時計ハカセこと『クロノス日本版』編集長の広田雅将が、傑作ムーブメントについて記したコラムを6回分、webChronosに掲載する。第1回は、2023年にブレゲが打ち出した、フライバッククロノグラフを搭載する「Cal.728系」だ。
[ムーブメントブック2023 掲載記事]
フライバック機構を磨き上げた最新作「Cal.728系」
クロノグラフを止めずに再起動できるフライバックは、1940年代から60年代のパイロット用クロノグラフには必須の機構だった。その象徴が、50年代初頭に発表されたブレゲの「タイプ XX」である。もっとも、このモデルを含めて、多くのフライバック付きクロノグラフは、既存のムーブメントをフライバックに改めたもので、完全とは言いがたかった。
そんな在り方を一新したのが、2023年に発表された新しいタイプ XXである。レマニアを改良した既存のムーブメントに対して、新作は完全な自社製。そして、フライバックを多用しても問題が起きないような設計が与えられた。既存のクロノグラフの多くは、クロノグラフをスタートさせるときの力で、ゼロリセットするためのリセットハンマーのバネをチャージしていた。それをフライバックではプッシュボタンで直接リセットするかたちに改めるのだから無理がある。対して新しいタイプ XXが搭載するCal.728とCal.7281は、リセットボタンの力のみでクロノグラフをリセットする設計となった。とはいえ、プッシュボタンの力が直接リセットハンマーに伝わると、クロノグラフの部品が摩耗しやすくなる。対してブレゲは、リセットハンマーにバネ性を持たせて、一定の力でリセットできるように改めた。
リセットハンマーの形状もユニークだ。さまざまな部品を回避するため、多くのクロノグラフは、うねるような形状のリセットハンマーを持つ。対してCal.728とCal.7281は、リセット時にブレが生じないよう、ハンマーが直線状に成形された。フレデリック・ピゲの傑作Cal.1185系も似たようなリセットハンマーを持つが、ブレゲのそれは指の力が直接かかるフライバックだけあって、かなり強固な設計となった。ブレゲがフライバックを優先したことは、コラムホイールの位置からも明らかだ。垂直クラッチを搭載する近代的なクロノグラフは、ほぼ例外なく、クラッチとコラムホイールの位置を近づけている。対してCal.728とCal.7281では、リセットハンマーを通すため、あえて位置が遠ざけられた。加えて、再起動を続けてもコラムホイールが摩耗しないよう、表面にはコーティングが施された。
Cal.728とCal.7281は、フライバック以外にも見所が多い。振動数が3万6000振動/時に上がった結果、10分の1秒を正確に計測できるようになっただけでなく、携帯精度も改善された。また、新しい自動巻き機構により、理論上の巻き上げ効率もさらに改善された。つまり、このクロノグラフは、デスクワークでも十分使えるものとなったのである。
フライバックという古典的な機構を磨き上げた、ブレゲのCal.728とCal.7281。こと、フライバックに関して言うと、これは、フライバック付きクロノグラフの最終形だろう。