カルティエの職人技が生み出される聖域、メゾン デ メティエダールを訪ねて

FEATUREWatchTime
2024.12.11

カルティエのマニュファクチュールの神髄に迫る稀有な夜間の取材。スイスの伝統的な農家を改装したメゾン デ メティエダールでは、何世紀もの歴史を経た職人技と最先端技術が融合し、唯一無二の芸術品が生み出されていた。45名の熟練職人たちが手がける、エナメル細工やグラニュレーションといった伝統技法と、3Dプリントなどの革新的技術との調和。カルティエならではの美の探求と、その継承の現場に密着した。

メゾン デ メティエダール

© Cartier
メゾン デ メティエダールが誇る珠玉のタイムピースたち。ダイヤモンドのきらめきと職人技が結実した文字盤には、グラニュレーションやエナメル細工など、カルティエ伝統の装飾技法が息づいている。
Originally published on watchtime.net
Text by Daniela Pusch
Edited by Takashi Tsuchida
[2024年12月11日公開記事]


深夜の工房で垣間見る、時の匠たちの息吹

 カルティエのメゾン デ メティエダールは、何世紀もの間、継承されてきた芸術技法と、最先端の時計製造技術が見事に調和する特別な工房である。選ばれし者だけが足を踏み入れることを許される、この荘厳な空間を歩く体験は、多くの人々にとって遠い夢でしかないだろう。その稀有な体験が、このたび私、ダニエラ・プッシュに訪れることとなった。場所は、スイスが誇る由緒正しきカルティエのマニュファクチュール。時計製造の歴史が息づく街、スイス・ラ・ショー・ド・フォンにおいてである。

 その機会は、匠の技と革新の粋を結集したカルティエのメティエダール10周年という、特別な記念行事の一環だった。フル稼働する精密機械群を一望できる空間で、ごく少数のジャーナリストたちがプライベートディナーに招かれたのである。

 その光景は、まさに映画のワンシーンのようだった。ジュラ山脈の彼方に沈みゆく夕陽を背に、マニュファクチュールの内部では機械を照らす光だけが工房内部に明かりをもたらし、オートオルロジュリーの営みを伝えていた。

 この特別な夜は写真撮影が許されず、それがさらに神秘的な雰囲気を際立たせていたのかもしれない。刻々と過ぎゆく時間は、この場に集った者たちだけが共有できる貴重な秘密のようだ。スイスの大地が静かな眠りにつきはじめる中で、マニュファクチュールの心臓は力強く鼓動を刻み続けていた。

メゾン デ メティエダール

© Cartier
農家の家屋を改装したカルティエのメゾン・デ・メティエ・ダール。


伝統と革新が交差する、農家から紡ぎ出される至高の技

 しかし、真の魔法は最新鋭のマニュファクチュールの数歩先、数世紀前に建てられたであろう、1軒の素朴な農家に宿っていた。この質素な外観に秘められたメゾン デ メティエダールこそが、時計製造の伝統に新たな息吹を吹き込むカルティエの創造の源泉である。ここでは伝統とテクノロジーが完璧な調和を奏でるのだ。

 1階に足を踏み入れると、木の壁に囲まれた居心地の良い空間が広がっていた。暖炉のある居間には郷愁を誘う雰囲気が漂い、まるで時が止まっているかのような趣がある。しかし階段を上がれば、そこには想像もつかない程の対照的な世界が待っている。光に満ち溢れた作業場には、最新鋭の技術機器が整然と並んでいた。この素朴な温もりと未来的な精密さという二面性こそが、メゾン デ メティエダールの比類なき個性を形作っている。

メゾン デ メティエダール

© Cartier
古い建物とは対照的な、現代的で光に満ちた雰囲気が内部に広がる。

 2014年の設立以来、このアトリエは崇高な使命を担ってきた。それは稀少な職人技を守り抜き、さらなる高みへと昇華させることである。世界を見渡しても、これほどまでに幅広い伝統技法を自社内に擁する工房は極めて少ない。熟練職人たちは、歴史ある技法に新しい命を吹き込み、伝統と革新の完璧な調和を目指して、日々研鑽を重ねている。

 エナメル細工の至高の技や精緻な象嵌細工といった職人芸は、最新の技術と細部へのこだわりによって、メゾン デ メティエダールで新たな解釈を与えられている。職人技と先端技術の見事な融合は、作品のあらゆる細部に息づいているのである。

 この神聖な空間で、45名の卓越した職人たちが「完璧」という高みを追い求めている。彼らは単に技を継承するだけではない。カルティエの遺産を未来へと継承していく若き才能たちへ、その知識を惜しみなく伝えているのである。この伝統の叡智と革新の息吹の融合こそが、カルティエをオートオルロジュリーの頂点へと押し上げる原動力となっている。


デザインという芸術を追求し続ける、スイス時計界の巨匠

 他のブランドが技術的な記録の更新を追い求める中、カルティエは創造の本質に目を向け続ける。それはデザインという至高の芸術である。単なる装飾技術の域を超えた、美学への飽くなき探求が、カルティエをひとつのアイコンへと昇華させ、今やスイス第2位の時計メーカーとしての地位を確立させている。

メゾン デ メティエダール

© Cartier
カルティエは、宝飾技術と時計製造の技を見事に融合させている。この相乗効果こそが、メゾンの比類なき個性を形作る源となっているのである。宝飾職人たちは、単なるデザイナーの域を超え、金属加工、宝石のセッティング、研磨といった工程を精緻に調和させる統括者としての役割も担っている。ラ・ショー・ド・フォンでは時計のムーブメントが製造され、その後メゾン デ メティエダールへと運ばれ、そこで完璧な傑作として組み立てられ、仕上げられていく――この工程は、まさに完璧な協調を必要とする芸術的な営みなのである。

 このような卓越した職人技がいかに困難を極めるものであるか――私たちはエナメル工芸のワークショップで、その一端に触れる機会を得た。水中で沈殿する繊細な粒状のエナメル粉末を、象徴的なパンサーの頭部が描かれたプレートに細筆で丹念に塗り重ねていく。一見シンプルに思えるこの作業が、実は途方もない集中力と卓越した技術を要することを、身をもって知ることとなった。微細な区画へのエナメル粉末の塗布は、ほとんど不可能とも思える挑戦であり、焼成後には気の遠くなるような研磨工程が待ち受けている。


最先端技術と伝統技法が織りなす、比類なき芸術品の数々

 カルティエは、エナメル細工に留まらず、数々の伝統的な芸術技法を現代の革新技術と見事に融合させている。アート・オブ・ファイアと呼ばれる分野では、グリザイユやプリカジュールといった多彩なエナメル技法が絶え間ない進化を遂げている。さらには、微細な金粒や繊細な金属線を精密な模様に織り上げるグラニュレーションやフィリグリーといった古典的な金属加工技法も駆使している。

 文字盤のモザイクには実に400個もの部品が用いられる象嵌細工の技も、最高水準で継承。カルティエの開発部門では、熟練の職人たちとエンジニアたちが一体となり、3Dプリントやマイクロフルイディクスといった最先端技術と伝統的な職人技を融合させ、比類なきジュエリーウォッチを生み出し続けているのである。

メゾン デ メティエダール

© Cartier
カラーストーンとダイヤモンドがきらめく柔軟なメッシュ構造を持つ「クッサン ドゥ カルティエ」は、新時代の傑作といえる。医療用3Dプリント技術からインスピレーションを得たその革新的な構造は、圧力を加えることで形状が変化し、しかし確かな弾力性で元の姿へと立ち返る。このリングやブレスレットにも展開された卓越したデザインは、カルティエならではの宝飾技術と時計製造技術の革新的な融合を如実に物語っている。

メゾン デ メティエダール

© Cartier
珠玉のタイムピースの数々は、メゾン デ メティエダールに集積された卓越した技術の結晶である。それぞれの作品が、伝統と革新が紡ぎ出す物語を宿している。

メゾン デ メティエダール

© Cartier
エトルリア様式のグラニュレーションは、まさに究極の繊細さを追求する技法である。微細な金粒をひとうひとつ正確にモチーフの上に配置し、最先端のレーザー技術によって溶接される。時計の文字盤においては、この緻密な作業が実に3000回にも及ぶことがある。この高度な技法は、エナメル・グラニュレーションやフィリグリー細工と巧みに組み合わされ、金、プラチナ、ダイヤモンドといった最高級の素材を用いて、唯一無二のモチーフと繊細な色の階調を生み出していく。それは、まさに芸術品と呼ぶにふさわしい域に達している。

メゾン デ メティエダール

© Cartier
2013年以来、カルティエが継承し、発展させてきた伝統技法ひとつである金粒の製造工程。この一見、単純そうに見える工程にも、長年の経験と洗練された技術が注ぎ込まれている。

 この夜間の取材は、カルティエの魂の深奥へと誘う、心震わせる旅となった。ここでは、時間という概念さえも特別な意味を帯びる。形態と機能が完璧な調和を奏で、伝統と革新が見事に融合する場所。それこそが、カルティエという比類なきメゾンが持つ本質なのである。


Contact info: カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-1847-00


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