G-SHOCKの最上級ラインである「MR-G」から、日本刀の「重力丸・燦(じゅうりょくまる・さん)」をモチーフとした特別モデル「MRG-B2000JS-1AJR」が登場した。日本刀の世界観をG-SHOCKに落とし込むためには、ふたつの特許出願中の新技術を含む“技”の数々が欠かせなかった。日本刀のごとく、威厳ある美を備えた本作について、開発者へのインタビューを交えながらひもといていく。
Photographs by Masanori Yoshie
鶴岡智恵子(クロノス日本版):文
Text by Chieko Tsuruoka (Chronos-Japan)
[2024年11月27日公開記事]
日本刀「重力丸・燦」をモチーフにした「MRG-B2000JS-1AJR」
2024年10月、G-SHOCKから世界限定800本生産の、特別な「MRG-B2000JS-1AJR」が発表された。このモデルはG-SHOCKの最上級ラインである「MR-G」の最新作であり、日本刀の「重力丸・燦(じゅうりょくまる・さん)」をモチーフとした外装が大きな特徴となっている。
MR-Gのために制作された日本刀「重力丸・燦」をモチーフとした特別モデル。外装には日本刀の意匠がちりばめられており、この意匠の実現のためには、特許出願中の新技術含む、カシオの最先端技術が投入された。タフソーラー。フル充電時約26カ月(パワーセーブ時)。Tiケース(直径49.8mm、厚さ16.9mm)。20気圧防水。世界限定800本。110万円(税込み)。
「MRG-B2000JS-1AJR」商品ページ:https://www.casio.com/jp/watches/gshock/product.MRG-B2000JS-1A/
「MR-G」特設サイト:https://gshock.casio.com/jp/products/mr-g/mrg-b2000js/
税込み110万円と、過去のMR-Gの中でも高い価格設定で販売されることとなる本作。その分価格相応の、あるいはそれ以上の時間や手間がかけられていることが、MRG-B2000JS-1AJRに使われた“技”から知ることができる。
日本刀を「MR-G」に落とし込むというチャレンジ
MRG-B2000JS-1AJRのモチーフとなった重力丸・燦は、G-SHOCK誕生35周年の節目にあたる2018年、MR-Gのために製造された日本刀だ。刀匠である上山輝平が刀身を、鞘にあしらわれた青貝を伝統工芸士の野村守が手掛けることで完成した。この日本刀の世界観を、G-SHOCKという、耐衝撃性や機能性をアイデンティティーとしてきた腕時計へと落とし込むにあたって、いったいカシオはどのような創意工夫を凝らし、技術的な課題を解決したのだろうか。見るべきは、ベゼル、ブレスレット、文字盤、ケースにわたる外装全般である。今回、本作の商品企画を務めた石坂真吾と、デザインを担当した梅林誠司に、投入された技術を中心に話を聞いた。
なぜ日本刀を「MR-G」で表現しようと思ったのか?
日本刀をモチーフとしたMR-Gは、過去にも製作されている。直近では2022年に発売された、刀鍛冶の月山(がっさん)の刀匠である月山貞伸が監修した「MRG-B2000GA-1AJR」が挙げられる。石坂によると、「『用の美』という点で、日本刀とMR-Gは相性が良い」ということだ。
「これまでもMR-Gは、日本の武具をテーマとして扱ってきました。なぜなら、道具でありながらも美しさを追求するという、機能性と美を共存させるという考え方が、MR-Gのコンセプトに通じるためです。G-SHOCKは機能性ありきの腕時計です。その最上位であるMR-Gは、(機能性に加えて)質感、そして上質なつくりを追い求めてきました。そういった考え方と(日本の武具が)マッチします」(石坂)
確かに現行MR-Gには、日本の武具がたびたびモチーフに用いられている。MR-Gの名前は、フルメタルG-SHOCKとして1996年に誕生して以来、存在してきた。しかし現在のMRG-B2000系をはじめ、明確なアイコンを伴ったモデルがラインナップされるようになったのは2014年以降。そしてこのアイコンには、日本刀や甲冑がイメージされている。また、MR-Gには「日本に根差したものづくり哲学と革新的な技術を融合」するというコンセプトがある。石坂は、日本刀をテーマにしたことについて、こう続けた。
「MR-Gは、山形カシオ(山形県東根市にあるカシオのマザー工場)で、つまり日本国内で作っています。せっかく国内生産なのだから、『日本らしいものづくり』という要素を入れたい。日本の文化だったり、日本の伝統だったり、日本の技術を盛り込みたいと思いました。そんな時、日本の技術を代表するのが『日本刀』だという考えに至ったのです。2015年、私は初めてMR-Gのスペシャルモデルの開発を手掛けました。このモデルのテーマが日本刀でした。自分にとっての原点モデルが日本刀なんですよね」
これまでもMR-Gのそばにあった日本の武具、そして日本刀。とはいえ本作を手にした時、従来モデルの焼き直しには感じられず、新しさも覚えた。
「(MR-Gの新作モデルには)毎回何かしら、新しい要素を加えています。今回の最も新しい点は、ベゼルとバンド。同じ日本刀をテーマにしているが、今回のモチーフは重力丸・燦の刀身の刃文と、青貝という手法を使った鞘です。新しい技術を取り入れることで、(刃文と鞘の)質感を表現しました」
刃文をリアルに再現したベゼル
本作の見どころのひとつが、ベゼルだ。このベゼルは、刃文をモチーフとしている。刃文とは日本刀の刀身に見られる模様のことで、焼き入れする際の「土置き」によって作られる。土置きとは刀身に粘土を塗り、その塗りの厚みの違いにより焼き入れの加減をコントロールする手法で、作りたい刃文の模様を刀身に粘土で描くことをいう。今回のベゼルは、上山輝平に刃文の土置きのイメージを筆で書き下ろしてもらった絵を元に製作した。この刃文は均質ではなく、焼き入れの加減で沸(にえ)や匂(におい)という鉄の結晶による模様が出てくる。また、刀の胴体部分に当たる「地鉄(じがね)」にも鍛錬や焼き入れ手法の違いで、「働き」と呼ばれるさまざまな模様が生まれ、日本刀の鑑賞ポイントのひとつになっている。こうした刀の特徴的な質感をベゼルに落とし込むため、特許出願中の再結晶化ハイブリッドチタンベゼルが用いられた。
再結晶化ハイブリッドチタンは、2022年に発表された月山ことMRG-B2000GA-1AJRでも用いられた素材だ。チタン合金である64チタンを積層造形(3Dプリント)して、刃文の形状が積み重ねられた円筒状の母材を作る。この母材の隙間に純チタンを充填した後、HIP(Hot Isostatic Pressing:熱間等方圧加圧。高温・高圧下で処理材料を加圧・加工する処理)を施した母材を切削・研磨してベゼルを形成する。こうして2種類のチタンによって作られたハイブリッドチタンに、再結晶化を施しているのが本作の製造工程におけるポイントだ。MR-Gらしくしっかりとザラツ研磨によって磨かれたベゼルにこの加工を施すことで、刃文や地鉄を思わせる複雑な模様、質感を表現している。再結晶化後、さらに深層硬化処理が施されることで、強度が高められていることと、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)処理によって耐摩耗性が高められつつ、精悍なブラックカラーに彩られていることも特筆すべき点だ。
月山モデルで使われた技術とはいえ、刃文の模様を表現するのに相当苦労したようだ。石坂は「(ベゼルの量産時、思ったような模様が出ていない個体を)陶芸家が、納得できない自分の焼き物を自ら割るかのように、捨てたこともありました」と笑いながら語った。
「(再結晶化ハイブリッドチタンは)結晶の異なる64チタンと純チタンの性質を生かして模様を見せるという技術です。これが、思っていた以上にてこずりました(笑)。日本刀は刃文の白っぽい部分とそれ以外の鏡面でできてるように思われがちですが、先ほどからお話しているように、実は複雑な質感で構成されていて、それを表現しなくてはならなかったためです。再結晶化で模様を出すのは、基本的には処理条件が確立してます。月山モデルの時は、その条件通りにやれば同じような仕上がりに収めることができました。しかし今回、結晶の”目”が出すぎても、出なさすぎても刃の質感を表現することができず、その良い具合のところを見つけ、量産で同じ模様を再現するのが大変でした。技術自体は既存のものなので、正直、こんなてこずるとは思っていなかったです」
また、上山によって描かれた重力丸・燦の刃文をトレースして、技術的に落とし込むという作業を行ったデザイナーの梅林も、この模様の“具合”には苦労したという。
「(刃文を)トレースする際、正確さにこだわり過ぎると、形にした時に刃文の佇まいが失われてしまうのではないか不安でした。具体的に言えば、刃文模様の境界がきっちりと分かれてしまい、いかにも工業製品的な外観になってしまうのではないかと。ある程度デフォルメした方が良いのか、とても悩みました。実際にできたものにリアリティーがないと、協業した上山先生に納得してもらえませんしね」
刃文模様は上山にイメージを見せながら開発プロセスをたどったのだという。「刀の質感をただ再現するのではなく、あくまで腕時計という観点から評価しています」(石坂)。
なお、このハイブリッドチタンの技術は月山モデルで、日本の金属技研株式会社と共同で開発された。
鞘の螺鈿はブレスレットに
ベゼルに加えて、“青貝”を表現したブレスレットも本作の見どころだ。重力丸・燦の鞘には、伝統工芸士である野村守が、青貝の装飾を施している。青貝とは螺鈿細工のことで、鮑貝や夜光貝、蝶貝、孔雀貝などの素材を用いた技法だ。光の反射によって色味や表情を変化させることで、独特の風合いを工芸品に与えている。
この「光の表情によって変わる風合い」を表現するために、やはり特許出願中の技術が用いられた。構造色だ。
構造色はシャボン玉やコンパクトディスクの面などに見られる、光の波長あるいはそれ以下の微細構造によって生じる分光を利用した発色現象で、近年、他社もこの原理を腕時計の外装に採用している。MRG-B2000JS-1AJRで、カシオでは初めて構造色を手法として取り入れることになった。ベゼル同様、「良い具合の模様」を探すのに苦労したということを、石坂は語った。
「この構造色は、金属表面に、非常に細かな筋目を入れることで実現しています。この筋目のピッチだったり、深さだったりが、どれくらいでどの程度発色するのか試行錯誤しました。材質との相性もあるので、いろいろと試しましたね。あんまり(螺鈿の発色が)出過ぎても、普段使いの腕時計としてはうるさくなるという思いもあって、ほどほどに抑えるつもりでした。半面、暗い場所で目立たず、存在感が薄れてしまうのも不安材料としてありました。量産化後、しっかり、しかしうるさすぎない程度に構造色が見えるようになっていて、ほどよくまとまったと安心しました。太陽光の下だと、結構目立つんですけどね」
鞘と腕時計のブレスレットではサイズが大きく異なるため、刃文同様、ただ元の作品をトレースしても、リアルな「再現」とは言えない。作品を再現するには、刃文のところでも言及されていたように、作品の「質感」「ニュアンス」も感じられなくてはならないためだ。
「野村さんと、腕時計のサイズにした場合の、貝の形状のランダム加減やちらばり加減を相談しながら製作しました」(石坂)。ちなみに、製品版が完成した折に上山、野村に見せたところ、両名ともに出来栄えを評価していたと聞いて、安心した。
なお、構造色は金属表面に筋目、つまり傷を付けることでこの発色現象を起こしている。そのため使っていくうちに小傷が付いてしまうと、現在の質感は損なわれてしまう。そこで、素材にDAT55Gチタンを用いた。DAT55GチタンはこれまでもMR-Gに使われてきた素材で、大同特殊鋼株式会社が開発した。純チタンの約3倍の硬度を持つため傷付きにくく、青貝の意匠を損ねない。傷への対策は必要とはいえ、構造色は顔料などの色素ではないため、退色の心配はない。ベゼル同様、構造色を施した後にブラックDLC処理がなされているものの、この処理も構造色に影響はないという。
ケース、文字盤ににも日本刀の世界観を
本作で最も注目すべきはベゼルとブレスレットだ。しかしケースと文字盤にも、日本刀の世界観が落とし込まれている。
ケースは再結晶化されたチタンで、さらにブルーグレーAIP(アーク・イオン・プレーティング)処理を施すことで、日本刀の外装にあたる拵(こしらえ)カラーが再現されている。
文字盤も、日本刀のきらめきをモチーフに、華やかさを持たせるための装飾や加工があしらわれた。今回の取材で、梅林に「MRG-B2000JS-1AJRの開発で楽しかったこと」を聞いた際、文字盤について挙られげた。
「私はデザイナーとして、時計全体をまとめました。素材をどう生かして、商品価値を高めていくか試行錯誤を重ね、最終的に強さと美しさを兼ね備えたデザインにまとまったと思います。もちろんこのモデルのメインは職人さんの手技であり、ベゼルとバンドの技術的な要素ですが、そこに“自分の色”も加えられたことに満足しています。具体的には文字盤のデザインです。派手にはせず、しかし用の美を表現することを意識して、華やかさを出したいと思っていました。
文字盤に目立ちすぎないきらめきを与えるために、梅林はいくつかの工夫をこらした。まず、文字盤に構造色を使った。文字盤外周に扇形の模様があしらわれており、この扇の部分が構造色となることで、見る角度によってきらめきを感じられるのだ。扇形模様の内側には、刀剣の柄巻(つかまき)の手法である菱巻パターンが与えられている。また、文字盤の裏側にはMR-Gで初めて、全面に蒸着処理を施した。「従来は黒の着色でしたが、蒸着処理によって、今までとは異なる艶っぽい感じに仕上がりました。この艶やきらめきが、時計を手にした人にとって、日本的な美しさとして感じられると思います」。(梅林)
「重力丸に『燦』って付けてますが、(このネーミングは)鞘の青貝の輝きからきてるんですよね。で、その輝きという要素を梅林は、文字盤に入れたんです」(石坂)
加えて、マザー・オブ・パールをインダイアルに使ったのも、MR-Gでは初だ。このパーツにも、構造色がベースに入っている。そのほかでは、インデックスに反りをイメージした形状が使われるなどもしており、さりげないながら、文字盤ひとつで見事に華やかさを演出したと言える。「(私が取材の冒頭で『今までのMR-Gとはちょっと違うテイストですね』と告げたことを受けて)異なるテイストのように感じるのは、こういった艶、きらめきが今までと違う印象になったのではないかと思います」(梅林)。
もうひとつ、本作の「日本刀の世界観」を感じさせる欠かせない仕様として、“銘切りの裏蓋”がある。日本刀に製作者の銘を切るのと同じ手法で、裏蓋に「燦」の文字が刻印されているのだ。この銘切りは、上山が手作業で施しているため個体差があり、オーナーは自分だけの銘切り裏蓋を所有する楽しみがある。
MR-Gの機能美はそのままに
特別な世界観を持つMR-Gとはいえ、石坂や梅林が繰り返し「用の美」を強調するように、優れた機能性は健在だ。フルメタルのケース、ブレスレットを備えながらもG-SHOCKの個性でもある耐衝撃性能を実現するため、クラッドガード構造が採用されている。
また、モバイルリンク/アプリ連携機能によって、Bluetoothで本作を連携させたスマートフォン上で時刻修正やワールドタイム設定を行うことができるなど(専用アプリをダウンロードする必要がある)、ユーザーは高い利便性を感じられるだろう。
“先端技術”と“匠の世界観”が実現した特別な1本
MR-Gコレクションの最新作であり、日本刀「重力丸・燦」をモチーフにした「MRG-B2000JS」を深堀りした。
再結晶化ハイブリッドチタンベゼルや構造色のブレスレットといった、カシオの最先端技術が駆使されつつ、伝統的な匠の世界観が存分に反映された本作は、日本の武具をテーマとしてきたMR-Gの、ひとつの集大成のような存在と言える。もっとも、このモデルがゴールなどということではない。日本刀が長い歴史の中で伝統を維持しつつ進化してきたのと同様に、MR-Gも用の美を守りつつ、「毎回何かしら、新しい要素を加え」た新製品を打ち出し、G-SHOCKファンの心を引きつけていくのだろうから。
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