具体的に説明したい。ゼンマイを巻くと香箱真が回転し、その回転運動は直接、切換車に伝わる。これは順方向の動きなので回転運動はそのままパワーリザーブ針に伝わり、針は先に進む(=パワーリザーブ針がフルに近付く)。一方、ゼンマイがほどける場合は、香箱上部の歯車に連結したカナが回転し、それが遊星歯車に噛みあって、パワーリザーブ針をゼロ位置に戻そうとする。遊星歯車には、針を進めるためのもう1系統の輪列もつながっている。しかし、遊星歯車がスリップすることで、その動きは香箱真とは切り離される。切換車にかかる負担は相当なものだが、当然、ツァイトヴィンケルは、この部品も分解可能な上、注油もできる。現在、遊星歯車で注油が可能なものは、これぐらいしかないのではないか。
非常にクレバーな設計だが、それにしても部品点数が多い。とりわけ、遊星歯車からパワーリザーブ針に至るまでの中間車は、ここまで増やす必要がないだろう。少なくとも他社なら、ここの部品を削減して、コストダウンと、止まりの原因を排除するはずだ。佐藤氏も「他社のパワーリザーブ表示機構とは比較にならないほど部品が多い」と認める。
では、ツァイトヴィンケルはなぜ、ここまで部品を増やしたのか。
「おそらく理由は、スペースの都合でしょうね。普通、これだけ中間車を噛ませるのは、香箱の回転をできるだけ減速させて、小さなスペースにパワーリザーブを表示するためです。しかし、ツァイトヴィンケルの中間車は減速比が同じなんです。つまり、ただの中間車でしかない。理由は、複数の中間車を噛ませることで、パワーリザーブの針を理想的な場所に置きたかったからではないでしょうか」
一般論を言うと、パワーリザーブ表示機構は、簡潔に作るほど良しとされる。そして多くの設計者も、その点を自慢する。だが、ツァイトヴィンケルの方法論はちょうど真逆だ。部品点数は増やす、しかしそれらの部品を分解できるし、注油が可能だ。確かに時計師にとっては面倒な機構だろう。筆者の見るところ、現時点で、これほどよく出来たパワーリザーブ表示機構はほかに存在しない。なるほど、佐藤氏が
「時計師が作りたかった時計」と言うはずだ。