2024年10月、カシオが時計事業に参入してから50周年となるこの年を祝う、記念モデルが6つのブランドから発売された。そのうちのひとつが、オシアナス「OCW-SG1000ZE」である。本作は、ただの記念碑ではない。カシオ計算機という企業に根付く開発姿勢が結実した、“新しい”ソーラー電波ウォッチである。
Photographs by Masanori Yoshie
鶴岡智恵子(クロノス日本版):文
Text by Chieko Tsuruoka (Chronos-Japan)
[2024年11月2日公開記事]
カシオ時計事業50周年記念に生み出されたオシアナス「OCW-SG1000ZE」
1974年11月、「カシオトロン」を発売したカシオ計算機(以下カシオ)。このモデルは、同社初の腕時計であった。すなわち2024年は、カシオが時計事業に参入してから50周年となる。この節目の年にカシオはいくつかの記念モデルを発売している。最初のモデルが2月発表の復刻カシオトロン、続いて5月発表の“Sky and Sea”、そして10月に発表された“Zero to One”である。
“Zero to One”は、樫尾俊雄の開発思想であり、今なお同社に根付いている「0から1を生み出す」を具現化していることが特徴だ。俊雄は兄の忠雄、弟の和雄とともにカシオを設立した創業家のひとりであり、カシオトロンを含む、発明家として知られている。この思想を「はじまりの灯火」としてイメージするために、ブラックとゴールドカラーをすべてのモデルでまとっている。
“Zero to One”としてリリースされたのは、カシオトロン、G-SHOCK、オシアナス、エディフィス、プロトレック、BABY-Gの6種だ。このうち、オシアナス「OCW-SG1000ZE」を本記事で深掘りする。
タフソーラー。フル充電時約18カ月(パワーセーブ時)駆動。Tiケース(直径43mm、厚さ11.7mm)。10気圧防水。世界限定350本。55万円(税込み)。
本作はこれまでのオシアナス「S6000」に、“Zero to One”のテーマカラーであるブラックとゴールドがあしらわれた意匠を持つ。また、従来はデイト用小窓からのぞく以外では文字盤から隠れていた日車(カレンダーディスク)が露出しており、さらにこの日車がパープルからブルーへと変わるグラデーションカラーに彩られている。そんな、意匠の特徴がまず目に飛び込んでくる記念モデルだが、本丸は文字盤下にある。新開発の「ガリウムタフソーラー」を使用しているのだ。
今回、このOCW-SG1000ZEの企画および開発に携わった、佐藤貴康氏と黒羽晃洋氏を取材。ふたりの話から、本作がカシオに根付く「0から1を生み出す」という開発思想を受け継いだからこそ、そして顧客に寄り添う姿勢があるからこそたどり着けた、まったく新しいソーラー電波ウォッチであることが分かった。
進化や驚きが感じられるものを出さなくてはいけない
佐藤貴康氏は、商品企画部のリーダーを務めている。オシアナスは6年ほど手掛けており、同ブランドの新製品の企画・開発には必ず関わっているという。そんな彼が、本作の企画の段階で、どんな記念モデルにしようと思っていたかを語ってくれた。
「(OCW-SG1000ZEは)カシオの時計事業50周年を記念するモデルですが、2024年はオシアナスの誕生から20周年でもあります。そんな節目の年に世界限定350本で作ることになりました。オシアナスの使命は『カシオのアナログムーブメントの技術力や製品へのこだわりを伝える』ことです。だから『オシアナスであること』を、とことん追求しようと決めました」
「オシアナスであること」に信念を抱く半面、従来のモデルのコスメティックチェンジにとどまらず、「0から1を生み出す」という思想の下に企画・開発が行われたことも特筆すべき点だ。
「オシアナスはこれまで、カシオのアナログムーブメントの製造技術や進化を牽引してきました。だから50周年という節目に、進化や驚きが感じられるものを、オシアナスが出さないといけない。こういう考えがあって、350本の記念モデルのために、新しいものを開発しようと思いました」
「オシアナスであること」とカシオの開発への姿勢、そしてこれまで同社が培っていた時計製造技術が、ガリウムタフソーラーへと結実する。
宇宙か、カシオか。新開発のガリウムタフソーラー
OCW-SG1000ZEは、新型ムーブメントが搭載されている。このムーブメント開発を担当したのが、企画部の黒羽晃洋氏だ。彼はオシアナスの企画・開発に携わって8年とのこと。ただしオシアナスだけではなく、MR-Gなど、ハイエンドラインのムーブメントを担当しているのだという。では一体、ガリウムタフソーラーとは、どんなソーラーセルなのか? 黒羽氏いわく「宇宙を腕時計で感じられる技術」とのことだ。
「オシアナスは、すべての製品でタフソーラー(カシオのソーラー発電システムのこと)を搭載しています。この機構の課題として、(ソーラーセルに受光させるために)文字盤には光を透過させられる素材を採用しなくてはならない、ということがあります。そうすると、色や素材に制約が出てきてしまいますよね。カシオでは、消費電力を抑えて少ない光で発電できるようにしたり、入ってきた光を効率よく電気に変換したりできる、独自設計によってこの制約を抑えてきました。遮光分散型ソーラーセルやインダイアルソーラーを開発したことで高効率化を実現し、結果として文字盤に色を付けたり、ソーラーセルの面積を小さくしたりすることが可能となったのです。しかし、今回開発したガリウムタフソーラーは、オシアナスで初めて、文字盤をメタルにすることに成功しました」
ガリウムとは?
ガリウムは半導体素材で、新型ムーブメントはガリウム化合物、正確にはガリウムインジウムリンを基盤材料としている。黒羽氏によると、住宅用のソーラーパネル含めて、一般的にはシリコンを原料とした太陽電池が使われているのだという。一方の本作は、ガリウム化合物系。この素材を扱っている太陽電池は、主に宇宙産業のみだというのだ。
「JAXA(宇宙航空研究開発機構)の太陽電池として使われています。このJAXAの太陽電池を作っているのがシャープ(SHARP)。JAXAが太陽電池を認定した、唯一の国内企業がシャープで、今回シャープにはこのガリウム化合物の太陽電池を、腕時計向けに開発してもらいました。ちなみに今年、日本初の月面着陸に成功した、小型付き着陸実証機「SLIM」に、シャープのガリウム化合物系太陽電池が搭載されていたんですよね」。「SLIMが月面着陸に成功した時は、社内でも盛り上がりました」。佐藤氏も、こう応じた。
そんなガリウムの美点は、高効率性にある。
まず、シリコンと同じ面積で約2〜5倍の高効率を誇るため、小型化に向いている。また、シリコン系の太陽電池と比較して、ガリウム系は晴れた日のような高い照度で優れた発電効率を持ち、こういった環境下で電池の充電速度が高まる。
ただし、レアメタルにあたるため、製造コストが高くなってしまうという難点もある。
腕時計に特化させるための開発
黒羽氏の言う「腕時計向けに開発」とは、どういう意味なのだろうか。
「人工衛星用をそのまま使うのではなく、カシオ側からいろいろリクエストを入れました。具体的には、ソーラーパネルから電力を取り出す電極の構造を変えてもらいました。一般的なソーラーパネルは、受光面に電極があります。しかし腕時計は、ソーラーパネルの裏蓋側に電極の端子があります。なぜなら高密度実装で二次電池に接続しなくてはならないためです。そのため、シャープと電極の向きを変える構造を開発しました。また、人工衛星は宇宙にあるので、太陽光で発電します。でも腕時計は、蛍光灯とか、室内の光でも充電できなくてはなりませんよね。だから、室内灯にも対応できるガリウム化合物をシャープと選定しました 」
こうして出来上がった、ガリウムタフソーラーについて、黒羽氏はこの取材中一番の笑顔で、「宇宙か、カシオか」という価値を語ってくれた。
「今のところ、民生機器ではカシオ以外、ガリウム化合物を太陽電池へと使用した例はほとんどないと思います。つまり、宇宙かカシオか、というわけです。手首に宇宙を巻くって、ロマンですよね」
量産化がカギ
もっとも、G-SHOCKとしてガリウムタフソーラーを使ったのは、まったくの初ではない。2018年のG-SHOCK誕生35周年を記念して、翌年に限定35本のみ販売されたモデルと、2023年にG-SHOCK誕生40周年記念の、限定わずか1本のみが販売されたモデルでも、ムーブメントにガリウムタフソーラーが搭載された。なお、このふたつのモデルはどちらも18Kイエローゴールド製だ。
このふたつの稀少なG-SHOCKは、ドリームプロジェクトとして打ち出された、ワンショット生産の特別モデルだ。一方、今回製造されたOCW-SG1000ZEは、350本生産。その数は多くはないものの、同社で初めてガリウムタフソーラーの量産化に向けて、品質管理や生産体制の見直しを行ったことで、オシアナスへの採用が実現したのだ。
ガリウムタフソーラーを、“どこ”に生かすか?
優れた効率性によって、従来のタフソーラーよりも小型化しやすく、そしていっそう高い性能を与えやすくなったガリウムタフソーラー。量産体制も整ったところで、このパーツは、オシアナスにどんな恩恵をもたらしたのだろうか?
「ガリウムタフソーラーの効率の良さを、どう生かすのか? ここが、(ムーブメントの)開発側とデザイナー側で、かなり協議した部分でした。最終的に、文字盤の制約をなくそうと。『今までにない発想で、新たなソーラー電波ウォッチの境地に達したものを』開発しました」
すなわち、機能の進化が、デザインの進化へとつながったということなのだ。
「これまでのタフソーラーでは、文字盤の下にソーラーセルを置いていました。しかしガリウムタフソーラーを使うことで、文字盤の下には日車を、その下に三日月状のソーラーセルを配する構成にしました。日車もメタル製です。ステンレススティールですね。ガリウムタフソーラーが高効率なので、この日付の隙間からだけで、十分な発電を行えます」
日車は一般的なものと異なり、日付が飛び飛びとなっている。なぜかというと、遮光部分を均一にするため。「1桁と2桁では隙間の大きさが違いますよね。だから日付をスキップさせることで、受光を均一化しているんです」。
さらに、ガリウムタフソーラーの恩恵は文字盤をメタル素材としたのみならず、立体感を演出したということも、黒羽氏は強調した。「独特の構成になっているから、ソーラー電波ウォッチではなかなか実現できなかったような立体感が出ています」。
ちなみにこの日車の隙間は、標準電波を通す役割も果たしている。金属だと、電波もまた反射してしまい、アンテナに届かないためだ。なおアンテナは、従来モデルからの流用である。
「もちろん文字盤だけではなく、モバイルリンク機能に対応していたり、ワールドタイムやストップウォッチといった機能が搭載されていたりと、フラッグシップと言うにふさわしい新型ムーブメントに仕上がったと思っています」
特別感ある「オシアナスらしさ」を作る
ガリウムソーラーの採用によって、オシアナスのコンセプトである“エレガンス”を、いっそう獲得したOCW-SG1000ZE。このパーツとともに、“Zero to One”の枠の中にある特別感を基調としつつ、オシアナスらしさを感じるモデルに仕上がっている。
佐藤氏はこの外装について、次のように語った。
「ガリウムタフソーラーとともに、ポイントとなるのはサファイアクリスタルのベゼルと、“オシアナスブルー”です。このモデルの外装は作りがよく、S6000といったハイエンドモデルと同じカテゴリ向けです。例えば、このサファイアクリスタルベゼル。S7000では丸形ですが、S6000は24面のファセットカットを、そしてこのOCW-SG1000ZEでは、48面のファセットカットを与えているのです。丸形なら、バイトを当てるだけで良いのです。しかしこれはファセットカット。まず、大きくて厚い丸形のサファイアクリスタルの塊を削り出しで作って、そこから外形に12面を作る。サファイアクリスタルはダイヤモンドの次に硬度が高いから、この12面を作るという過程が結構大変です。12面を入れた後は、斜めにさらにカットが入って、もう12面作り、その面にさらに24面カットを残すという手間が掛かっています。少しでもズレがあると目立つので、作業は慎重に行われます」
話を聞いて驚かされたのが、佐藤氏によると、サファイアクリスタルに作った面は、各3度ずつ磨きをかけるのだという。本作は48面あるので、それぞれ3度、だ。この磨きの工程はレギュラーモデルも同じであり、どうしたって少量生産になってしまう。
「サファイアクリスタルは、国内メーカーに頼んでいます。ありがたいことに、我々の考えた難しい提案にポジティブに協力してくださるメーカーさんで、ともに経験を積み重ねて、OCW-SG1000ZEのような製品が作れるまでの技術力に至りました」(佐藤氏)
なお、S6000と比べると、ケースサイズは若干大きくなっている。S6000のケースが直径42.5mmであることに対し、本作は直径43mmだ。
「このモデルは、顔が命です。だから、顔を大きく見せるために、サイズをあえて大きくしました。サファイアクリスタルもカットや大きさが(従来モデルと比べて)異なり、過去製作されたオシアナスの中で、最も贅沢だと思います。また、サファイアクリスタルを採用した理由は、ファセットカットの面に光が入ってきた時、内部で光が乱反射して、輝きが出るためです。太陽光の下だと、蒸着の色も相まって表情が変わるのも面白いですよね。サファイアクリスタルは傷に強いので、美しさが長く保てるのもユーザーベネフィットです」(佐藤氏)
とはいえ、このオシアナスらしさと、“Zero to One”のコンセプトを両立するのは大変であっただろう。
「“Zero to One”のテーマカラーはブラックとゴールドでした。(50周年記念として発表された)6ブランドすべての約束です。だから、チタンの外装をブラックDLC加工でまとめました。でも、私たちは約束を破って、青を取り入れました。オシアナスブルーですからね」。佐藤氏はにやりと笑った。パッと見ただけでは、ブルーは日車以外には思いつかなかった。
「このサファイアクリスタルベゼルは、ブラック蒸着で着色しています。しかし内側の立ち壁に、ブルースパッタリングで青にも着色しているんです。この二重の着色によって、『黒いのに青く偏光する』という色合いを実現しました。あと、文字盤も黒に近いネイビーで、ミッドナイトブルーになっているんですよね。黒って実は、下地の色によって表情が変わるんです。黒を下地にすると、黒々しい。青系を下地にすると、引き締まった黒になります」
なお、このミッドナイトブルーの文字盤は、真鍮製なのでメッキをかけているが、わざわざ乾式メッキであるブルーIPをかけて青くしてから、上に黒の塗装を施すという手間のかけようだ。最後に塗膜ラップで平滑にしているという。「この、ちょっと(の青)のために、手間暇かけているのです」。
カシオの開発姿勢は、未来を楽しみにさせる
「0から1を生み出す」という開発姿勢によって、ソーラー電波ウォッチの新境地に達したOCW-SG1000ZE。ガリウムタフソーラーが実現した上質な文字盤やオシアナス由来の作りこまれたディテールは、時計好きに“刺さる”要素で満ちている。
もちろん、このモデルはオシアナスにとってゴールではないだろう。
「オシアナスというと30〜40代くらいの顧客をイメージするかもしれません。実際は、さらに上の年代のお客様もいて、2000年代にこのブランドの腕時計を買った方が、現在のモデルに買い替えたりしてくれるんです。だから、そんなオシアナスファンの、オシアナスの世界観に共感してくれる方々に向けて、驚きや心のときめきを与えていくというのが、オシアナスの大切な価値だと思っています」と佐藤氏が語ったように、これからもオシアナスは、我々の想像を超える“新境地”を見せてくれるに違いない。