ロンジンの「ロンジン スピリット Zulu Time」に2024年新作として加わった、直径39mmのグレード5チタン製ケースを備えたモデルを実機レビューする。コンパクトで軽量なケースにハイスペックなGMTムーブメントを搭載した本作は、ロンジンのパイオニア精神が宿った日常使いに優れたスポーツウォッチだ。
Photographs & Text by Tsubasa Nojima
[2024年10月22日公開記事]
冒険者たちの精神を受け継ぐ「ロンジン スピリット」コレクション
今回は、ロンジンが2020年に発表した「ロンジン スピリット」コレクションより、GMT機能を搭載した最新作、「ロンジン スピリット Zulu Time」のインプレッションをお届けする。
スウォッチ グループの中核に位置する同社は、グループ内のノウハウやスケールメリットを生かした高品質な時計作りという基盤を持ちつつ、創業190年を超える老舗ブランドとしての伝統を守り続けてきたブランドだ。ロンジンと言えば、それらを生かした復刻モデルの数々を思い浮かべる方も多いだろう。
対して「ロンジン スピリット」は、復刻時計とは異なるアプローチで誕生したコレクションだ。その中に込められたのは、ロンジンの時計とともに陸、海、空を冒険し人類の未来を切り開いていったパイオニアたちの魂。お手本ありきの復刻時計とは異なり、そのデザインは過去の名作たちからエッセンスを抽出し、巧みに組み合わせることで構成されたものである。出自は過去にあるが、それらを咀嚼して新しいものを作り出すという温故知新の考えにのっとっている。
かくして誕生したスピリットは、オリジナルが存在しないということから、高い拡張性を備えている点も特徴だ。2020年の誕生以降、ケースサイズやカラーリングのバリエーションだけではなく、クロノグラフ、フライバッククロノグラフ、GMTなどの複雑機構を有したモデルも発表され、誕生から4年を経た現在では、ロンジンの主要コレクションのひとつとして認知されている。
今回取り上げるのは、GMT機能を搭載した、小ぶりな39mmのチタンケースモデルだ。ロンジンの過去と現在が交錯するスピリット。その魅力に触れてみたい。
自動巻き(Cal.L844.4)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。Tiケース(直径39mm、厚さ13.5mm)。10気圧防水。62万4800円。
今回レビューを行った、「ロンジン スピリット Zulu Time」の2024年新作モデル。パイロットウォッチに範を取ったダイアルを特徴とするGMTウォッチだ。
ツール感と高級感を両立させた、立体的なダイアル
まずはダイアルから見ていこう。ブランドの説明によると、ダイアルのカラーはアンスラサイトだ。昨今多くのブランドが採用するカラーだが、その色味には各社で個性が出る。本作の場合はややブラック寄りで、光の当たり具合で仄かにグレーが浮かび上がる。また、他のブランドではアンスラサイトカラーのダイアルにサンレイ仕上げを取り入れることが多いのに対し、本作では表面に細かなざらつきを加え、マットな質感に仕上げている。
視認性に長けたデザインは、パイロットウォッチに範を取ったものだ。とはいえ実用一辺倒な堅苦しさはなく、パイロットウォッチの特徴を踏まえたうえで高級時計としてふさわしい凝ったディティールが与えられている。ゴールドカラーの縁取りが与えられた立体的なアラビア数字インデックスや、段差を付け、同様にゴールドカラーをあしらったミニッツサークルなど、装飾的な意匠がちりばめられ、ダイアルの端まで伸びた秒針が、高精度機らしい緊張感をもたらしている。インデックスと針に塗布された蓄光塗料は、やや黄色味がかっているように見えるものの、経年による変色を想起させるものではなく、ゴールドにマッチした温かみを感じさせる。
本作はGMT機能を有しており、回転するベゼルの24時間表記と合わせて、最大3つのタイムゾーンの時刻を同時に表示することができる。GMT針は先端のみをレッドとすることで、機能性を確保しつつダイアルの煩雑化を防いでいる。ベゼルインサートは、耐傷性に優れるセラミックス製。日中をグレー、夜間をブラックに分けており、直感的な読み取りを助けてくれる。
6時位置には高精度であることを象徴する5つの星と、デイト表示が配されている。デイトディスクの色は、ダイアルに合わせた黒地にゴールド。5つ星の上には赤文字の“ZULU TIME”がプリントされ、赤いGMT針に対比させ、機能と表示の色を一致させている。
エッジの立ったモダンなグレード5チタンケース
ケースはグレード5チタン製。グレード5チタンは、高級時計に多く用いられるチタン合金の一種であり、ポリッシュやサテンなどの仕上げを施しやすいことが特徴だ。純チタンであるグレード2チタンは、軽量、抗アレルギー性、耐食性などの優れた性質を備えているが、高級感のある仕上げを与えることが難しく、各ブランドはそのモデルの性質にあったチタンを使い分けているのが一般的だ。グレード5チタンを採用した本作では、ポリッシュとサテン仕上げのコンビネーションと、シャープに切り立ったエッジを楽しむことができる。
全体としては、サテン仕上げが主体である。ケースサイドやラグの上面、ケースバックに至るまで多少粗めのサテン仕上げが与えられ、ラグの面取り部に一筋のポリッシュが加えられている。ラグの先端は、バッサリと断ち切ったようなデザイン。これによって生まれたエッジが、キリリと引き締まった精悍さを出している。
リュウズは、少し大きめの円錐型。往年のパイロットウォッチでは、パイロットがグローブをしたままでも難なく操作できるように、大型のリュウズを採用する場合が珍しくない。その伝統にのっとったデザインであり、もちろん現代でもしっかりとその機能を発揮する。
地球儀とブランドロゴが大きく刻印されたケースバックは、6本のネジによって固定されている。防水性という面だけ見れば、スクリューバックの方が有利だ。しかしあえてネジ留めとしたのは、恐らく刻印をケースに対して真っすぐに合わせ、さらに全体の厚みを抑えることを狙ったからではないだろうか。一見して正統派スポーツウォッチなスピリット。しかし端々に目を移せば、そのセオリーを微妙に崩しつつ、同社が大切にする価値観である“エレガンス”を強調するかのような要素がちりばめられていることが分かる。
ブレスレットも、ケースと同じグレード5チタン製だ。スポーティーな3連タイプだが、一部にポリッシュを加えることで、ケースにマッチしたデザインに仕上がっている。剛性感のあるバックルだが、微調整機構には少し物足りなさを感じる。側面の5つの横穴からバネ棒を突くことで腕周りを微調整する確実で昔ながらの仕様であり、同価格帯で工具を使わずに微調整可能な機構を備える時計が珍しくないことを考えると、特別優れているとは言えない。また、バックル側面に並んだ穴は見た目のスマートさに欠ける。ケースの作りこみに隙が無いだけに、少し目立ってしまうのは残念だ。
一方で、インターチェンジャブルシステムが備わっている点はうれしい。弓カンの背面に配された凸型のボタンを押下することで内部のバネ棒が縮み、ケースから分離できる仕組みだ。取り外しが便利であることはもちろん、バネ棒が露出していないため見た目にも良い。ボタンの押し込みには多少の力を要するため、不意に脱落してしまうこともないだろう。
時差調整が簡単なGMTムーブメント
本作が搭載しているのは、ロンジン向けに開発されたエクスクルーシブムーブメント、Cal.L844.4だ。C.O.S.C.公認クロノメーターを取得しており、ダイアルの5つ星が示す通りの高精度を発揮する。シリコン製ヒゲゼンマイを採用し、磁気に強い点も魅力だ。
GMT機能を搭載しているため、操作方法は3針ムーブメントと少し異なる。ねじ込み式のリュウズを解除し、そのままで主ゼンマイの巻き上げ、一段引きで時針の単独調整、二段引きで時刻調整を行うことが可能だ。日付の調整は、一段引きの状態で時針を2周させるごとに1日分進めるか戻すことができる。円錐型のリュウズは、回す際にも引き出す際にもスムーズな操作感をもたらしてくれる。
時差調整も簡単だ。例えばニューヨークに渡航する場合、時差が13時間なので一段引きの状態で時針を13時間分戻せば、秒針を停止させることなくローカルタイムに合わせることができる。この際、GMT針は動かずホームタイムとなる日本時間を示したままだ。
チタン製の外装がもたらす軽やかな装着感
ケースとブレスレットにチタンを採用しているため、装着感は非常に軽やかだ。しばらく手元から目を離すと、厚さ13mmを超える時計を着用しているということをすっかり忘れてしまうほど。強いて言えば、ブレスレットのコマは多少角が立っているようにも思えるが、サテン仕上げのケースバックはサラリとした肌触りで、ストレスなく着用することができる。ベースムーブメントの関係から自動巻きローターの音は少し大きめだが、よほど耳を澄まさない限り、着用時に気になることはないだろう。
39mm径のケースは、回転ベゼルを備えたスポーツウォッチとしてはやや小ぶりだが、確かな存在感を放っている。その理由のひとつが、ダイアルにちりばめられたゴールドカラーだろう。これによってパイロットウォッチの武骨な意匠を取り入れたダイアルに、柔らかさと華やかさが加わっている。立体的な段付きのダイアルやシャープなケースから仄かに漂う高級感とモダンさが、本作がクラシカルなパイロットウォッチと一線を画す存在であることを示している。
視認性と判読性は抜群に高い。マットなアンスラサイトカラーダイアルとゴールドカラーの縁取り、蓄光塗料が高いコントラストを生み、針がどの位置にあるかを瞬時に判別することができる。インデックスや目盛りに向かってしっかりと伸びる針は、正確な時刻を読み取ることにも貢献してくれる。
パイオニア精神の宿る、現代的なパイロットウォッチ
装着感に優れ、見やすく、さらに実用性に優れたムーブメントと堅牢な外装を組み合わせた本作は、間違いなく優等生である。しかし、その最大の魅力は、ユニークなキャラクターにあるだろう。一見してクラシカルなパイロットウォッチだが、要所を見れば、その特徴を押さえた上で現代的な高級時計としてふさわしいモデルにまとめ上げられていることが分かる。
パイオニア精神の下、機能性と信頼性に優れたパイロットウォッチを開発し、冒険家たちの偉業に貢献してきたロンジン。しかし現代において、未踏の地に達することだけが冒険ではない。冒険への入り口は、プライベートでもビジネスでも、日常の中に隠されているものだ。ロンジン スピリットはそんな日常にそっと寄り添い、ときに我々の心に火を灯し、まだ見ぬ世界へ誘ってくれる。