今回テストしたのは、白いセラミックケースが目を引くIWCの新製品、「パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・トップガン “レイク・タホ”」である。直径44.5mmの大型時計で、マッチョな腕っぷしにこそ似合うと思われるが、その正反対の細腕を持つ筆者に本作はどう映ったか?
Text & Photographs by Shun Horiuchi
[2024年12月1日公開記事]
最大の特徴はホワイトセラミックケース
U.S.NAVYのサービス・ドレス・ホワイト(SDW)と言われる制服の白と、冬に山頂が冠雪するシェラネバダ山脈に存在する、米国最大の高山湖・タホ湖。このふたつから着想され、名前の由来としたものが、白いセラミックケースを持った「パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・トップガン “レイク・タホ”」である。ホワイトラバー製のストラップと合わせ、目を引くインパクトのある佇まいだ。タホ湖周辺は米国内でも著名なスキーリゾートであり、US在住者にはそんなリゾートとしてのイメージも浮かぶことだろう。
“トップガン”は、堅牢な計器の製造において長きにわたる伝統を持つIWCが、アメリカ海軍戦闘機兵器学校とのパートナーシップの下、2007年から展開しているパイロット・ウォッチシリーズである。自動巻き(Cal.69380)。33石。2万8800振動/時。セラミックケース(直径44.5mm、厚さ15.7mm)。6気圧防水。184万8000円(税込み)。
実は白いセラミックケースが採用されたIWCのパイロット・ウォッチ・クロノグラフは、2022年に4本のみ製造された“Polaris Dawn(ポラリス・ドーン)” Ref.IW389111という限定モデルがある。このモデルはケースサイズ44.5mm、厚さ15.7mmの青文字盤を備えたクロノグラフウォッチで、ムーブメントはCal.69380を搭載し、スモールセコンドサークルにはPolaris Dawnのミッションロゴが印刷されている特別モデルだ。ケースサイズやムーブメントなどから、今回の着用モデルである“レイク・タホ”は、この限定モデルの仕様違いとも解釈できる。
肝心のケースの「白」は、ややクリームがかったマットホワイトであり、ラバーストラップの色も合わせてチューニングされ、統一感がある。ラバーは基本的にマットな仕上げとなるため、その質感をそろえる狙いもあろう。白いケースを持つ腕時計は、ゴールドやステンレススティールなどの金属色に比べて種類が少なく、その「白み」についての議論はあまり見聞きしたことはない。しかし本作は、製品化に際し熟考の末の色であろうことは想像に難くない。
クルマの外装色の「白」は、カラーコード設定のあるもので数百色にも及ぶらしいのだが、時計のケースにおける「白」はどうだろうか。このクラスの高級腕時計のケースは、塗装による仕上げや材料に着色したプラスティックなどの有機材料を使うということは想定しにくく、よって現状における材質は、ほぼセラミックス一択となろう。なお、私が最初に思い浮かべるのはシャネルの「J12」だ。艶々とした光沢を持ち、平滑に仕上げられたJ12の外装と、本パイロットウォッチのケースは大きく異なる質感を持つ。一瞥では、本作の外装素材は樹脂材料にすら見えるが、実際に手に取ると感じる温度や硬度などは、樹脂とは明らかに異なる印象である。
このマットホワイトに呼応するかのように、文字盤や針は徹頭徹尾マットな黒である。いや、おそらく文字盤や針がパイロットウォッチとして伝統的なマットブラックであるから、ケースも艶のないホワイトにしたという順序が正解であろう。白一色の細かなタンポ印刷による印字や、施された蓄光塗料まで含めて手慣れたつくりであり、ひとつひとつのパーツ単体で見ても、その完成度の高さはさすがIWCである。その結果、本作はほぼ「無彩色」であり、白黒写真でとってもその印象はほとんど変わらない。
リュウズとプッシュボタンは磨かれたステンレススティール製で、最初に違和感を覚えた部分である。一方で前述のJ12などは文字盤や針にシルバーの金属色がデザインとして入っているため、違和感はあまりないと思う。バックルを別にすればこの腕時計は、リュウズとプッシュボタン以外はすべて艶消しなのである。マットな白いケースサイドからポリッシュされたシルバーのリュウズとプッシュボタンが生えていても、気にしなければ「そういうもの」で済むのだが、違和感を覚えると何故か気になる。ただしコストをかけて防水性を担保しつつ、これらのステンレススティール製パーツをホワイトセラミックスとしても、それはそれで異物感を持つ人もいるであろう。ひょっとするとステンレススティールのブラスト処理のほうがなじみが良いのでは、などとも考えたが100%の正解はなく、好きか嫌いかという「個人差」のみの世界である。
ケースの材質であるセラミックスについても、少し記しておく。セラミックスと一言でいうものの、実際は「アルミナ」や「酸化ジルコニウム」、「炭化ケイ素(シリコンカーバイド)」に「窒化アルミニウム」など、多様な種類が存在する。ステンレススティールなどの金属材料に比べると、硬度では勝り、脆性(ぜいせい。もろさのこと)破壊しやすい材料群と言える。このホワイトカラー含め、本作のバリエーションモデルであるブラックセラミックスのRef.IW389101およびグリーンの“ウッドランド”のRef.IW389106も、すべて「酸化ジルコニウム」製である。
参考に酸化ジルコニウムとSUS316の物性についても比較しておくと、熱膨張率は1.6倍程度SUSのほうが大きく、比熱容量はほぼ同じである。硬度は酸化ジルコニウムのほうが一桁レベルで高く、逆に破壊靭性値はSUSよりもかなり低いが、ファインセラミックス群のなかでは相対的に高いほうである。
ついでにまとめておくと、シャネルのJ12やオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」のセラミックモデルなども酸化ジルコニウムを用いている。
ファインセラミックス類は粉末成型→脱脂→焼結というプロセスを経てプロダクトとなり、焼結前後では一般的に20~30%オーダーで収縮する。焼結後は極めて高い硬度を示すため機械加工も容易ではないことから、腕時計という精密な形状・サイズに仕上げるのは相当なノウハウが必要とされるのだろう。
「セラミックスであること」以外のディテールも深堀り
話を戻してもう少しこの腕時計のディテールを深掘りしていこう。ケースの形状は、一般的なシリンダーケースに極めてスタンダードな形状のラグが生えているものだ。風防のサファイアクリスタルは平面ではなく、よく見るとわずかにドーム形状。もはやディテールの領域だが、こういった形状の違いにも妥協を見せないのは、さすがIWCである。また、この風防には両面に施された反射防止用のコーティングがよく効いており、艶消し文字盤がとても魅力的に見える。反射光は若干ブルーがかるが、これがブラック文字盤上に乗るとまた魅力的に感じられる。
合計6本の針はマットブラックを基本とした統一感のあるもので、「ポルトギーゼ」のように文字盤上には針のハカマ下のパーツが存在するおかげで針間が詰まっており、高級感がある。各種フォントやインデックスの形状は完全に文法通りで、ここに文句のあるユーザはいないだろう。ケースバックは“TOPGUN”の刻印も目立つチタン製であり、こなれた仕上がりである。
数少ない金属パーツであるバックルも、極めて良くできている。この腕時計はトータルパッケージで見ると金属面が少ないため、相対的についここに目が行く。バックルサイドと上面は厳密にはヘアラインではなく、回転砥石でつくマークと思われるサテン仕上げである。45度に落とされたエッジはよくポリッシュされており、サテン面とのコントラストが美しい。
ムーブメントについて。従来からIWCはETA7750を改良して使ってきたところであるが、ETAの、スウォッチ グループ外への供給停止に鑑みて、ETA7750代替機とも言える自社設計のCal.69000系を2019年に開発した。
本作はCal.69380が搭載されており、サイズはETA7750と同スペックの直径30mm、厚さ7.9mmである。一方、最大の違いはインダイアルの配置で、永久秒針が6時位置となっており、やはりここが落ち着くというマニアも多いだろう。「ポルトギーゼ・クロノグラフ」は改造ETA7750にてカレンダー機構を省き、輪列を追加する方法で6時位置を実現していたので、ここはIWCの美学とも言えよう。そのほかクロノグラフの作動がカム式からコラムホイール式へ、片方向巻き上げから両方向(マジッククリック)へ、緩急針はトリオビスからエタクロンへ、パワーリザーブは約48時間から約46時間と若干短くなるなどの相違点がある。クラッチは両機ともスイングピニオンだ。なお、IWCのCal.69380はデイデイト、Cal.69370はデイトのみという差異であり、IWCでは今や複数のクロノグラフモデルに使われている定番ムーブメントだ。クロノグラフを操作するプッシュボタンの押し心地は、コラムホイール機としてそれなりの抵抗感があり、ガチっとした感触で、個人的には好き嫌いでいうと「ニュートラル」だ。
大型時計を“15㎝の細腕”が着用レビューすると、妄想の暴走が始まる!?
繰り返すがこの腕時計のケースは直径が44.5mm、厚さ15.7mmもある。筆者が所有した最大の腕時計は縦46×横46mmのベル&ロス「BR01-92」であるが、この腕時計より相当程度厚いため、過去最大級の腕時計を着用しているような印象だ。なお、ストラップの穴位置は最小径となる位置で、辛うじて着用できる水準であり、ラバーストラップも相対的に厚く、着用状態で腕時計ごと外周を測ってみたところ、約22cmもあった。
ではこの白い巨大時計をいつどのように使うのか? それこそが本記事最大の課題であり、インプレッションを深掘りしていく部分である。以降は「この腕時計をいつ着用するのか?」というお題に対する筆者の思考の流れを延々とつづったものであるので、興味がなければ読み飛ばされたい。
まず筆者はインプレッションとして本記事を書くため、週末のみならず、平日のワーキングタイムも本作を着用することになった。基本的にスーツスタイルなのだが、この腕時計はまず私のドレスシャツのカフにまったく収まらないのだ。懇意のシャツ屋では、手首回りの実測値に5㎝を加えた値を基本としてシャツのカフサイズとしている。腕時計をする側をやや大きくしている諸兄も多いだろう。私の手首回りはわずかに15cmであり、ドレスウォッチ主体なので0.5cmを加えた左手20.5cm、右手20cmが基本だ。スーツをあつらえている某銀座P店で頼んだ、某イタリア女史の手になるシャツも丁度20cmであったので、手首の実測値に5cmを加えたものがカフサイズ、というのは一般的なあつらえとして大きく外してはいないと思う。
さて、先ほど着用状態の“レイク・タホ”の外径が22㎝と書いた。これはシャツのカフサイズよりも太いため、シャツを着た後にこの腕時計を着用すれば、それはカフより手首側でずっとその存在を主張し続けることとなり、順序を逆にして腕時計着用後にシャツを着れば、それはシャツを脱ぐまで永久に外界に表れない。結局、既成のダブルカフのシャツをパツパツにしながら着用することと相成ったが、まあこの状態で気分よく腕時計を楽しむことなどできるわけはない。よって考えるまでもないがドレスシャツは無理と結論付けたし、とても目立つ真っ白であることも含めて平日のスーツスタイルにも無理がある。つまり、私が本作を楽しめるのは週末限定となろうし、この目立つ腕時計を目立たせて着用するのが真骨頂であるならば、半袖のシーズンがベストということになろう。
さてここで冒頭に書いた、この腕時計のインスパイア元となったサービス・ドレス・ホワイトをここで見てみると、カフの形状はどうもすぼまっており、ジャストのカフサイズだとドレスシャツ同様に着用できないのではないか、という矛盾に気が付いた。そこで“レイク・タホ”である。有名なスキーリゾートならいい感じで着用できそうだが、一般的なスノーシーズンに、ショートスリーブを着るかどうかは疑問である。ここでベストと思われるシチュエーションを無理やり見出すと、「ラグジュアリーなスノーリゾートの暖房ポカポカのラウンジでこそ映えまくる腕時計」というのが私の結論だ。これは酷い。
イロモノに見えるが、実は基本を押さえており使いやすい
筆者の限られた経験からくる想像力では、上記のようなプアなシチュエーションしか思い浮かばなかったが、使い続けているうちに、この腕時計は気を遣わずに使いやすいことが分かった。
その理由は、
①本作は正確で、インプレッションしている期間、日差+2~5秒をキープし続けた。クロノグラフを連続作動させた状態ですら日差+2秒だったので、大したものである。
②セラミック外装なので、ステンレススティールなどと比べて圧倒的に小傷が付きにくく、気疲れなく扱える。
③防水性能、耐磁性能を備えた設計であること。
などである。
小傷の付きにくさなどは、むしろ初めて高級腕時計を購入する層などにも向くと思ったけれども、どちらかというと本作は複数本所有者が選ぶ腕時計だろう。
トータルで見れば、この腕時計はIWCが作ったパイロットウォッチとして欠点も特段見当たらず、傷も付きにくく高精度な使いやすいクロノグラフである。あとはこの目立つ大きな時計が似合う太い腕っぷしと、ハマるシチュエーションさえ思い浮かべることができるか、だ。
なお、この“レイク・タホ”を返却した時、一抹の寂しさを覚えたのは事実である。