2024年10月17日、パテック フィリップは新コレクションの「Cubitus(キュビタス)」を発表した。同社がコレクションを増やすのは、1999年の「Twenty~4」以来のこと。名前の通り、スクエアなデザインを打ち出した、マッシブなコレクションとなる。先に結論を言うと、このモデルは写真より腕上に置いた方がはるかに映える。
Photographs & Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
[2024年10月18日公開記事]
パテック フィリップ、25年ぶりとなる新コレクションはマスキュリンなスクエアケース!
パテック フィリップの社長であるティエリー・スターン氏はこう説明した。「市場にある時計の85%はラウンドだ。しかし私は長年、スクエアな時計が欲しかった。そしてプレジデントに就任した時、それを実現できると思った。ファミリービジネスの強みだね(笑)」。そしてCubitusという名前の由来は「世界中どこでも通じるから」。
まず発表されたのは、日付、曜日、そしてムーンフェイズが瞬時送り式のムーブメントを載せたRef.5822Pと、3針でコンビケースのRef.5821/1AR、そしてSS仕様のRef.5821/1Aの3つだ。
薄型ケースにもかかわらず、瞬時送り式のカレンダーを採用するのがRef.5822Pだ。ケースはPt製で、重さは85gもある。ただし、広い裏蓋と薄くて重心の低いケースのおかげで、装着感は極めて良い。視認性にも優れた、今のパテック フィリップらしいモデルだ。自動巻き(Cal.240 PS CI J LU)。52石。2万1600振動/時。パワーリザーブ最大48時間。Ptケース(10時~4時の直径45mm、リュウズを含む9時から3時の幅44.9mm、ラグとラグの長さ44.4mm、厚さ9.6mm)。1399万円(税込み)。
こちらはコンビモデルのRef.5821/1AR。写真が示す通り、ベゼルを絞ることで派手さを上手く抑えている。おなじみブルーソレイユ文字盤からは、あえてグラデーション仕上げが省かれた。自動巻き(Cal.26-330 S C)。30石。2万8800振動/時。パワーリザーブ最大45時間。SS×18KRGケース(10時~4時の直径45mm、リュウズを含む9時から3時の幅44.5mm、ラグとラグの長さ44.9mm、厚さ8.3mm)。3気圧防水。970万円(税込み)。
ベーシックなSSモデルのRef.5821/1A。傑作26-330を搭載するほか、装着感は極めて優秀だ。サイズを拡大し、ベゼルを絞った結果視認性にも優れる。自動巻き(Cal.26-330 S C)。30石。2万8800振動/時。パワーリザーブ最大45時間。SSケース(10時~4時の直径45mm、リュウズを含む9時から3時の幅44.5mm、ラグとラグの長さ44.9mm、厚さ8.3mm)。3気圧防水。653万円(税込み)。
「ノーチラス」の流れをくみつつ、明らかに異なる「Cubitus」
「このモデルはアクアノートやノーチラスのいとこ」とスターン氏が説明したように、Cubitusのデザインは「ノーチラス」の流れをくんだものとなっている。マイナーチェンジしたノーチラスと言われれば納得してしまいそうなデザインだが、腕に置くと、明らかにノーチラスとは異なる印象を与える。
明らかに違う一因は、直径45mm(10時~4時)という大きなケースにある。また、幅(9時~3時、リュウズを含む)も44.9mm(Ref.5822P)と44.5mm(Ref.5821/1ARおよび1A)と、決して小さくない。しかし、ラグからラグの長さが44.4mm(Ref.5822P)と44.9mm(Ref.5821/1ARおよび1A)で短いため、取り回しはむしろ軽快なのである。ちなみに44mm強という全長は、直径40mmのIWC「インヂュニア」よりさらに短い。結果としてこのモデルは、四角いシェイプがいっそう強調された。写真で見るとそうでもないが、腕に置くと、ノーチラス譲りのディテール以上に。真四角なケースが目を引く
本作のケース構成は、基本的にノーチラスと同じである。しかし裏蓋とミドルケースが別部品から一体成型に改められ、ベゼルカバーをケースサイドで固定する、ノーチラスRef.5712やRef.5811と同じスタイルになった。理由は不明だが、ケースを薄くするためだろう。事実、スターン氏は「ケースを薄くすること」を開発チームに要求したそうだ。加えて裏蓋の一部を盛り上げ、ケースサイドを細く絞ることで、時計は実際よりもかなり薄く見える。実際にケースを薄く仕立てるだけでなく、視覚上の錯覚をも盛り込んだわけだ。
本作が45mmというサイズを感じさせない理由は、薄いケースと短い全長、そしてノーチラス譲りのブレスレットのおかげである。筆者が触った限りで言うと、ブレスレットはノーチラスと同じ。エクステンション機能が備わったバックルも同様である。ノーチラスの傑出した装着感は、そっくりCubitusに引き継がれたわけだ。それでは3つのモデルを具体的に見ていきたい。
すべてのカレンダーの瞬時送りを実現したRef.5822
Cubitusのハイライトは、ラージデイトとムーンフェイズ、そして曜日表示を備えたRef.5822Pである。ムーブメントはノーチラスRef.5712にラージデイトを加えただけに見えるが、実はまったくの別物だ。これらの表示はすべて瞬間送り(わずか18ミリ秒で切り替わる!)だけでなく、重厚なセーフティー機能を盛り込んでいる。「(搭載するCal.240 PS CI J LUは)針を逆戻ししても壊れないし、表示はいつ切り替えても問題はない」と開発部長のフィリップ・バラ氏は説明する。
文字盤の開口部の大きさが実現したもの
Cubitusの大きな特徴は、大きなケースと細いベゼルがもたらす、文字盤の開口部の大きさだ。10時~4時の直径はノーチラス(Ref.5711)の径40.5mmに対して45mmと大きいため、理論上は文字盤の表示を増やしやすい。「Cubitusの開発には4年かかった。対してCal.240 PS CI J LUの開発期間は6年。リリースするタイミングがちょうど重なって、Cubitusに載せることができた」とバラ氏は説明する。もっとも、巨大なラージデイトを採用するには、ノーチラスはもちろん、アクアノートのケースでも難しかったに違いない。搭載は可能だがデザイン上のバランスは崩れたはずだ。文字盤開口部の大きなCubitusが、この新しいムーブメントの搭載モデルに選ばれたのは納得だ。
ティエリー・スターン氏はこう説明する。「父親と話したとき、いつも日付表示を大きくしろと言われたのです」。結果として、Cal.240 PS CI J LUの日付表示は「一般的なものに比べて2倍の面積を持つ」(バラ氏)極めて大きなものとなった。加えてこのムーブメントは、すべての表示が瞬時送り式である。
「薄さ」の追求
「すべてのカレンダーを18ミリ秒で切り替えため、レバーは2キロの力で作動する。もっともベースとなったCal.240 PSはトルクが小さいため、レバーの動力であるバネをチャージするには22時間が必要となる」(バラ氏)。「力の弱い」Cal.240で瞬時送りを実現したのは快挙だが、正直、ムーンフェイズと日付送りまで瞬時送りにする必要はなかったのではないか。
バラ氏は補足説明する。「最初は瞬時送りなしのムーブメントを製作したが、厚みが5.2mmになってしまった。対してティエリー・スターンが、もっと薄くしてほしいと言った」。その結果すべての表示は、中間車の少ない瞬間送り式になり、むしろ実用性は改善された。瞬時送り用の大きなレバーを持つこのムーブメントは、モジュール型ではなく一体型である。と考えれば、直径31mm、厚さ4.76mmというムーブメントサイズは、かなり薄い。
このムーブメントには瞬間送り以外にも、ふたつの大きな特徴がある。ひとつはラージデイトの10の位と1の位がほぼ同じレイヤーにあること。同社のインラインパーペチュアルと同じ表示であり、事実、このムーブメントと同じ機構がCal.240 PS CI J LUにも採用された。階層をそろえると厚みは減るが、面積は大きくなる。開口部の大きなCubitusでなければ、搭載は難しかったに違いない。
過剰なまでの安全機能
そしてもうひとつが、過剰なまでの安全機能だ。一般論を言うとラージデイトは衝撃に弱い。ただし、すべての表示には規制バネを噛ませ、簡単には動かないようになっている。すべての表示が2キロの力で切り替わる理由は、日付と曜日、そしてムーンディスクを瞬時送りするだけでなく、強い規制バネによるブロックを解除するためだ。ただし、近年のパテック フィリップの設計思想を考えるに、適度な遊びは持たせてあるはずだ。
リュウズを逆戻ししてもカレンダーが壊れないのも大きな特徴だ。似たメカニズムは普通のカレンダー時計にも見られるが、逆戻し時にスリップする部品が、水平方向ではなく垂直方向に動く(上に持ち上がる!)のがこのムーブメントの肝だ。横に動かない理由は、スペースを取らないため、そしてスリップを終えた後の表示精度を悪くさせないためだろう。
同社はCal.240 PS CI J LUの開発にあたって、6つの特許を申請中とのこと。確かにこのムーブメントは、新しいコレクションにふさわしいものだ。正直、ムーブメントオタクの筆者からすると、この機械だけでCubitusは買う価値がある。
腕上で別物の印象を与えるRef.5821
瞬時送り式のカレンダーを備えるRef.5822Pに対して、より普段使いに向きそうなのが3針のRef.5811/1Aと1ARである。写真が示すとおり、ディテールは従来のノーチラスを踏襲する。しかし、腕上に置いた印象は先述した通り、まったく別だ。その理由は大きく3つある。
ひとつは単色に改められた文字盤。写真を見れば分かるように、グラデーションは省かれており、それは細いベゼルで強調されている。そしてもうひとつは、サイドの耳を直線状に断ち切ったこと。加えて横と縦(ラグからラグ)の長さをほぼそろえることで、腕に載せるとスクエアな印象が強調される。「最初のデザインは気に入らなかった。その後、何度ものやり直しを経て、ここに落ち着いた」とティエリー・スターン氏が語った通り、腕に置くとスクエアのシェイプが強調される。
そしてもうひとつは目立たないブレスレットだ。
ノーチラス流のウネウネしたブレスレットは、Ref.5822Pの大きな美点である。バックルに向けて強いテーパーがかかっているのもノーチラスのRef.5711やRef.5712に同じ。しかしヘッドが大きくなった結果、Ref.5821/1Aや1ARでは相対的にブレスレットの存在感が抑えられた。普通、本作のようにヘッドを大きくすると、装着感は明らかに悪化する。しかし、ケースを薄くし、裏蓋と腕の接触面積を広げ、そしてバックルにエクステンションを加えた結果、装着感は極めて快適だ。サイズを感じさせない取り回しの良さは、Ref.5822PおよびRef.5821/1Aと1ARの大きな美点と言える。
ムーブメントと外装の仕上げは相変わらず申し分ないし、ディテールも相変わらず優れている。筆者が感心させられたのは、リュウズ周りの作り込みだ。リュウズの操作時にガタがまったくないのは、ケースとリュウズをつなぐチューブを極端に太くしたためである。また、太くすることで、ねじ込みを繰り返してもネジ山はダメになりにくい。2ピースケースにねじ込み式のリュウズ、そして太いパイプという構成ならば、10気圧防水を持たせるのは難しくないだろう。しかしあえて3気圧防水に抑えたのは、いわゆる“ラグスポ”とは異なる、というパテック フィリップの主張だ。
次世代の基幹コレクション、そしてコンプリケーションの新たなベース
「正直、新しいコレクションはリスクだ。しかし、私たちはトレンドには従いたくないし、リーダーとして他にはないものを作れることを示したかった」とティエリー・スターン氏が語ったように、Cubitusは見た目以上に挑戦的な内容を持つ。事実、そのディテールはノーチラスの影響を受けているが、腕上に置いた印象はまったく別物だ。45mmというサイズも野心的だが、骨格そのものがいっそうアイコニックであり、しかも装着感は極めつけに快適なのである。加えて文字盤の大きな開口部は、やがてこのコレクションにさまざまなバリエーションをもたらすことになるだろう。コンプリケーションのベースとしての可能性を言えば、既存のどのコレクションよりも大きいのではないか。
かのギスベルト・ブルーナーはCubitusをこう評した。「この時計は写真よりも実物の方がはるかに良い。腕に置いて分かる時計だ」。筆者もまったく同感である。この時計の真価は、触るときっと分かるはずである。幸いにもこのコレクションはすぐ店頭に並ぶ予定であり、ご興味のある方はひょっとして見られるかもしれない。ちなみにどのモデルも魅力的だが、仮に筆者が選ぶならば、Cal.240 PS CI J LUを載せたRef.5822Pになる。薄くて使える本作は、今後Cubitusの向かう方向性を明確に示すモデルだ。