2024年はタイタニック号沈没から112年。706名の生存者を救った英雄、ロストロン船長に贈られたティファニー製懐中時計が、アイルランドのベルファストで展示中だ。この貴重な遺物は、悲劇の中で発揮された勇気と慈悲を今に伝え、タイタニック号の物語が時を超えて私たちに問いかける教訓を象徴している。
カルパチア号の英雄的救助活動。706名の命を救った奇跡
アイルランドのベルファストにある博物館のタイタニック ベルファストでは特別な展示を行っている。その主役はタイタニック号の悲劇から多くの命を救った英雄、カルパチア号のアーサー・ロストロン船長に贈られたティファニー製の黄金の懐中時計である。この貴重な遺物は2024年10月末まで一般公開されるという。
タイタニック号の悲劇は広く知られているものの、その救助活動に関する興味深いエピソードはあまり知られていない。そのひとつに、706名の生存者を救助したカルパチア号の活躍がある。
カルパチア号には、20世紀初頭に実用化されたばかりの無線電信機が搭載されていた。そしてタイタニック号からの遭難信号を受信したとき、カルパチア号はニューヨークから当時イタリア領だったフィウメ(現在のクロアチア・リエカ)への航海中であった。ロストロン船長はただちに針路をタイタニック号へ向け、全速力で急行。その時点で、最後に受信した遭難信号によるタイタニック号の推定位置とは58マイル(約93.3キロメートル)も離れていた。カルパチア号の通常航海速度は14ノットだったが、新造時の最大速力に匹敵する17ノットを発揮。こうして1912年の4月15日の午前4時10分頃に、カルパチア号は危険な氷山海域を抜けて遭難地点に到着し、706名の救助に成功したのである。
ロストロン船長への感謝の証として贈られたのが、ティファニー製の懐中時計である。この黄金の時計は、ブレゲ針と6時位置のスモールセコンドを特徴とする優雅なデザインだ。しかし、その真の価値はインナーケースに刻まれた感動的な言葉にある。
「1912年4月15日 タイタニック号の3人の生存者からの心からの感謝と称賛を込めて、ロストロン船長に贈る」という献辞に続き、マリアン・ロングストレス・セイヤー、マデリーン・タルメージ・アスター、エレノア・エルキンズ・ワイドナーの名が刻まれている。彼女たちはこの悲劇で亡くなった実業家、ジョン・B・セイヤー、ジョン・ジェイコブ・アスター、ジョージ・ダントン・ワイドナーの妻たちだ。
展示終了後、この歴史的な時計は新たな旅に出る。2024年11月16日、ヘンリー・オールドリッジ・アンド・サンズ社のオークションに出品されるのだ。タイタニック号に関連する遺品のオークションは高い注目を集めており、今年4月には、船内で最も裕福だった乗客ジョン・ジェイコブ・アスターの所有していたウォルサム社製の時計が、驚くべきことに137万ユーロ(約2億2275万円、2024年10月16日現在)以上で落札されたばかりである。
タイタニック号の物語は、時計業界にも特異な影響を及ぼしている。2007年、時計ブランドのロマン・ジェロームが「タイタニックDNA」というモデルを発表した。この時計には、実際にタイタニック号から回収された鋼材が使用されている。1912年4月10日にイングランドのサウサンプトンを出港してわずか4日後に大西洋の氷海に沈んだ悲劇の船の一部が、100年の時を経て腕時計としてよみがえったのである。
かつて不沈艦とうたわれた、当時、世界最大かつ最先端の客船タイタニック号。その沈没により、およそ1500人もの命が失われた。今なお水深3784mの海底に横たわる巨大な船体は、人類の傲慢さと自然の脅威を静かに物語っている。
この特別展示は、海難事故の悲劇と、それに立ち向かった人々の勇気と慈悲の心を現代に伝える貴重な機会となったのである。