賢者は歴史に学ぶ──。自らが歩んできた道には、これから先に進むためのヒントが隠されている。オーデマ ピゲは、過去の傑作を再解釈することで、技術力や表現力をさらにブラッシュアップする。ゆえに「リマスター」は単なる懐古趣味のコレクションではない。腕時計の先を見据えてオーデマ ピゲが創作する、同社の先進性と独創性を象徴するタイムピースでもあるのだ。
篠田哲生、野上亜紀:文 Text by Tetsuo Shinoda, Aki Nogami
竹石祐三:編集 Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]
[RE]MASTER
卓越した外装技術によって実現した、先鋭的タイムピースの華麗なる復活
歴史あるブランドにとって、故きを温ね新しきを知ることは、時計を進化させるうえで欠かせない。オーデマピゲが、本作を復刻でもリバイバルでもなく、「リマスター」と呼ぶのは、最高の素材を現代の技術によって、より高度なものに進化させるという強いメッセージを込めているからだ。オーデマ ピゲは1959年から1963年という短い期間に、30を超える非対称ケースモデルを開発している。そのほとんどが10本以下しか製造されなかったが、ここで蓄積したノウハウが、その後の「ロイヤル オーク」や「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」の独創的な造形へと結び付いた。言うなれば、「時計の先へ。想像の先へ。」と誘う「SEEK BEYOND」の精神は、この時に醸成されたとも考えられる。
1960年に誕生した非対称ケースのカルトウォッチをリマスターした、シャープな造形を持つ薄型モデル。幾何学的なダイアルやその色彩、サンドゴールドのヘアライン仕上げの精度など、すべてのディテールに魅了される。自動巻き(Cal.7129)。31石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約52時間。18Kサンドゴールドケース(横41mm、厚さ9.7mm)。3気圧防水。世界限定250本。682万円(税込み)。
公式ページ:https://www.audemarspiguet.com/com/ja/watch-collection/remaster01/15240SG.OO.A347CR.01.html
「リマスター02 オートマティック」は、1960年にわずか7本製作された「5159BA」をリマスターしたモデルだ。荒々しさの中に美を見いだすブルータリズムから生まれた左右非対称ケースが特徴だが、再構築にあたり、ケースサイズを拡大し、非対称が生み出す造形美をさらに強めるため平面と平面をシャープな稜線で組み合わせた。そしてWGとPGの中間のようなカラーであるサンドゴールドをヘアライン仕上げしたマットな質感が、力強さをさらに増幅させている。アイコンカラーである「ナイトブルー、クラウド50」のダイアルの奥には、薄型のキャリバー7129を搭載。これはブランドの歴史を支えた名機キャリバー2120の歴史を受け継ぐものだ。
リマスター02 オートマティックは、その独創的なデザインに目を奪われるが、オーデマ ピゲの先進性や独創性を内包している。そこを読み解くと、本当の価値が見えてくる。
CODE 11.59 by AUDEMARS PIGUET
繊細な色使いでコンテンポラリーのさらに先へ
2019年に発表された「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」(以下CODE 11.59)。その意味深長な名称は「Challenge(挑戦)」「Own(継承)」「Dare(追求心)」「Evolve(進化)」の頭文字をつないだものであり、革新的な腕時計をいくつも生み出してきたオーデマ ピゲの規範(コード)を宿しているという意図が含まれる。そして一方の「11.59」には、新しい1日が始まる直前の11時59分という意味も。つまりが、オーデマ ピゲの歴史を継承し、次の扉を開く腕時計、それが「CODE 11.59」である。
ハイコンプリケーションモデルながら、インナーベゼルやミドルケース、ラバー加工ストラップなど、全体的に無彩色でまとめることで、モダンで落ち着きのある外観に。左右対称設計のムーブメントも見どころだ。自動巻き(Cal.2952)。40石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KWG×ブラックセラミックケース(直径41mm、厚さ13.8mm)。3気圧防水。要価格問い合わせ。
公式ページ:https://www.audemarspiguet.com/com/ja/watch-collection/code-1159/26399NB.OO.D009KB.01.html
デビューとともに大きな話題となった理由のひとつが、その大胆なケース構造だ。オーデマ ピゲのDNAを踏襲するアイコニックな八角形のミドルケースをラウンド型ベゼルとケースバックで挟むという構造は、細部まで徹底された磨き込みの効果もあり、ずっと眺めていたくなる魅力を持つ。しかしCODE 11.59が瞬く間に現在の地位を確立したのは、その驚くべき進化のスピードも要因だろう。
CODE 11.59はデビュー1年目の時点で、3針やクロノグラフ、ハイコンプリケーションなど全13種のフルラインナップともいえる陣容を整えていた。それだけでも驚きだが、その後も進化を止めず、ラッカー仕上げによる繊細なグラデーションダイアルを提案し、さらにミドルケースに異なる素材を合わせることで新しいコンビネーションスタイルも表現。加工の難しいステンレススティールで、立体的かつ重層的なケースを製作するというチャレンジにも成功した。
こうした素材と造形に対する取り組みは、創造的な技術とデザインを探求し続けるオーデマ ピゲの「シェイピング マテリアルズ」のテーマとも呼応する。素材の特性を生かしながら、モダンでエレガントな腕時計を追求する姿を追いかけるのも、CODE 11.59の楽しみ方だ。
定番のクロノグラフに加わったピンクゴールドケース×グリーンダイアルの上品なカラーコーディネートのモデル。搭載するCal.4401は特許取得のリセットメカニズムによって、それぞれの積算針が瞬時にゼロ位置に戻るようになっている。自動巻き(Cal.4401)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。18KPGケース(直径41mm、厚さ12.6mm)。3気圧防水。715万円(税込み)。
公式ページ:https://www.audemarspiguet.com/com/ja/watch-collection/code-1159/26393OR.OO.A056KB.01.html
「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン クロノグラフ」は、建築的な左右対称の構造を堪能できるスケルトンムーブメント、キャリバー2952を搭載。ムーブメントのパーツは、地板をブラックにする一方で、スケルトン加工したブリッジ部分はシルバートーンのロジウム仕上げにすることで立体感を際立たせる。そしてケースはホワイトゴールドとセラミックスのバイマテリアルになっており、三層構造ケースのメリットを存分に生かしている。フライング式のトゥールビヨンで心地よい浮遊感も演出するなど、ハイレベルなメカニズムでありながら、持ち前の表現力で目を楽しませてくれるのは、優れた技術力を誇るオーデマ ピゲならではだ。
こうした進化は、スタンダードなモデルにも見て取れる。「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフ」では、ケース素材にピンクゴールドを採用。さらにトレンドカラーであるグリーンのダイアルを組み合わせた。ピンクとグリーンは補色の関係にあるため、色の鮮やかさを強調し、手首に華やぎを添えてくれる。さらに、テキスタイル調のラバー加工ストラップも同色でまとめており、ラグジュアリーだが、カジュアルにも楽しめるオールマイティな魅力がある。
絶え間ないアップデートを重ねることで完成度を上げ続けているCODE 11.59。2025年でようやくデビュー7年目を迎えるコレクションではあるが、すでにブランドの未来を背負って立つ大物の風格がある。次はどんな手を打ってくるのか? オーデマ ピゲの最先端が、このコレクションから見えてくる。
CODE 11.59 by AUDEMARS PIGUET
高度な技術力とセンスが生んだフルジェムセット文字盤の新表現
オーデマ ピゲは、ハイジュエリーモデルや一部のピースに限るが、専任のジェムセッターを抱えるブランドのひとつだ。ル・ブラッシュのアトリエにはシトリンやアメシストなどのカラーストーンを用いた作品が数多く所蔵され、同社が歴史の中でジュエリーピースにも力を注いできた証しが今に残されている。
総計533個のブリリアントカットダイヤモンド(約0.41ct)とサファイア(約1.64ct)を文字盤に配す。色のグラデーションを完成させるために、豊富な石の調達をもかなえた。ミドルケースとラグ、リュウズにもダイヤモンドをフルセッティングしたコレクション初のモデル。自動巻き(Cal.5909)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPG×ダイヤモンド×ブルーサファイアケース(直径38mm、厚さ9.6mm)。3気圧防水。要価格問い合せ。
公式ページ:https://www.audemarspiguet.com/com/ja/watch-collection/code-1159/77410OR.ZZ.D343CR.01.html
この「CODE 11.59」のフルジェムセットモデルにも、宝石を時計の意匠へと昇華させてきた手腕を見て取ることができるだろう。文字盤に敷き詰められたのはカラーサファイアとダイヤモンド。直径0.85〜0.90または0.90〜1mmにカットした2種類のジェムが配されている。腕時計によく用いられる、雪のような煌めきのスノーセッティングがおよそ直径0.5mmから2.2mm程度といえば、その細やかさが伝わるに違いない。しかし両者が異なるのは、スノーセッティングが極小の爪で文字盤を埋め尽くすランダムなセッティングであるのに対し、この腕時計では基本的に同心円状かつ規則的にジェムが配置されている点だ。同コレクションのエンボスダイアルの意匠に近い。しかし整然とした波紋を成しながらも、輝きはランダムに見える。その理由は微細なサイズ違いかつ同心円状のセッティングが結果的にもたらした全体の不規則性、加えて濃淡異なる色石とダイヤモンドのイレギュラーなあしらいにある。すべてが折り重なり、文字盤はモダンアートのようにリズミカルな輝きを放つこととなった。
自動巻き(Cal.5909)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KWG×ダイヤモンド×ピンクサファイアケース(直径38mm、厚さ9.6mm)。3気圧防水。要価格問い合せ。
公式ページ:https://www.audemarspiguet.com/com/ja/watch-collection/code-1159/77410BC.ZZ.D132CR.01.html
その計算された仕立てはまさに、ラウンドと八角形を融合させた形状に始まる、コレクション全体の幾何学的なデザインコードがあってこそ。CODE 11.59はジェムセッティングにおいても、その矜恃を踏襲し続けている。
新たなマテリアルがかなえる〝時計の先〟
腕時計の時代が始まって100年以上が経過し、機構やデザインが進化する余地は、どんどん少なくなっている。しかし、それを補完するようにマテリアルが進化しており、結果としてより刺激的な時計が生まれるようになった。オーデマ ピゲも、これまでの時計の概念を超えた製品を生み出すため、素材の研究開発にも力を入れている。
公式ページ:https://www.audemarspiguet.com/com/ja/watch-collection/royal-oak/26735SG.OO.1320SG.01.html
オーデマ ピゲの時計表現は、素材開発とともに広がった。1972年に誕生した「ロイヤルオーク」は、これを最も象徴するモデルといえるだろう。ステンレススティールを高級時計に取り入れるために、当時はかなり困難であった細部へのヘアラインやポリッシュ仕上げを施し、高級感を演出した。その後はチタンやセラミックス、フォージドカーボンといった素材の開発にも力を入れ、時計表現の限界値を広げてきた。
それは定番のゴールド素材も然り。時計用の素材には、純金に対して25%の金属を配合するのがセオリーだが、使用する金属やその割合がブランドごとの個性の表現となる。オーデマ ピゲが2024年に発表したサンドゴールドは純金75%に、銅19%とパラジウム6%を配合した新しいゴールド素材。ピンクゴールドとホワイトゴールドの中間のような淡い輝きを放つのみならず、その名称が示す通り、太陽に輝く砂丘のような繊細な色合いが楽しめる。
さらにオーデマ ピゲのR&Dラボでは、マルチカラーに対する新しい技術、スパークプラズマ焼結(SPS)テクノロジーを確立した。これはパウダー状に加工した素材をグラファイト製の型に配置し、短時間でパウダーを圧縮しながら焼結させることでインゴットを製造する技術だ。セラミックス素材を用いたのがクロマセラミック、そしてゴールド素材ならクロマゴールドとなり、これをケースに仕立て上げる。
この技術の優れているところは、型にパウダーを配置する際に描いた柄を、ほぼそのまま表現できる点だ。もちろん、圧縮や焼結の際に多少のずれが生じるため、完全に一致することはないが、例えばカモフラージュ柄の場合、繊細な色のトーンはそのままに、色と色のエッジは明確に表れる。この技術であれば単一パーツ内での色分けが可能になり、デザイナーはケースやブレスレットをキャンバスに、“素材の色”という新しい要素でデザインを広げていくことができるので、今後の製品化が楽しみだ。
腕時計のサイズを踏まえると、機構の進化には限りがある。しかし素材の可能性が広がる限り、時計は“想像の先”へと進むことができる。
AP LAB Tokyo
住所/東京都渋谷区神宮前5-10-9
電話/03-6633-7000
営業時間/11:00~19:00
定休日/火曜日
入場料/無料
※予約優先、予約なし入場も可能
下記専用サイトから予約可能
https://aplb.ch/g58k