2024年の新作より、気になったモデルをピックアップして深掘り。筆者が気になるのは、セイコーの「セイコー5スポーツ SNXS」だ。EDC (Everyday Carry) =「日々持ち歩く相棒」のコンセプトは伊達じゃない。
Photographs & Text by Tsubasa Nojima
[2024年12月3日公開記事]
時計ライターの野島翼が、2024年新作モデルの中で最も気になったモデルは?
今年も各社より、多種多様な時計たちが発表された。改めて振り返ると、超複雑機構を搭載したハイコンプリケーションや、独創性にあふれたデザインを有したモデルなど、1年前には予想もしていなかったような驚きに満ちた新作が、いくつも登場している。これらを見ると、時計の可能性がまだ発展途上にあるということに気付かされると同時に、これからもさらに進化を続けていくのだろうという期待が膨らんでいく。
では、魅力的な顔触れが並ぶ2024年新作のうち、筆者が最も気になったモデルは何かと言えば、セイコーの「セイコー5スポーツ SNXS」シリーズである。少々ややこしいが、本作は同社がセイコー5の1シリーズとして展開した「SNXSモデル」のデザインコードを受け継ぎ、新しく現行のセイコー5 スポーツとして送り出したものだ。デイデイトカレンダー以外に目立った機能はなく、オリジナルのSNXSモデルを踏襲した緩やかなカーブを描くケースラインも、バーインデックスが並ぶダイアルも、特別目を引き付けるようなユニークさはない。それでも筆者は、本作に特別な魅力を感じるのだ。
自動巻き(Cal.4R36)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約41時間。SSケース(直径37.4mm、厚さ12.5mm)。10気圧防水。5万3900円(税込み)。
機械式時計初心者に向けた、セイコーの良心
ステンレススティールケースにシンプルなダイアル、汎用ムーブメントのCal.4R36など、本作が平々凡々なパッケージングであることは否めない。しかしそれは、裏を返せば癖がなく、時間や場所、ユーザーを限定せずに使いやすいということにつながる。おまけに、比較的手首の細い日本人にもピッタリな約37mmのケースサイズに、悪天候でも安心な10気圧防水を備え、腕なじみの良いブレスレットが装着されている。見渡してみれば、これらを兼ね備えた時計はそう多くない。
同社は本作のコンセプトとして、EDC (Everyday Carry) =「日々持ち歩く相棒」と説明している。これを実現するためには、マイナスとなる要素が少ないほど良い。そう考えるとなるほど、極力ストレスを排除した本作は、定められたコンセプトをしっかりと体現している。シンプルなデザインゆえ、着用シーンに対するカバレッジの広さは、同じくセイコー5 スポーツに属する、ダイバーズウォッチスタイルの「SKX」シリーズや、ミリタリー調の「Field」シリーズよりも数段上だ。
シンプルで使いやすいだけではなく、さらに5万円台という価格も魅力的。数年前に比べて時計の価格は異常なほど高騰したが、その中において、本作は何と良心的な価格設定であろうか。相次ぐ値上げに疲れた諸兄姉への一服の清涼剤としてはもちろんだが、何よりも先述したコンセプトも相まって、機械式時計に興味を持ち始めた方の最初の1本として強くおすすめしたいモデルなのだ。機械式時計は、趣味のアイテムという向きが強い。市場の規模が維持または拡大されていくためには、まず新規層に興味を持ってもらわなければならない。手に取りやすく良質な本作は、未来に向けた種蒔きとなり、機械式時計ファンを増やすための素地となり得る存在なのだ。その意味で本作の意義は大きい。
オリジナルとの連続性を見せる、特有の“空気感”
また、過去作をモチーフとするにあたり、単に形状を模しただけではない点も本作の魅力だ。先述した通り、本作にはオリジナルとなるモデルが存在する。オリジナルのSNXSモデルは本作に比べて華奢で枯葉のように軽いが、不思議と両者にはデザイン上の共通点以上に、血のつながりのようなものを感じさせる。例えとして適切かどうかは分からないが、ロレックスの「デイトジャスト」における、Ref.16200とRef.116200の違いのようなものだろうか。ラグジュアリーになったが、根っこの部分は変わらず、両者の間には連続性を感じることができる。
筆者が本作に触れたのは今年の4月、発売とほぼ同時期にwebChronosでのインプレッション用に実機を借りた時だ。手にした瞬間、とある記憶が脳裏に浮かび上がった。学生時代、筆者はセイコー5(SNXSモデルではない)を腕にして日々を送っていたのだが、その頃の他愛のないひとコマひとコマがリアルに思い起こされたのだ。
例えば、夕暮れの住宅街、どこかの家から漂うあたたかな料理の匂いに、ふと実家の両親を思い出すことはないだろうか。あるいは、ラジオから偶然流れてきたメロディーによって、かつて受験勉強に打ち込んでいた頃の情熱が呼び覚まされるようなことはないだろうか。記憶と何かは、知らずのうちに密接にリンクしている。それと同じように、目の前にあるセイコー5スポーツが、過去のセイコー5を所有した経験を通して、無意識に当時のことを思い出させたのだろう。それほどまでに本作からは、オリジナルとの連続性を感じさせる、目に見えない空気感が醸し出されている。今や他社も含めて復刻モデルは数あるが、どれも出来過ぎているものが多いように感じる。その点で、本作は稀有な存在ではないだろうか。
時計ライフをゆったり楽しめる、日々の相棒
そんな訳で、筆者が最も気になった2024年新作は、セイコー5スポーツ SNXSシリーズであった。実は4月のインプレッション後、アイボリーダイアルのRef.SBSA257を個人的に購入して楽しんでいる。当時インプレッションで述べたことは、今でも変わらない。
たまには、機能であるとか、カタログスペックであるとか、そんな堅苦しいことはどこかに放ってしまって、着用したときに沸き起こるワクワク感に身を委ね、気軽に時計と付き合っていくのも良いではないか。