ヴァシュロン・コンスタンタン「オーヴァーシーズ」のために精緻に導き出された特別な“グリーン”

2024.11.18

ヴァシュロン・コンスタンタンの旅の精神を表現した「オーヴァーシーズ」の新作はピンクゴールド製のケースにグリーンの文字盤を備えたモデルだ。だが、単にグリーン文字盤のモデルを追加しただけではない。ハイエンドブランドにふさわしく、この文字盤のグリーンは徹底的に考え抜かれた末に生み出されたのだ。

オーヴァーシーズ・デュアルタイム

リュディガー・ブーハー:文 Text by Rüdiger Bucher
ヴァシュロン・コンスタンタン:写真 Photographs by Vacheron Constantin
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版2024年11月号掲載記事]


ヴァシュロン・コンスタンタン/オーヴァーシーズ

 ヴァシュロン・コンスタンタンのマニュファクチュールはスイス・ジュネーブ近郊にあるプラン・レ・ワットに位置する。そこを訪れ、ムーブメント仕上げのために職人がどれほどの時間と労力を費やしているのかを目にしたことのある人ならば、新しい文字盤の開発に約5年を要したと聞いても驚くことはないだろう。「オーヴァーシーズ」コレクションそのものと併せて、新モデル開発の焦点となった特徴的なグリーン文字盤をこれから紹介しよう。

ゴールドとグリーンの配色

オーヴァーシーズ・クロノグラフ

現時点で「オーヴァーシーズ」コレクションのグリーンカラーのモデルは4種類ある。その中で最大のものは、直径42.5mmの「オーヴァーシーズ・クロノグラフ」だ。3時位置に30分積算計、6時位置に12時間積算計、9時位置にスモールセコンドを備えたレイアウトである。

「兎に角君に教えるがね。一切の理論は灰いろで、緑なのは黄金なす生活の木だ」(森鷗外訳)。これはドイツの哲学者、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ファウスト』で悪魔メフィストフェレスが語った言葉だ。ゴールドとグリーンという色の組み合わせを著書の中で言及しているほどなのだから、ゲーテはこの配色を高く評価していたのだろう。フランソワ・コンスタンタンから旅の精神を受け継いだ、エレガントな「オーヴァーシーズ」コレクションの新作は、「グリーン」の文字盤にピンク「ゴールド」製のケースを備えた腕時計だ。この配色を採用した理由は、単なる偶然ではないのかもしれない。

 細部に至るまで高度な完成度を求める高級時計製造メゾンであるヴァシュロン・コンスタンタンは、新作をコレクションに加える際に、単にグリーンの文字盤を作るだけという安易な真似はしない。ヴァシュロン・コンスタンタンの腕時計は、伝統的にブラック、シルバー、そしてわずかにピンクがかったベージュなど、落ち着いた色調のものが多い。また近年、時計業界で人気のブルーは採用しているものの、グリーンの文字盤はほとんどラインナップされていなかった。例外的に「トラディショナル」コレクションでは、すでにふたつのグリーン文字盤のモデルが展開されている。ひとつは6時位置にスモールセコンドを備えた「トラディショナル・マニュアルワインディング」。もうひとつは「トラディショナル・トゥールビヨン」だ。グリーン文字盤を備えたモデルは、オーヴァーシーズでは初となり、トラディショナルコレクションで採用されたグリーンの色味とは、やや異なるものが用いられている。

 ヴァシュロン・コンスタンタンのスタイル・アンド・ヘリテージ ディレクター、クリスチャン・セルモニは、最適なグリーンを見いだすためには、光の反射による効果を生み出すことが重要だったと説明した。そして、ケースとブレスレットのローズゴールドとの調和も求められたのだと言う。

 4つの新しいオーヴァーシーズを見ると、その選択は成功したと言えるだろう。トーンは控えめながらも暗すぎず、わずかなブルーを含み、角度によってさまざまなニュアンスの色を示す。ヴァシュロン・コンスタンタンは細部に対して妥協はしない。中心から外側に向かって広がる文字盤の繊細なサンレイ仕上げは肉眼でも十分に確認可能だ。同様に、文字盤のミニッツトラック部分には円周に沿ってヘアライン仕上げが施されている。秒目盛りが配された見返しリングの表面をルーペで見ると、ベルベットのように仕上げられていることが分かるはずだ。ヴァシュロン・コンスタンタンはこれをサテン仕上げと呼んでいる。

オーヴァーシーズに見るデザインの成功

オーヴァーシーズ・オートマティック

41mm径の「オーヴァーシーズ・オートマティック」は自社製ムーブメントCal.5100を搭載したオーソドックスな3針モデル。セコンドトラックは見返しリング上に印されている。なお、写真の腕時計は3本付属するブレスレット、ストラップのうち、ラバーストラップを装備している。

 オーヴァーシーズは、ヴァシュロン・コンスタンタンの数あるコレクションの中でも、スポーティーかつエレガントなコレクションだ。1977年に発表され、オーヴァーシーズの原型モデルである「222」の伝統を受け継ぎ、ステンレススティール製のブレスレットを備えた高級腕時計として96年に登場した。

 スポーツウォッチにオーヴァーシーズを分類するのはやや無理があるかもしれない。とはいえ、エレガントなヴァシュロン・コンスタンタンのコレクションの中では、アクティブなライフスタイルを連想させる要素を備えた腕時計だ。金属製ブレスレット、15気圧の防水性能、そしてクロノグラフやGMT機能のためのねじ込み式プッシャーなど、スポーツウォッチの要素が数多く見受けられる。

 なお、オーヴァーシーズは「旅」というコンセプトが通底するコレクションだ。第1世代の裏蓋にあしらわれたイタリア海軍の練習帆船、アメリゴ・ヴェスプッチの刻印がそれを物語るだろう。また、機能面において、GMTやワールドタイムを搭載したモデルがコレクションに含まれていたことも、その証明となるはずだ。

 グリーン文字盤を備えた新モデルは、2016年に発表された第3世代に属する。1996年と2004年に発表された前の2世代との大きな違いは、ベゼル上の突起が8つではなく、6つのみで構成されていることだ。また、突起の形状は、ヴァシュロン・コンスタンタンのトレードマークであるマルタ十字を連想させる。ブレスレットのリンク部分も同様だ。そのほか異なる点としては、文字盤上のアワーマーカーがより細くなり、ビッグデイト表示を備えたモデルがラインナップからなくなったことが挙げられるだろう。

オーヴァーシーズ・オートマティック

「オーヴァーシーズ・オートマティック」。ピンクゴールド製ブレスレット、カーフスキンストラップ、ラバーストラップの計3本が付属する。(右)カーフスキンストラップを装備した例。インターチェンジャブルシステムを採用しているため、付け替えれば、別の雰囲気となった腕時計を楽しむことができる。(左)ヴァシュロン・コンスタンタンのモチーフであるマルタ十字をかたどったコマが特徴的なピンクゴールド製ブレスレットを装備した例。

 第3世代のオーヴァーシーズとそれ以前のものとの大きな違いは、技術的な観点からも挙げることができる。それは自社製ムーブメントを搭載しているということだ。そして、精巧に方位図が装飾された22Kゴールド製の自動巻きローターを鑑賞できるようにシースルーバック仕様に変更された。磁気対策として第2世代では軟鉄製のインナーケースが採用されていたが、その代わりにムーブメントを囲む軟鉄製のインナーリングが用いられている。

 オーヴァーシーズは、ブレスレットとケースが一体化した、いわゆる“ラグジュアリースポーツ”のデザインを採用した腕時計だ。このデザインはステンレススティール製のスポーティーな高級腕時計によく見受けられるデザインだが、ピンクゴールドのこのモデルにもエレガントによく似合う。

 第3世代のオーヴァーシーズはインターチェンジャブルシステムを搭載しているため、工具を用いることなく、ボタンを押すだけでブレスレットをケースから取り外すことが可能だ。なお、この新作はピンクゴールド製のブレスレットだけではなく、グリーンのカーフスキンストラップとラバーストラップが付属するため、付け替えてさまざまなスタイルを楽しめる。

グリーン文字盤を備えた4モデルの新作

オーヴァーシーズ

(左)「オーヴァーシーズ・オートマティック」自動巻き(Cal.1088/1)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPGケース(直径35mm、厚さ9.33mm)。15気圧防水。866万8000円(税込み)。
(中左)「オーヴァーシーズ・オートマティック」自動巻き(Cal.5100)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPGケース(直径41mm、厚さ10.69mm)。15気圧防水。897万6000円(税込み)。
(中右)「オーヴァーシーズ・デュアルタイム」自動巻き(Cal.5110 DT/2)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPGケース(直径41mm、厚さ12mm)。15気圧防水。1126万4000円(税込み)。
(右)「オーヴァーシーズ・クロノグラフ」自動巻き(Cal.5200)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約52時間。18KPGケース(直径42.5mm、厚さ12.67mm)。15気圧防水。1179万2000円(税込み)。

 グリーン文字盤の新作は4モデルでの展開となる。直径41mmの「オーヴァーシーズ・オートマティック」は、センターセコンドであり、3時位置に日付表示を配置した3針モデルだ。シンプルなデザインゆえに、新作のグリーンをじっくりと鑑賞したい人は、きっとこの腕時計に最初に手を伸ばすことになるだろう。直径41mmのケースは搭載されるムーブメントであるCal.5100のサイズによく似合う。また、3時位置の日付表示は文字盤中央に寄り過ぎておらず、文字盤のデザインとうまく調和している。価格は897万6000円だ。

 ケースの厚さが12mmの「オーヴァーシーズ・デュアルタイム」は、6時位置の日付表示用のインダイアルと、第2時間帯用の針が特徴的だ。この針は先端が赤く、他の針とは明確に区別できる。なお、針の先が同じく赤い9時位置にあるAM/PM表示は、第2時間帯の午前と午後を示す。搭載するムーブメントは自動巻きマニュファクチュールムーブメント、キャリバー5110 DT/2だ。パワーリザーブは約60時間、この腕時計の価格は1126万4000円である。

「オーヴァーシーズ・クロノグラフ」には自社開発および製造した自動巻きムーブメント、Cal.5200が搭載されている。パワーリザーブは約52時間だ。ケースの厚さは12.67mmと、自動巻きクロノグラフとしては薄い方である。3時位置の30分積算計と6時位置の12時間積算計にはアラビア数字が用いられている。他方、9時位置のスモールセコンドにはそれがなく、積算計と秒表示を容易に区別可能なデザインだ。なお、ピンクゴールド製の枠を備えた日付表示窓は、4時位置と5時位置の間に配置されている。価格は1179万2000円。

ジュネーブ・シールの認証を受けた自社製ムーブメント

Cal.5200

自動巻きで約52時間のパワーリザーブを備えたCal.5200は、自社開発のコラムホイール式クロノグラフムーブメントである。コラムホイールの中心にマルタ十字が形作られていることにも注目。なお、ローターは地図上で方角を指し示す方位図をあしらったソリッドゴールド製。

 これら3つの腕時計のムーブメントは、ジュネーブ・シールの認証を受けたものだ。ジュネーブ・シールは高級腕時計の世界でも指折りの古い認証制度のひとつ。1886年に創設され、その後の技術の進展に合わせて基準は随時、更新されている。この制度は、技術、機能、審美性の観点から、時計の品質に対して厳しい基準が設けられている。また、ジュネーブ州内で組み立てられたものにしか認証されることはない。認証に合格した腕時計には、ジュネーブ州の紋章と「GENEVE」の文字がムーブメントのブリッジと裏蓋に刻印される。

 ちなみに、4つのオーヴァーシーズの中で最も小さいモデルは35mmケースの自動巻きモデルだ。他の3モデルと異なり、この腕時計は見返しリングを備えていない。とはいえ、ベゼルにセッティングされた90個のブリリアントカットダイヤモンドが輝きを放つ腕時計である。ケースの直径が小さいため、先述した5000シリーズのムーブメントは搭載されていない。その代わりに、リシュモン グループ独自のムーブメント、Cal.1088/1が採用されている。価格は866万8000円だ。

 オーヴァーシーズコレクションにはトゥールビヨンや永久カレンダー、ムーンフェイズ表示付きレトログラード日付表示機構など、現在グリーン文字盤を備えたモデルには搭載されていない機構は多い。近い将来、それらが採用される可能性は十分にある。数年後が楽しみだ。

オーヴァーシーズ・デュアルタイム

「オーヴァーシーズ・デュアルタイム」はデュアルタイムゾーン機能を搭載した腕時計だ。さらに第2時間帯の午前と午後を指し示すAM/PM表示も備えている。6時位置のサブダイアルは、ポインターデイト式の日付表示だ。「旅」の精神を体現したオーヴァーシーズらしい腕時計である。


クリスチャン・セルモニ × リュディガー・ブーハー
「この特別な色調を出すために、5年の歳月が必要でした」

 ヴァシュロン・コンスタンタンのスタイル・アンド・ヘリテージ ディレクター、クリスチャン・セルモニが新作のためのグリーンについて語る。

クリスチャン・セルモニ

クリスチャン・セルモニ
ヴァシュロン・コンスタンタンでスタイル・アンド・ヘリテージ ディレクターを務める。1959年、スイス・ジュウ渓谷にあるル・サンティエ生まれ。90年に営業管理マネージャーとしてヴァシュロン・コンスタンタンに入社し、92年に購買マネージャー、96年から製造部門のマネージャーを務めた。買収したHDGを改組したVCVJで自社製ムーブメントの開発プロジェクトを担当する。2001年には最終的にプロトタイプやユニークピースにゴーサインを出す統括責任者となり、10年にアーティスティック・ディレクターに就任。17年より現職。

リュディガー・ブーハー:ヴァシュロン・コンスタンタンは、一般的に文字盤の色に関してどのような戦略を採っているのでしょうか?

クリスチャン・セルモニ:クラシックな印象を与える腕時計には、通常はシルバーやグレーなど、淡い色を好んで用います。ブラック、場合によってはブルーを採用することもありますね。また、「トラディショナル」コレクションではグリーンを使用した例もあります。

 2016年に第3世代の現行オーヴァーシーズが発表された時、私たちの目的は他のブランドの腕時計にはない、特別な印象を与えるブルーを生み出すことでした。そのために、デザイナー、文字盤メーカーと緊密な協力体制を構築したのです。私たちのブルーは、電気メッキ、カラーラッカー、そしてクリアラッカーの組み合わせから成ります。

 この文字盤には、ふたつの要素を追求しました。ひとつは奥行き感、もうひとつは光の反射による色の変化です。こうして得られたブルーの色味は、オーヴァーシーズを代表する特徴となりました。

リュディガー・ブーハー:ヴァシュロン・コンスタンタンの文字盤のブルーは、色味がそれぞれのコレクションごとにやや異なります。グリーンもコレクションごとに変更するというルールはあるのでしょうか?

クリスチャン・セルモニ:確かにオーヴァーシーズの文字盤に採用されているグリーンは、トラディショナルに採用されているものとは異なります。ただ、それはほんのわずかです。トラディショナルのグリーンには、ほのかにグレーが混ざっています。現行モデルであるトラディショナル・トゥールビヨンからもそれは見て取れるでしょう。他方、オーヴァーシーズのグリーンはほぼ同じです。ですが厳密にルールを定めてはおりません。それぞれのコレクションにふさわしいカラーを見つけようとしているのです。

 グリーン文字盤の腕時計はすでにさまざまな種類のものが市場で展開されています。私たちは格段にエレガントなグリーンを探していたのです。ダークグリーンやブリティッシュレーシンググリーンは異なると思い選びませんでした。オーヴァーシーズに用いられているグリーンは、何層にも重ねたラッカーをさらにクリアラッカーで覆ったものです。この技法を用いることで特別な深みを生み出しました。また、このような技法のため、塗膜の下にあるサンバースト模様を見ることができるのです。この特別な色味を実現するために、私たちは開発に合計で約5年も費やしたのです。

オーヴァーシーズ・オートマティック

「オーヴァーシーズ・オートマティック」。直径35mmとサイズの小さなモデル。ブリリアントカットが施された、90個のダイヤモンドがセッティングされたベゼルが特徴的だ。見返しリングは備えてはいない。なお、このモデルに搭載されているムーブメントCal.1088/1のローターにも方位図はあしらわれている。

リュディガー・ブーハー:どのようにしてカラーを最終的に決定したのでしょうか?

クリスチャン・セルモニ:多数の採用候補の色を、パントーンの色見本や色校正用モニター上でフォトショップを用いて検討しました。次に、ある程度絞ることができたら、実際にその色を用いたプロトタイプを製作します。こうすることで色の深みを正確に把握することができ、最適な色合いを最終的に決定することができるのです。

リュディガー・ブーハー:ピンクゴールド製のケースに合わせて最終的な色を選んだのでしょうね。ホワイトゴールドやチタンなど、他のケースカラーとの比較テストもされたのですか?

クリスチャン・セルモニ:最適な色味を決めるテストで、文字盤のグリーンがピンクゴールド製のケースとどれだけ調和するか検証しました。しかし、仮にこのグリーン文字盤に別の素材のケースを組み合わせたとしても、この色調を変更することはありません。すでにブルーの文字盤を備えたモデルをオーヴァーシーズでは発表しています。このモデルには、ホワイトゴールドにピンクゴールドとケースの素材が異なるバリエーションがありますが、文字盤に採用されたブルーの色調は変更してはいないのです。

リュディガー・ブーハー:複雑機構をドレスウォッチにしか搭載しないブランドは数多くあります。スポーティーかつエレガントなモデルに採用されることは一般的ではないでしょう。ですが、オーヴァーシーズにはトゥールビヨンや永久カレンダーを搭載したモデルもありますね。他のブランドとは異なるアプローチを採っているように思えます。その点はいかがでしょうか?

クリスチャン・セルモニ:もともとスポーツウォッチは、ツールウォッチの影響を強く受けていたのです。その多くはダイバーズウォッチ、もしくはクロノグラフでした。そして、1970年代初頭に高級ブランドがスポーツウォッチを採用するようになっても、ツールウォッチの面影はまだまだ色濃く残っていたのです。これらの腕時計のほとんどは、センターセコンド、日付表示を備えた自動巻きのものだったのです。クロノグラフを搭載したものもありました。後に、第2時間帯やワールドタイムなどの追加機能も搭載されるようになったのです。これらの機能はすべて、スポーティーでエレガントな腕時計と密接に結びついていると、私は考えています。

 オーヴァーシーズでは、多くの場合、クラシックな腕時計に見受けられる複雑機構を採用しています。例えば、2023年に発表した「オーヴァーシーズ ムーンフェイズ・レトログラード・デイト」は、レトログラード機構を搭載した日付表示とムーンフェイズ表示を備えています。私はスポーティーでエレガントなこの腕時計に、このような複雑機構の搭載を顧客が求めていると確信しているのです。大都市に住む顧客の多くは、一日中着用可能で、複雑機構を搭載した腕時計を欲していると私は思っています。かつてならレザーストラップ付きの貴金属製ケースに収められていたような機構です。これもライフスタイルの変化を反映していると言えるでしょう。

リュディガー・ブーハー:ムーブメントを磁気から保護するために、軟鉄性のインナーリングを第3世代のオーヴァーシーズは採用しています。しかしながら、これはインナーケースを採用した前の世代よりも、耐磁性に欠ける印象を受けます。なぜ採用したのでしょうか?

クリスチャン・セルモニ:オーヴァーシーズを設計する際、世代ごとに新たな技術的特徴を盛り込もうと考えていました。第1世代では「精度」に焦点を当てました。それゆえ、初代オーヴァーシーズはすべてクロノメーターだったのです。2004年に発表した第2世代では軟鉄製のインナーケースを採用することで、耐磁性を高めました。第3世代では、ストラップの装着にインターチェンジャブル・システムを採用しました。また、耐磁性も確保したいと考えていたのです。ですが、ジュネーブ・シールの認定を取得した自社製ムーブメントを鑑賞できるようにしたいと思い、インナーケースに収めることは避けました。そこで、軟鉄製のインナーリングを採用したのです。確かに、耐磁性は低下しています。それでもNIHSの規格を満たしています。

オーヴァーシーズ

ストラップやブレスレットにはインターチェンジャブルシステムを採用しているため、工具を用いなくても容易にストラップを交換可能だ。

リュディガー・ブーハー:なぜ、時針や分針、インデックスなどにブルーに光る蓄光塗料を採用したのでしょうか?

クリスチャン・セルモニ:ブルーに光る蓄光塗料を採用した理由は、純粋にデザイン上の理由からです。トリチウムという発光物質が使われてきたことで定着したグリーンに光るものを選ぶこともできましたが、私たちはブルーの光が非常に美しいと考えています。なお、蓄光塗料は特に長く光り続けるスーパールミノバを使用しています。

リュディガー・ブーハー:ヴァシュロン・コンスタンタンのムーブメントの仕上げが際立っている理由を教えてください。何がそれを特別にしているのでしょうか?

クリスチャン・セルモニ:2000年頃、自社製ムーブメントを初めて開発した際、「マルタ・トゥールビヨン」用のCal.1790と、その直後のCal.1400において、ジュネーブ・シールを取得することを目標としていました。そのため、仕上げに関してはジュネーブ・シールのすべての要件を満たすように努めたのです。それ以降に開発したすべてのムーブメントも、この理念を継承しています。仕上げはヴァシュロン・コンスタンタンのムーブメント戦略の中心であり、なおかつ熟練の職人たちによる仕事の証しでもあるのです。

 現代では、レーザーによるペルラージュ加工やCNCマシンによる面取り加工など、技術の進歩によりさまざまな加工が可能になりました。ですが、私たちは伝統を守り続けることを重要視しています。これは、私たちが他の多くのブランドと差別化できる点のひとつです。仮にジュネーブ・シールがなかったとしても、私たちは自分たちのやり方でムーブメントを作り続けていたでしょう。

リュディガー・ブーハー:コレクションごとにムーブメントの仕上げに違いはあるのでしょうか。

クリスチャン・セルモニ:いいえ、まったくありません。違いがあるとすればムーブメントの色合いだけです。例えば、オーヴァーシーズコレクションでは、ブリッジや地板にNAC仕上げを施しているものがあります。これは従来のロジウムメッキよりも、やや暗い色合いとなります。しかし、品質に関して、そこに一切の差異はありません。



Contact info: ヴァシュロン・コンスタンタン Tel.0120-63-1755


ヴァシュロン・コンスタンタン「オーヴァーシーズ」を知る。その歴史や特徴、現行モデルとは?

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ヴァシュロン・コンスタンタン 非凡なまとまりをもたらす老舗の審美眼

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2024年のヴァシュロン・コンスタンタン新作時計を一気読み!

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