復活したダニエル・ロートが、新作「トゥールビヨン ローズゴールド」で再現したことと、実現していくこと

2024.10.26

2023年、ルイ・ヴィトンのウォッチメイキングアトリエ「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」傘下でのブランド再始動が報じられたダニエル・ロート。翌2024年4月に「トゥールビヨン スースクリプション」を発表し、続く8月末のジュネーブ・ウォッチ・デイズで、新作「トゥールビヨン ローズゴールド」を打ち出した。今回、同イベントの取材中に突如として表れたミシェル・ナバスの話から、本作、そしてダニエル・ロートの復活でLVMHが“再現したかったこと”と、“これから実現していくこと”が、見えてきた。

ダニエル・ロート トゥールビヨン ローズゴールド

鶴岡智恵子(クロノス日本版):写真・取材・文
Photographs & Text by Chieko Tsuruoka(Chronos-Japan)
[2024年10月26日公開記事]


ダニエル・ロートの新作「トゥールビヨン ローズゴールド」

 2023年、ルイ・ヴィトン ウォッチ部門ディレクターを務めるジャン・アルノーと、「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」のマスターウォッチメーカーであるミシェル・ナバスおよびエンリコ・バルバシーニの尽力で、伝説的なマイクロブランドが復活した。ダニエル・ロートである。

 同ブランドは翌2024年4月に、復活後第1作目となる「トゥールビヨン スースクリプション」を発表。そして8月29日〜9月2日まで開催されていたジュネーブ・ウォッチ・デイズで、最新作の「トゥールビヨン ローズゴールド」を、新たにラインナップに加えた。

ダニエル・ロート 2024年新作

ダニエル・ロート「トゥールビヨン ローズゴールド」Ref.DAAD01A1
手巻き(Cal.DR001)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KRGケース(縦38.6×横35.5mm、厚さ9.2mm)。30m防水。年間50本のみの生産。要価格問い合わせ。

 新作トゥールビヨン ローズゴールドは、4月発表モデルのコスメティックチェンジといった位置付けだ。大きな変更点は、素材と文字盤のギヨシェ装飾。前作では18Kイエローゴールドであった外装素材が18Kピンクゴールドに改められ、手彫りのギヨシェパターンはクル・ド・パリからストライプに変更されている。

 後述するが、時計師のダニエル・ロートが1988年にブランドを創立した際、ダブルエリプスケースを備えた手巻きトゥールビヨンモデルをリリースした。復活後のダニエル・ロートはこのモデルの意匠を再現している。同ブランド復活の最初の年の発表モデルとして、時計愛好家の耳目を集めるには、十分すぎる腕時計と言える。

 そんなストーリーを持った新作モデルのプレゼンテーションを聞いていたら、エンリコ・バルバシーニとともにダニエル・ロートを復活へと導いたミシェル・ナバスが突如として現れた。彼も参加して進行したプレゼンテーションからは、本作、そしてダニエル・ロートの復活で、同ブランドが“やりたかったこと”と、“これからやりたいこと”が見えてきた。


ダニエル・ロートの“後継者”

ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ ヴィトン

ジュネーブのコルナヴァン駅から車で20分ほどの、メイランに位置するラ・ファブリク・デュ・タン ルイ ヴィトン。2014年10月設立。この名前は、「時の工場」を意味している。

 時計師ダニエル・ロートは、1988年に自身のブランドを立ち上げた。当時彼は資金がなく、サブスクリプションを利用したという。その時、イギリス・ロンドンの時計販売店アスプレイとコラボレーションし、同店からの特注という形で「ダニエル・ロート トゥールビヨン」を20本限定で販売した。このモデルは、イエローゴールド製のダブルエリプスケースを有していた。

 その後、1994年まで時計を少量生産していたが、アワーグラスが買収。続いてブルガリの手に渡ったものの、ブランドとしての時計製造は行われなくなり、休眠状態となった。

ダニエル・ロート

今回のプレゼンテーションでは、オリジナルのダニエル・ロートが製作したレトログラードモデルと、復活後の2024年発表モデルふたつを、同時に見ることができた。左から最新作、2024年4月発表モデル、レトログラードモデルである。比べてみると細部に違いがあるものの、パッと見ではその差が分かりにくいほど、オリジナルのダニエル・ロートの意匠を尊重した新作モデルになっている。ここまでアイコニックなのは、ダニエル・ロートの象徴である、ダブルエリプスケースの役割が大きいだろう。

 そんなダニエル・ロートを本格的に復活させたのが、ルイ・ヴィトンだ。正確には、ルイ・ヴィトンのウォッチメイキングアトリエの「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ ヴィトン」である。この工房で時計製造に関する技術やノウハウを確立し、2024年のトゥールビヨン スースクリプションの発表につながったのだ。復活の経緯について、ミシェル・ナバスは詳しく教えてくれた。

「この独立ブランドを復活させるにあたり、ジャン・アルノー、エンリコ・バルバシーニ、そして私はダニエル・ロートを訪ねました。彼に『ダニエル・ロートを再出発させる』というアイデアを話すためです。彼はとても喜び、賛同しました」

 なお、ジャン・アルノーらはジェラルド・ジェンタを復活させる際も、妻のイヴリン・ジェンタに了承を得ている。こういった姿勢からも、ルイ・ヴィトンがただダニエル・ロートの名前や表面的なデザインを継いだのではないことが分かる。「ダニエル・ロートの美的感覚のみならず、伝統的な製造技術に基づいた腕時計を継承することが、復活の考え方でした。私たちは、ただブランドを受け継いだのではありません。後継者であるという責任感を持っています」。また、「私たちは時計師ですから、彼の意志を継げることを、とてもうれしく思います」とも、ナバスは語った。


ブランドの復活で再現したかったこと

DR_TOURBILLON

1990年頃に製造された、ダニエル・ロートのトゥールビヨンモデル。現在でも古さを感じさせず、目を引く意匠を備えている。

 こうしてダニエル・ロートを継承することが決まったものの、そこから製品化までに約2年半の歳月がかかった。この歳月の中でナバスは、オリジナルを“再現”することに、心血を注いだ。

「我々が最初に作ろうと思ったのは、ダニエル・ロートが1988年に発表した『ダニエル・ロート トゥールビヨン』です。彼と同じく、イエローゴールド製モデルを20本限定で、です。また、どこから見ても『ダニエル・ロートの作品である』ことが認識できるよう、メゾンのアイデンティティーとして、このダブルエリプスのケース形状を残しました」

 とはいえ、彼らはまったく同じモデルを作ろうと思ったのではない。変えるべきところは変えていきつつ、ダニエル・ロートらしさを残している。

「ムーブメントは一から製作しました。1988年当時は工作機械もそんなに良いものがなく、彼はそんな中で、自分ができる限りのことをやりました。だから私たちも、技術が進んでいる現代であっても、できる限り新しいものを考えていこうと思いました。例えばムーブメントのビス留めを外し、ピュアな感じが出るように、など、エンリコ・バルバシーニと『ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ ヴィトン』のチームで試行錯誤しながら仕上げていきました。そうそう、(リュウズを使って主ゼンマイを巻き上げる時の)コハゼの音が良いでしょう? ピュアで伝統的であるために、この巻き上げの部分には力を入れました」

ダニエル・ロート 2024年新作

トランスパレント式のケースバックからは、「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ ヴィトン」で製造された手巻きムーブメントCal.DR001を観賞することができる。

 また、ダニエル・ロートの美的感覚を踏襲しつつ、いっそうピュアなスタイルを目指して変更した点もある。例えばオリジナルよりも、ケースサイズは薄く小ぶりになっている。この変更は、男女ともに着用できるようにといった狙いもある。

 なお、春先に発表されたモデルからの変更点としては、オリジナルの「トゥールビヨン スースクリプション」の18Kイエローゴールドが18Kローズゴールドになったことと、文字盤のギヨシェがクル・ド・パリからストライプになったことだと前述したが、この縦型のギヨシェはダニエル・ロートが好んで使っていた模様であり、現在「ラ・ファブリク・デュ・タン」では「ライン」と呼んでいる。「このギヨシェは、昔ながらの製法で彫っています。(『ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ ヴィトン』には)昔ながらのギヨシェマシンが、4台ありますから、4種類のパターンを彫ることができます」。ちなみに後日、「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ ヴィトン」を見学したが、確かにギヨシェマシンが設置してあった。

「ダニエル・ロートの職人技はしっかりと継承したうえで、彼が思っていたであろうことを、現在の技術と私たちの考えでもって、継承しました」


これから実現していくこと

ダニエル・ロート トゥールビヨン ローズゴールド

トゥールビヨンのキャリッジには3本の針が載せられており、各針が20秒ずつ動くようになっている。ナバスいわく「ダニエル・ロートらしいもの」。ブリッジ部分はステンレススティール製となっており、ポリッシュ仕上げが施されている。この仕上げは、「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ ヴィトン」の時計師が妥協せずに手掛けるディテールのひとつである。

 もちろん、ダニエル・ロートのブランドとしての歴史は、これからも続いていく。今後のブランドの展望について、話を聞いた。

「我々はこれまで、ダニエル・ロートが“やったこと”を再現しました。これからは、彼の時計師としてのキャリアの中で“やらなかったこと、できなかったこと”を、私たちが実現していくつもりです。エンリコ・バルバシーニと、『彼ならこんなことをやっただろう』という話し合いをしながら、実現していくんです」

 これから生産本数を増やしたり、ブランドを拡充させる予定はあるのだろうか?

「現段階では、年間生産本数は50本程度が限界だと思います。『ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ ヴィトン』にはダニエル・ロートの時計製造にのみ携わる時計師が、3人います。もちろん、これから増えるかもしれません。しかし、高度な職人技が必要になるため、増えたとしても4〜5人といった程度です」

 最後にナバスは、次作のアイデアを話してくれた。

「ダニエル・ロートは、たくさんのコレクションを所有しています。私たちは、まず18Kイエローゴールド製モデルと、18Kローズゴールド製モデルを製作しました。現在は、また別の作品を手掛けています。すっごく素敵な、ね!」

 そう語って、ニッコリ笑ったミシェル・ナバス。今後のダニエル・ロートの展開が、どうしたって楽しみになる。

ミシェル・ナバス
1972年、スペイン・サラマンカ生まれの時計師。現在はルイ・ヴィトンウォッチメイキングアトリエ「ラ・ファブリク・デュタン ルイ・ヴィトン」で責任者を務めている。ダニエル・ロートの復活に尽力した。今回のインタビューではジェラルド・ジェンタの次作についても、プロトタイプとともに取材することができた。このプロトタイプのインパクトも抜群だったが、それ以上に予定されている製法がとことん手が込んでいて、このモデルも十分「すっごく素敵な」ことだ。早く製品化してほしい!



Contact info:ルイ・ヴィトン クライアントサービス Tel.0120-00-1854


ダニエル・ロートが「トゥールビヨン ローズゴールド」を発表!【ジュネーブ・ウォッチ・デイズ】

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ダニエル・ロートがブランド初期の作品にオマージュを捧げる新作「トゥールビヨン スースクリプション」を発表

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「ジェラルド・ジェンタ」「ダニエル・ロート」のルイ・ヴィトン移籍と正式“復活”。加速するLVMHグループの時計事業への本気度!

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