スイス高級時計ブランド、ジェラルド・チャールズのCEO、フェデリコ・ジヴィアーニ氏に独占インタビューを敢行。ブランドの歴史と哲学、今後の戦略、そしてドゥカティとのコラボレーションを実現した最新作について、詳細な話を聞くことができた。伝説の時計デザイナー、ジェラルド・ジェンタのヘリテージを受け継ぎ、新たな挑戦を続ける若きCEOの熱意をお届けする。
ジェラルド・チャールズのドゥカティとのコラボレーションモデル。稼働するスリースポークホイールが独創的な構造だ。詳細は後述。自動巻き(Cal.GCA 3002JH)。38石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。カーボンケース(縦41.9×横39mm、厚さ11.15mm)。10気圧防水。世界限定250本。予価791万100円(税込み)。
ジェラルド・チャールズの若きCEO、ブランドについて大いに語る
フェデリコ・ジヴィアーニ氏は2019年に、ジェラルド・チャールズのCEOに就任。以降、このブランドを牽引する中心人物であり、今回のインタビューでは、ブランド哲学やケースデザインの誕生秘話などについて語ってくれた。また、父親のフランコ・ジヴィアーニ氏も登場。彼は、晩年のジェラルド・ジェンタとの関係を含む、このブランドの成り立ちに関して説明してくれたのだった。
時計ブランド、ジェラルド・チャールズの誕生
WatchTime:ジヴィアーニさんのご家族はジェラルド・チャールズのブランド創設にも関わったそうですね。それはどのような経緯だったのですか?
フェデリコ・ジヴィアーニ:ジェラルド・チャールズは、ジェラルド・ジェンタが創設した最後のブランドです。彼は私の家族、ここに隣席している私の父とともに、このブランドを立ち上げました。その経緯については父から説明してもらいましょう。
フランコ・ジヴィアーニ:かつて私は1982年にジェラルドと出会い、彼と仕事を始めました。当時、私は広告代理店を経営していたのです。そして彼とともにジェラルド・ジェンタのインド進出、その後のイタリア進出のプロジェクトを手掛けました。それが落ち着くと、私はオーデマ ピゲの仕事を手掛けるようになりましたが、ジェラルドとの良好な関係はその後も続き、見本市などで何度も顔を合わせていました。
ジェラルドが自身の名を冠した最初の会社、ジェラルド・ジェンタを売却した際、彼は当初、仕事のペースを落としたいと考えていました。しかし、クリエイティブな人間にとって、それは不可能なことでした。そこでわずか1年後、彼は自身のミドルネームを用いて、新ブランド「ジェラルド・チャールズ」を立ち上げたのです。ただし、彼自身には商業的なノウハウが幾分不足していました。
そこで彼は私に電話をかけてきました。しかし当時の私は、オーデマ ピゲにおけるヨーロッパ責任者でした。私は「ジェラルド、私自身は無理だが、私の家族なら新ブランドに参加できるかもしれない」と答えました。そうして私の家族がジェラルド・チャールズに加わり、私の兄のジャンパオロがCEOに就任しました。その2年後、我々はジェラルド・チャールズの全株式を取得することになり、2005年以降、ジェラルド・チャールズは完全に私たち家族で運営するようになりました。
ジェラルドは2011年8月に亡くなるまで、クリエイティブディレクターとして私たちと協業を続けました。彼の死後、私の兄は特別なお客様のためにいくつかの作品を作り続けました。それは、私の息子フェデリコが会社に加わるまで続いたのです。
“時計界のピカソ”とも呼ばれるマエストロ、ジェラルド・ジェンタについて語るとき、彼が最後の10年間に創造したすべてのものは、いま、私たちが所有しています。私たちはジェラルドの最後の10年間のすべてのデザイン図面を管理しているのです。私の息子はそこに秘められた可能性を見出し、家族内で彼がブランドを率いることに同意しました。こうして、私たちの新しい挑戦が始まったのです。
これは非常に興味深い物語です。なぜなら友情の物語でもあるからです。私はジェラルドの真の友人でした。ジェラルドが人生で初めて誰かをパートナーとして選ぶことを決めたとき、彼は私を選びました。彼の残したものは、私にとって非常に重要な意味を持っています。
フェデリコ・ジヴィアーニ:私はロンドンで金融学を学び、その後、コンピューターサイエンスを学びました。その流れで、すでに職も得ていましたが、その一方では、3歳の頃から時計産業に囲まれて育ちました。旧知の仲であるメイラン家とともにです。もちろん、私もジェラルド本人を知っていました。
ある日、私がまだとても若かった頃、彼と一緒に食事に行ったことがあります。そこで私は「なぜジェラルド・チャールズというブランドは、非常に高品質かつ複雑なコレクター向けの作品しか作らないのか? もっと多くの顧客に向けて展開すべきだ」と、提案しました。いま私たちは、この方針で努力を続けています。それは言わば、ピカソにおける“バラ色の時代(※)”のようなものだと思います。
※パブロ・ピカソがうつ病を脱し、陽気で鮮やかな色合いの作品を創作した1904年から1906年にかけての時代。
もちろん家族が私を信頼してくれたからこそ、生産本数の拡大が実現しました。数人だった従業員は30人以上に、ゼロだった販売拠点は今では80店舗以上に、年間100本だった生産量は現在約1500本に、そして単一製品から30製品を数えるコレクションへと成長しました。トゥールビヨン、宝石をあしらった作品、スケルトン装飾、そして最新作「マエストロ4.0ドゥカティ30°アニバーサリー916」に至るまで、幅広い製品を展開しています。
今年オープンしたジュネーブのアトリエは、ジェラルド・チャールズにとって新たなステップであり、新時代の幕開けとなります。ここには時計製作工房があり、今後もさらに拡張していく予定です。ここでは、研磨、仕上げ、組立、設計を行います。オフィスと販売ルームを備えていますが、販売ルームはブティックというよりラウンジとして機能します。お客様はこちらで飲み物を楽しみながら、ブランドとその歴史について触れ、ミュージアムを訪れることができます。
私たちはまだ若いブランドですが、すでにミュージアムを持っています。ミュージアムを持つ独立系ブランドは多くありません。そこでは、ジェラルドが製作したヴィンテージピースを展示しており、ケースバックには彼のサインが刻まれています。グランドコンプリケーション、複雑な自社製ムーブメント、スケルトンムーブメント、トゥールビヨン、ミニッツリピーターなど、彼の素晴らしい作品群を見ることができるのです。
下部が丸みを帯びた"笑顔"のケースは、トゥールビヨンのような追加機能のためのスペースを巧みに作り出すためのものだ。自動巻き(Cal.GCA 3024/12)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(縦39×横41mm、厚さ9.3mm)10気圧防水。世界限定50本。予価1763万4100円(税込み)。
新時代のグランドコンプリケーションへの挑戦
WatchTime:グランドコンプリケーションを、もう一度、製作する予定はありますか?
フェデリコ・ジヴィアーニ:はい。ただし段階を踏んで、自社開発モデルとして進めていく予定です。マエストロのケースは非常に特別な形をしています。それはバロック建築にインスピレーションを受けています。そこから“微笑んで”いるかのような上下非対称性のケースフォルムが生まれました。その他、マスターリンクというモデルがありますが、こちらはジェラルドがデザインした最後のブレスレット一体型デザインです。
この2つのコレクションにはさまざまなコンプリケーションモデルを用意していますが、しかし私たちにはジェラルドが描いたムーブメント、文字盤、さまざまなケース形状の図面が何百枚も残されています。将来的には、このアーカイブの中から作品を作っていく予定です。
WatchTime:ジェラルド氏は“微笑み”のケースのアイデアをどのように思いついたのでしょうか?
フェデリコ・ジヴィアーニ:ローマのバロック建築にインスピレーションを受けたものです。17世紀の建築家フランチェスコ・ボッロミーニによって建てられた建物がモチーフになっています。彼はローマで多くの大きな建物や宮殿を設計しました。その建物には笑顔のような曲線的なファサードがあります。そして屋根は曲線的な縁を持つ八角形で、まさにマエストロのケースと同じ形状なのです。これがインスピレーションの源でした。
スケルトン仕様のマエストロ。複雑な機構を美しく露出させ、時計製造の真髄を表現している。ロイヤル オークのインスピレーションが実在のオブジェクトだったように、このモデルもまた実在した建築物がモチーフになっている。自動巻き(Cal.GCA 5482)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(縦39×横41.70mm、厚さ8.35mm)。10気圧防水。世界限定10本。2122万4500円(税込み)。
多様性が生み出す、唯一無二の腕時計
WatchTime:ジェラルド・チャールズをまだ知らない人たちに向けて、どのように説明していますか?
フェデリコ・ジヴィアーニ:ひと言で言えば、多様性です。これは世代を超えて着用できる時計です。私の父が着用でき、私自身も着用でき、私のガールフレンドも着用できます。まさにユニセックスなのです。すべての既成概念を超越しています。ビーチでも、スーツに合わせても同じように着用できます。
100m防水、これは私たちが製造するすべての時計の必須条件です。トゥールビヨンでさえ100m防水で、ねじ込み式リュウズを備えています。これは技術的に非常に難しいのです。ケースは非常に薄く、しかもゴールド文字盤を備えています。
以上の理由から、多様性・汎用性がキーワードとなっていることをご理解いただけたのではないでしょうか。私たちは腕元に快適さを提供します。衝撃に強く、同時にエレガントな時計でありたいのです。バロック様式の、非常にエレガントで、ある意味で重厚なケースと、素材(スチールまたはチタン)のスポーティさとの間にこの絶妙な緊張感があり、それらが一体となって多様性を持ち合わせた時計を作り出しています。
WatchTime:エレガントな外観とスポーティな外観のバランスをどのように評価していますか? ジェラルド・チャールズには両方の要素がありますね。それは素材、サイズ、おそらく色にも依存するのでしょうか?
フェデリコ・ジヴィアーニ:今日、多くのブランドがスポーティでエレガントな時計を作っていると主張しています。ですから同じような表現を使うだけでは、もはや新鮮味がありません。私たちは、女性用モデルよりもエレガントで、スポーツモデルよりもスポーティな時計を作ることを目指しています。
例えば、「ローマン・トゥールビヨン」はアリゲーターストラップを装着すると非常にエレガントです。しかし、同じ時計にラバーストラップを付ければ、泳ぎに行くこともできます。もちろんチタンモデルなら、さらにスポーティな印象を与えます。しかし、そこに黒やグレーのアリゲーターレザーストラップを付ければ、たちまちエレガントな雰囲気に変わります。
私は、ストラップが時計の個性の約50%を決定すると考えています。ストラップはケースと同じくらい重要な要素なのです。
洗練されたデザインのマスターリンク。スポーティーかつエレガントな魅力を放つ逸品だ。自動巻き(Cal.GCA 5401)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(縦38×横38mm、厚さ7.99mm)。10気圧防水。428万2300円(税込み)。
WatchTime:ケースに関しては、大きなものと小さなものがありますね。
フェデリコ・ジヴィアーニ:はい、その通りです。マスターリンクは38x38mmで、マエストロの39x41.7mmよりも小さいです。しかしマスターリンクは四角いので、実際より大きく感じられます。
クラスプに関しては、プッシュボタンの特許を申請しました。一見するとプッシュボタンがありません。最後の4つのブレスレットリンクをプッシュボタンにしたのです。それらを押すとブレスレットが開きます。またリュウズはねじ込み式ですが、ケースが非常に薄いため、ねじ山をケース自体に組み込む必要がありました。これにも特許を取得しています。
ジェラルド・チャールズの製造の秘密
WatchTime:製造工程はどちらで行っていますか? またどういったムーブメントを使用していますか?
フェデリコ・ジヴィアーニ:私たちのチーフデザイナーは、オクタビオ・ガルシアです。彼についてはオーデマ ピゲ在籍時のことをご存知の方もいるかもしれません。製造拠点の一部はここスイス・ジュネーブにあり、もうひとつはスイス・ティチーノにあります。私たちのムーブメントは、フルリエのヴォーシェと協力して開発しています。その他にも、スイスのフランス語圏に、私たちのコンポーネントを製造する提携企業があります。その中には、ジュネーブ近郊のメイランにて、ケースを製造している会社も含まれます。
ジェラルド・チャールズ×ドゥカティ、夢のコラボレーション
今回のインタビューではフェデリコ・ジヴィアーニ氏に、イタリアのバイクメーカー、ドゥカティとのコラボレーションモデル「マエストロ4.0ドゥカティ30°アニバーサリー916」の誕生秘話に関してもに伺うことができた。
WatchTime:ドゥカティとのコラボレーションはどのようにして実現したのですか?
フェデリコ・ジヴィアーニ:このコラボレーションは2年前に始まりました。ドゥカティの責任者たちが、伝説的な916の30周年を記念する時計を作るためのパートナーを探していたのです。彼らは私たちとの対話の中で、他の時計ブランドは単に文字盤にドゥカティのロゴを配置するだけのアイデアしか出せなかったと語りました。それは、彼らにとってあまりにも単純すぎたようです。そこで彼らは私をボローニャに招き、CEOのクラウディ・ドメニカーリ氏と直接話をする機会を設けてくれました。ドメニカーリ氏は「ジェラルド・チャールズについてもっと話を聞かせてほしい」と言いました。そして私がジェラルド・チャールズ・ジェンタ、つまりマエストロについて話し始めると、彼は黙り込み、「うちにもマエストロがいる」と言ったのです。彼が指していたのは、916のデザイナーで同じく“イル・マエストロ”と呼ばれていたマッシモ・タンブリーニ氏でした。
この会話をきっかけに、私たちはふたりのマエストロをたたえる時計を作ることで意見が一致しました。そこから共同開発が始まり、私たちはドゥカティのチームと定期的に会合を重ねていきました。一歩一歩、着実に、私たちは新しいコンプリケーションを開発していったのです。それは既存のコレクションにはない、新しい時計です。
特筆すべきは、ドゥカティ916のスリースポークホイールをアワーディスクの原型として採用したことです。このディスクは非常に薄く作られており、重くなりすぎないよう配慮されています。同時に、それを回転させることにも腐心しました。
WatchTime:ホイールのスケルトン加工も軽量化に寄与しているのですか?
フェデリコ・ジヴィアーニ:はい、その通りです。軽量化がひとつの理由ですが、もうひとつ重要な点があります。それはドゥカティ916でスポーク越しにブレーキシステムが露出するように、私たちもムーブメントの一部を可視化したかったのです。
また、お気づきかもしれませんが、私たちは意図的に文字盤上のドゥカティのロゴを外しました。代わりに、ドゥカティのロゴは裏面にのみ、非常にエレガントな方法で刻印されています。これは単なるマーケティング上の協力ではなく、双方のエンジニアリングと美意識を尊重した本格的な共同開発であることを示すためです。
WatchTime:その他にも、ドゥカティの象徴的なカラーである赤と黒を採用していらっしゃいますね?
フェデリコ・ジヴィアーニ:そうですね。ケースにはフォージドカーボン(鍛造カーボン)を使用し、黒いセラミックベゼルと組み合わせています。どちらもオートバイからインスピレーションを得たものです。このような形状でセラミックを製造するのは技術的に非常に難しいのですが、私たちは挑戦しました。ケースバックとクル・ド・パリ仕上げのクラウンには、軽量で耐久性のあるチタン素材を採用しています。
WatchTime:アワーディスクはどのような素材でできているのですか?
フェデリコ・ジヴィアーニ:素材は真鍮です。ただし一般的な真鍮とは異なり、光沢はありません。代わりにマットな仕上げで、上品な金色のサテンのような視覚効果を持たせています。
WatchTime:最後の質問です。あなたが冒頭で言及された顧客の要望に応じた特注品は、今後も手掛けていくのでしょうか?
フェデリコ・ジヴィアーニ:過去には、それが私たちの仕事の最も重要な部分でした。しかし今日では、販売店のネットワークを持つより大きな販売構造を確立したため、特注品の役割は以前ほど大きくありません。とはいえ、特別な機会のために何か美しいものを提案できることは、今でも私たちにとっての大きな喜びです。ただし単に3針時計の文字盤の色を変えるようなことはしません。私たちが手がける特注品とは、ハイレベルのコンプリケーション機構を持つ、本当に特別な作品でなければならないのです。
このインタビューは、8月31日にジュネーブで開催されたジュネーブ・ウォッチ・デイズの会期中に実施された。