現在では時計市場において、ジャンルとして確立されるラグジュアリースポーツウォッチ。しかしその“在り方”は時代とともに変遷しており、現在は外装技術の進化が、再びその在り方を変えつつある。パルミジャーニ・フルリエのふたつの「トンダ」から、ラグジュアリースポーツウォッチの今を見ていきたい。
Photographs by Masanori Yoshie
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年11月号掲載記事]
より複雑化する「ラグジュアリー」と「スポーツ」の境界線
2000年以降、明確なジャンルとなったラグジュアリースポーツウォッチ。しかし、技術の進歩はその在り方を根本から揺さぶろうとしている。象徴するのは同じケースを持つ、しかし違う性格を与えられたふたつの「トンダ」だ。
ブランド初のデイリーウォッチ。一体型ブレスレットや、サテンとポリッシュの使い分け、バーインデックスといったラグジュアリースポーツウォッチの定石を押さえつつも、モルタージュ装飾をベゼルに採用するなど、パルミジャーニ・フルリエのドレスウォッチらしさも取り入れている。自動巻き(Cal.PF044)。33石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KRGケース(直径42.0mm、厚さ11.2mm)。100m防水。(問)パルミジャーニ・フルリエ Tel.03-5413-5745
誕生当初は「新世代のドレスウォッチ」と受け取られた
今でこそ、ラグジュアリースポーツウォッチの先駆けと見なされるオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」。事実、オーデマ ピゲはこの時計に、スポーツウォッチを謳えるだけの防水性能と高い耐衝撃性を盛り込んだ。
しかし、市場の受け取り方は違ったようだ。ロイヤル オークを見た消費者たちは、これをスポーツウォッチではなく、新世代のドレスウォッチと見なすようになったのである。それを象徴するのが1980年代の広告ビジュアルだ。白いクラシックカーの前に、タキシードとドレスを着た男女が佇んでいる。彼ら、彼女らの腕に輝くのは18Kゴールドケースのロイヤル オークだ。
パテック フィリップ「ノーチラス」も同様である。発表時の広告では「世界で最もコストのかかった時計のひとつはスティール製」と記されていた。しかし、80年代に入ると、SSではなく18Kゴールドモデルが目立つようになり、パテックフィリップの長い歴史や、手作りであることが強調されるようになった。
以降のラグジュアリースポーツウォッチがスポーツウォッチではなく、モダンなドレスウォッチを指向するようになったのは当然だろう。かつて両者の境界線は、非常に曖昧だったのである。
2000年以降の在り方
しかし、2000年以降、このふたつは違うキャラクターを持つようになった。切削でのケース製造が当たり前になった結果、スポーツウォッチ向けの頑強なケースは、良質さや立体感を持てるようになったのである。1970年代に誕生した黎明期のラグジュアリースポーツウォッチが、薄いドレスウォッチにスポーティーさを持たせる試みだったとすれば、2000年以降のそれは、スポーツウォッチに高級感を持たせる試みと言える。その帰結が、新しいラグジュアリースポーツウォッチだった。
頑強さを重視するスポーツウォッチでは、ケースを複雑にするにも限界がある。しかし、それほどの高性能が求められないラグジュアリースポーツウォッチでは、ケースはいくらでも立体的にできた。ウブロの「ビッグ・バン」が好例だろう。
外装技術の進化とともに
トンダ GTの発表から1年のタイミングで投入された新作。マイクロローターを一体型として設計したことで、トンダGTよりも薄いケースを実現した。よりシンプルなダイアルの意匠や2針であることからも明らかなように、純然たるドレスウォッチだ。ケースはSSだが、モルタージュ装飾付きベゼルはPt製。自動巻き(Cal.PF703)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS×Ptケース(直径40mm、厚さ7.8mm)。100m防水。(問)パルミジャーニ・フルリエ Tel.03-5413-5745
しかし外装技術の進化は、三度ラグジュアリースポーツウォッチの在り方を変えようとしている。ケースの気密性がさらに高まった結果、厚いケースでなくとも、高い防水性能を持てるようになったのである。そして、こういった変化は、ラグジュアリースポーツウォッチとドレスウォッチのそれぞれの姿を大きく変えつつあるのだ。
2020年にパルミジャーニ・フルリエはラグジュアリースポーツウォッチの「トンダ GT」をリリースした。頑強なケースとブレスレットに加えて、フリースプラングテンプを持つ自動巻きムーブメントは、なるほどラグジュアリースポーツウォッチらしいものだった。加えて同社はまったく同じ外装を持つ「トンダ PF」をリリースした。しかし、パルミジャーニ・フルリエは「トンダ PFはドレスウォッチ」と明言する。
1970年代から1980年代にかけて、ラグジュアリースポーツウォッチとモダンなドレスウォッチは、非常に似たデザインを持っていた。しかし、技術の進歩は、もはやふたつの垣根を取り払おうとしている。今後もラグジュアリースポーツウォッチは、時計業界の金看板であり続けるだろう。しかしそれは、ジャンルを超えた“なにか”に変わっていくのではないか。パルミジャーニ・フルリエのふたつの「トンダ」は、その引き金を引いたのである。