時計経済観測所/中国、不動産不況の出口見えず。「逆資産効果」で時計市場に打撃

2024.11.17

深刻化する中国の不動産不況。中国国内での不動産価格は下落しており、その影響で消費が低迷する「逆資産効果」が起こっている。一方で、日本の都心部の不動産には、中国人富裕層のマネーが流入。思わぬ恩恵を受けている。とはいえ日本も、7月末、株価の大幅下落に見舞われたばかり。中国経済が与える、日本の高級時計市場への影響とは?経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2024年11月号掲載記事]


中国、不動産不況の出口見えず。「逆資産効果」で時計市場に打撃

磯山友幸

磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
【磯山友幸 公式ウェブサイト】http://www.isoyamatomoyuki.com/

 中国の不動産不況の出口がまったく見えない。中国国家統計局が2024年9月14日に発表した8月の新築住宅価格指数は、70都市中67都市で前月に比べて下落、下げ止まる気配が表れてこない。ロイターが算出した価格の下落率は、前年比5.3%の下落で、7月の4.9%から拡大、2015年5月以来の大きさを記録した。前月比では14カ月連続のマイナスだった。また、中古住宅の価格は69都市で下落した。

 1-8月累計の不動産開発投資は前年同期間に比べて10.2%減少だった。住宅販売面積が18.0%も減少、価格の下落で販売額は23.6%減った。不動産開発投資はちょうど1年前の2023年1-8月が前の年に比べて8.8%減、販売面積は7.1%減、販売額は3.2%減という数字だったので、数字で見る限り、不動産開発投資の悪化は止まっていない。

スイス時計の中国向け輸出が大幅減

 中国の不動産バブル崩壊の深刻度はまだ分かっていない。経営破綻した中国の大手デベロッパー、恒大集団(エバーグランデ・グループ)の粉飾決算問題が尾を引いており、中国全体の不動産関連の債務規模すら実体が分からない。このため、人々の経済の先行きに対する不安を払拭できておらず、家計が支出を絞るなど消費にも影響が出ている。不動産など資産価格の下落によって財布の紐が締まる「逆資産効果」が起きている。

 2024年8月の消費動向を示す小売売上高は前年同月比2.1%増と、7月の2.7%増から減速した。都市部の伸び率が1.8%増にとどまり、農村部の3.9%増を大きく下回るなど、大都市の減速が鮮明で、特に北京や深圳といった「1級都市」の小売売上高はマイナスになっているという。住宅ローンなど債務負担が家計消費の足を引っ張っているとみられ、自動車が7.3%減、化粧品が6.1%減など、贅沢品の買い控えが起きていると見られる。

 こうした影響は、高級時計にも表れている。スイス時計協会FHの統計によると、スイス時計の中国本土向け、香港向けともに大幅な減少が続いている。8月単月で見るとスイス時計の全世界向け輸出は19億5000万スイスフラン(約3298億円)と6.9%増加。輸出先上位30カ国・地域のうち前年同月比マイナスになったのは中国、香港、タイ、アイルランドの4カ国・地域だけだった。

 中でも中国は1-8月の累計で前年同期間比21.1%減、香港は18.6%減と大幅に減っている。中国の不動産バブルの崩壊による「逆資産効果」で、中国の富裕層の高級時計購入が減っていると見られている。

日本への「資産逃避」が活発に

 こうした中国富裕層の行動が追い風になっていると見られる国がある。日本だ。中国の不動産市場の行方が見通せない中で、富裕層が海外へ資産を移す動きが強まっていると言われる。特に日本の東京湾岸の高層マンションや都心部の高級住宅には、中国人富裕層マネーが流入し続けている。日本人からすると、もはや手の届かない価格になっているが、為替が円安になっていることもあり、中国人から見れば、まだまだ割安に見えるという。また、政治が安定しているなど、地政学的リスクも小さいと見られており、日本への「資産逃避」の動きが活発化しているという。

 日本国内では、7月末の日本銀行の利上げをきっかけに一時大幅な株価下落に見舞われたが、その後、短期間のうちに戻してきた。株価の大幅な下落で日本国民にも「逆資産効果」による高額品消費引き締めが起きるのではないかと懸念されたが、8月の百貨店での高級宝飾品の売り上げも大きな減少は見られていない模様だ。

 スイス時計協会FHの統計でも8月の日本向けスイス時計輸出は14.4%も増加しており、むしろ高級時計の需要は好調だ。背景には日本に長期滞在する中国人富裕層が日本で高級品消費にお金を回していると見られることや、外国人観光客によるインバウンド消費が引き続き好調なことがある。7月に329万人と、月としては過去最多を記録した訪日外国人観光客も、8月も293万人と8月の最高記録を更新するなど一向に衰える気配がない。当面、日本での高級時計販売も底堅い状況が続きそうだ。


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