィリップがパワーリザーブ表示の先駆者になれたのかは容易に想像できる。後にパテック フィリップは、ほぼ歯車だけで構成される年次カレンダーを作った。そんな彼らにとって、同じく複数の歯車を使うパワーリザーブ表示機構を設計することは、決して難しくなかったはずだ。

 その後、パテック フィリップは、視認性と省スペースを両立させるべく、さまざまなパワーリザーブ表示機構に挑戦した。以降のパワーリザーブ表示機構で、パテック フィリップの影響を受けていないものは、おそらく皆無だろう。

ノーチラス Ref.5712/1A

ノーチラス Ref.5712/1A
ノーチラスのプチコンプリケーション。極薄のCal.240にパワーリザーブ表示と日付、ムーンフェイズ機構を追加。ムーブメントを薄くするため、それぞれを駆動するモジュールを重ねることができず、どうしても横に広がってしまう。結果、スペースを取るのがやや難点か。しかし部品点数を減らしたのは、さすがパテック フィリップである。自動巻き(Cal.240 PS IRM C LU)。SS(10-4時方向径40mm)。60m防水。351万円。
Cal.240 PS IRM C LU

Cal.240 PS IRM C LU
名機Cal.240の発展型。文字盤側の余白を利用して、巧みにパワーリザーブ表示を置いている。とはいえ、9時から12時位置にかけて横たわるプレートの下は、すべてパワーリザーブ機構。以降のパテック フィリップは、よりコンパクトなパワーリザーブの開発に努めることになる。自動巻き。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。
年次カレンダー Ref.5146

年次カレンダー Ref.5146
時計史に残る金字塔。歯車を多用した年次カレンダー機構を搭載する。また、12時位置のわずかな余白に、パワーリザーブ表示機構を押し込むことにも成功した。少なくともパワーリザーブ表示の設計に関して言うと、パテック フィリップは以前に比べて長足の進歩を遂げた、と言えそうだ。自動巻き(Cal.324 S IRM QA LU)。18KYG(直径39mm)。30m防水。418万円。
Cal.324 S IRM QA LU

Cal.324 S IRM QA LU
Cal.315(現在はCal.324)に年次カレンダーとパワーリザーブ表示を加えたムーブメント。中間車を減らして機構を簡潔にする、というのがパテック フィリップの定石だ。これも例外ではなく、遊星歯車を含め、非常にコンパクトな機構を持つ。実用性を併せ持った機械だ。自動巻き。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。


Contact info: パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター Tel.03-3255-8109