2024年、高速回転する「アストロノミア レギュレーター」と「ザ ワールド イズ ユアーズ デュアルタイムゾーン」を発表したジェイコブ。これらは、新しくCEOとなったベンジャミン・アラボの父に捧げるオマージュだ。加えて、共通する色と形は、ジェイコブの進む方向性をも示唆する。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年11月号掲載記事]
時の超絶技巧。そのオリジンは父から贈られた腕時計だった
「ファイブタイムゾーン」といった豪奢なジュエリーウォッチで一世を風靡したジェイコブ。だが、創業者のジェイコブ・アラボは、時計師見習いとして修業した経験を持つ生粋の時計人だった。ほかにない時計を作ってみたいという彼の願望は、2014年の「アストロノミア トゥールビヨン」に結実した。当時、彼は筆者にこう語った。「私はこういう時計を作りたかった。でも誰も作ってくれないから、自分でやらざるを得なかった」。
回転体下の秒ディスクと、時・分・フライングトゥールビヨンを備えた回転体がそれぞれ60秒で1回転する超大作。動力の制御は2023年に発表された6分の1秒コンスタントフォースによる。手巻き(Cal.JCAM56)。68石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRGケース(直径43mm、厚さ18mm)。30m防水。世界限定99本。4928万円(税込み)
それから10余年。ジェイコブの後を継いだベンジャミン・アラボは、父の願いをさらに超えるような新作を発表した。ひとつはアストロノミアシリーズの新たな方向性を示す「アストロノミア レギュレーター」、そしてもうひとつは、ジェイコブが父親からもらったデュアルタイムウォッチにインスピレーションを受けた「ザ ワールド イズ ユアーズ デュアルタイムゾーン」だ。いずれも、ジェイコブが打ち出す奇想天外なアイデアを、より強調したモデルとなっている。
中心の軸から複数のサブダイアルを配置し、時分針や地球儀などを回転させるアストロノミア。新作のレギュレーターは、なんと秒表示を設けた秒ディスクが1分間に1回転、そして時と分、トゥールビヨンを載せた軸も、1分間に1回転する。秒ディスクは反時計回りに、時分などを載せた軸は時計回りに高速回転する。14年のアストロノミアが20分で1回転だったことを思えば隔世の感がある。
(右)ジェイコブが13歳の時に、ニソンから贈られたワックマンのデュアルタイムウォッチ。ジェイコブはこの時計のメカニズムと、父の時計修理をする能力に魅せられた。ファイブタイムゾーンのインスピレーション源であり、新作のモチーフとなった本作は、アラボ家のファウンデーションウォッチと言える。
可能にしたのは23年に発表された「アストロノミア レボリューション」である。これは史上空前の6分の1秒コンスタントフォースを搭載したモデル。この機構を転用し、ジェイコブは重いディスクと回転体を、1分間に1回転させるという離れ業を実現させた。新しくCEOとなったベンジャミン・アラボは苦笑しながら説明してくれた。「(父親に)アストロノミアをもっと速く回せと言われたんですよ」。ムーブメントメーカーであるコンセプトの助力がなければ決して実現できなかったとはいえ、重い回転体をこれだけ速く回せるウォッチはかつて存在しなかったし、これからもないだろう。
もうひとつのモデルは、いっそうベンジャミン・アラボの趣味が濃厚だ。縦に並んだサブダイアルを備えるデュアルタイムゾーンは、ジェイコブ・アラボが父親から贈られた時計に触発された新作。彼が13歳の時にプレゼントされたワックマンの時計だという。これを大事にしていたジェイコブが、後にファイブタイムゾーンやアストロノミアを作り上げたのも納得ではないか。
文字盤上下の時間を、任意で調整できるデュアルタイムウォッチ。文字盤全体をドーム状に成型し、針に傾斜を付けることで時計の立体感を巧みに強調している。ユニークさに加えて、時計自体のまとまりも秀逸だ。なお、現在入手可能なモデルは、文字盤の海部分の仕上げはラッカーからブルーPVDへと変更されている。自動巻き(Cal.JCAA11)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KRG(直径43mm、厚さ14mm)。30m防水。世界限定999本。1038万4000円(税込み)。
今回ベンジャミンは、父の愛した時計からインスピレーションを得て、まったく新しいデュアルタイムウォッチを完成させた。造形はワックマンへのオマージュだが、仕立ては今のジェイコブ。時計全体の立体感が強調されたほか、半球の地図がレーザーで刻印され、文字盤と海はツヤのあるラッカー仕上げである。うまいのはディテールの持たせ方だ。立体的な造形や、細く絞られたベゼル、そしてアストロノミアに共通するラグなどが、これがジェイコブの時計であることを言わずと示している。
14年のアストロノミア トゥールビヨンで、いきなり時計業界の頂点に躍り出たジェイコブ。新CEOのベンジャミン・アラボは、その歩みをさらに加速させようとしている。父の依頼で進化させたアストロノミアと、父の愛用したデュアルタイムを打ち出したのは、アラボ家の事業をさらに発展させるという意思の表れに違いない。そして新作を見る限り、その未来に心配はなさそうだ。新作のひとつに付けられた名前がそれを雄弁に証する。すなわち「ザ ワールド イズ ユアーズ」、世界はあなたのものだと。
ジェイコブ 銀座
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