伝統と革新、そしてクロノグラフへの尽きることのない情熱――。歴史家であり卓越した収集家として知られるフレッド・マンデルバウムが、ブライトリングの魅力と歴史的モデルの重要性を語り、若き時計愛好家たちへメッセージを送る。
Text by Daniela Pusch
Edited by Takashi Tsuchida
[2024年12月4日公開記事]
世界が認めるヴィンテージ・クロノグラフの権威
フレッド・マンデルバウムは、一介のコレクターの域をはるかに超えた存在である。ヴィンテージ・クロノグラフの世界で、彼は既にひとつの象徴的存在となっている。
比類のないコレクションと深遠な知識は、時計界において第一人者としての地位を確立。電機産業での実務的必要性から始まった時計との出合いは、やがて機械式クロノグラフ、とりわけブライトリングへの深い愛着へと昇華していった。
「当初、クロノグラフは私にとって単なる作業道具でした」。マンデルバウムはそう振り返り、コレクションへの情熱が実用性から芽生えた経緯を明かす。
現在、彼のコレクションは世界最重要コレクションのひとつとして評価され、歴史的なブライトリングモデルの真贋鑑定においても第一人者として認められている。その卓越した専門知識は高く評価されており、ブライトリングのCEOであるジョージ・カーンも新モデル開発において彼の助言を仰ぎ、同社のヘリテージ部門も彼の知見を基盤としている。
チューリッヒのブライトリング・ポップアップミュージアムの開館に関連して、このウィーンの実業家が、自身の情熱について語ってくれた。単なる収集行為以上の熱意を持って、数十年にわたり自身の魂を捉えて離さなかったブライトリングの歴史を紐解く。
それは時計という枠を超えた物語である。そこには時計が語る歴史があり、呼び覚まされる感動があり、そして大切に継承されてきた時の記憶がある。
コレクションを通じて歴史を紡ぐ者との対話
WatchTime:世界最大級のヴィンテージ・クロノグラフコレクションを保有されていると伺っています。
フレッド・マンデルバウム::時計の数は、私にとってさほど重要ではないのです。私には尊敬すべき多くのコレクター仲間がいます――(もちろん、彼らを)羨ましいとは思いません。なぜなら、真のコレクターの間に、嫉妬は存在しないからです。
むしろ誰かが何十年もかけてコレクションに注いできた緻密さと情熱に、この上ない喜びを感じるものです。たとえ5、6点の所有であっても、それらが世界的価値を持つコレクターもいれば、量と投資価値を重視するあまり、失望を味わう人々もいます。
私にとってコレクションとは、単なるモノの蓄積以上の意味を持っています。それは深い理解と探求の軌跡なのです。私は「完全主義者」を自認しています。何かを収集する時は、その背景や影響関係を含めて、包括的な理解を目指します。コレクションは自ずと充実していきますが、数を増やすこと自体が目的なのではありません。
仕事でクロノグラフに触れている間に夢中に
WatchTime:時計収集への道のり、それはどのように始まったのでしょうか?
フレッド・マンデルバウム:1980年代、私は電機産業に従事するなかで、クロノグラフを日々の作業道具として使用していました。すでに19世紀末から、クロノグラフはこうした産業分野で重要な役割を担ってきたのです。当時の私にとって、クロノグラフは単なる計器であり、感情的な愛着を持つ対象ではありませんでした。
しかし、その機能への純粋な好奇心が、より深遠な探究へと私を誘い、やがてそれは情熱へと昇華していったのです。電機産業にいた私は、自分が市場に送り出す製品が3~4年で陳腐化することを常に意識していました。そのため、クォーツ時計にはさほど魅力を感じませんでした。
一方で、機械式時計、特に機械式クロノグラフには強く心を惹かれました。30年、40年、時には50年もの歳月を経てなお、完璧に機能し続けるその姿に、比類のない魅力を見出したのです。
クロノグラフの改革者、ブライトリングの魅力
WatchTime:機械式時計、特にブライトリングの魅力とは何でしょうか?
フレッド・マンデルバウム:古い車を収集する友人たちが技術的な問題に頭を悩ませる一方で、機械式時計は驚くべき耐久性を誇ります。この技術がいつ頂点に達したのか、正確に定義するのは難しいかもしれません――おそらく1960年代後半でしょうか。
この当時と比べて、現代における技術的な進歩は、防水性能のわずかな向上や、ムーブメントの信頼性をより高くしているだけでしょう。アナログ針による時の表示は、今なお比類のない完成度を保っており、それこそが私を深く魅了してやまないのです。年を重ねるごとに、私の関心はより古い時計へと向かっていきました。機械式クロノグラフへの情熱は、着実に深まっていったのです。
この技術を真摯に探求する者にとって、ブライトリングは避けて通れない存在です。スマートフォンの世界で特定のブランドが人々の心を捉えるように、クロノグラフの世界においてブライトリングは、その中核を担う存在なのです――まさに、市場を形作ってきた伝説的ブランドと言えるでしょう。
WatchTime:ブライトリングのクロノグラフが持つ、他のブランドにない特徴とは?
フレッド・マンデルバウム:ジョージ・カーンの就任により、ブライトリングは自らのルーツに立ち返り、伝統を見事によみがえらせました。2000年代初頭には特定の市場でしか存在感を示せていなかったブランドが、今や再び、その歴史が育んできた精神を体現できるようになっています。
私の目標は常に、1930年代後半から1980年頃までの重要なブライトリングモデルを、一点一点収集することでした。その過程で私が重視したのは数ではなく、各作品が持つ歴史的重要性です。ジョージ・カーンの下で、ブライトリングは自社の歴史に対する責任を再認識していますが、それは私にとって大きな喜びとなっています。
今につながる「クロノマット」の出発点となった、1984年に登場した通称AOPAモデル。自動巻き(Cal.ETA7750)。17石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径39mm)。100m防水。
ブライトリングがクロノグラフを作り続けるのは、単なる流行を追うためではありません。それは、このブランドのDNAそのものなのです。ブライトリングこそが、真のクロノグラフブランドと呼ばれるにふさわしい存在です。
特に誇りに感じているのは、クロノマットの開発に携われたことです。この時計は、機械式クロノグラフの復権を象徴する存在となり、ブライトリングを再び成功への道筋へと導きました。成功する企業とは、自らの存在意義を理解し、それに忠実であり続ける企業なのです。
ライダーダブやルーローブレスレットなど、「クロノマット」らしい特徴を備えながらも、ケースとブレスレットにチタンを採用した軽量モデル。自動巻き(Cal.01)。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。Tiケース(直径42mm)。200m防水。163万3500円(税込み)。
長年探し求めた幻のスプリットセコンドクロノグラフ
WatchTime:特別な思い入れのある、ヴィンテージ・クロノグラフはありますか?
フレッド・マンデルバウム:私は何十年もの間、あるカタログに記載されていながら、幻の1本を探し続けていました。それは当時、最も複雑な機構を備えた時計でした――カレンダーとムーンフェイズを備えた、スプリットセコンドクロノグラフです。
約2年前、ついにその時計を見つけることができました。それは確かに勝利の瞬間でしたが、同時に、長年の探求が終わってしまったことに、どこか寂しさも感じました。
現在の私のコレクション哲学は、文書の整理や、アーカイブ、特許の調査により重点を置いています。ブライトリングは現在、この作業を担う独自のヘリテージ部門を持っており、それは私にとって大きな喜びとなっています。
ブライトリングCEOも一目置く知識
1965年、ドイツ生まれ。ザンクトガレン大学卒業後、タグ・ホイヤーなどを経て、リシュモン グループに入社。A.ランゲ&ゾーネ、ジャガー・ルクルト、IWCを統括していた故ギュンター・ブリュームラインの下でウォッチビジネスを学ぶ。2002年にIWCのCEOに就任。17年にはリシュモン グループの時計製造部門、マーケティング部門、デジタル部門の責任者となる。同年、リシュモン グループを退社し、ブライトリングのCEOに就任。
WatchTime:ブライトリングとの協働は、具体的にどのように進められているのでしょうか?
フレッド・マンデルバウム:ジョージ・カーンは私のことを“歩く百科事典”と評しました――まさしくその通りでしょう。ここ数年、私は自分の知識を伝えることに力を注いでいます。例えば、チームが活用できるデータベースの構築などです。
私たちは絶え間なく、密にコミュニケーションを取り合い、高いモチベーションを持ったチームとして事業を展開しています。最近では、私が同じように深い情熱を抱いている第二のブランド(『WatchTime』編集部注:ブライトリングは2023年にユニバーサル・ジュネーブのブランド権を獲得)との取り組みも始まっています。退屈を感じる余地など、微塵もありません。
私の最終的な目標は、実は「不可欠な存在でなくなること」なのです。そのために、私の知識を誰もがアクセスできる形で体系化する努力を続けています。
時計を評価する上での基準
WatchTime:時計を評価する上で、特に重視されている点は何でしょうか? 歴史的価値でしょうか、それともコンディションでしょうか?
フレッド・マンデルバウム:時計には確かに、より重要なものとそうでないものがあります。しかし、ブライトリングは単一のモデルだけで成功を収めたブランドとは一線を画します。ブライトリングは、まさに継続的な革新の象徴なのです。
自動巻き(Cal.17)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径41mm、厚さ11.65mm)。3気圧防水。71万5000円(税込み)。
レオン・ブライトリングが工房を開設し最初のクロノグラフ特許を取得して以来、この革新の精神は1970年代まで脈々と受け継がれてきました。このブランドはひとつの象徴的なモデルだけでなく、「クロノマット」「ナビタイマー」「スーパーオーシャン」といった、重要なモデルを陸続と生み出してきました。
ブライトリングにおいて、形は常に機能に従います――各時計には明確な使用目的が存在するのです。したがって、1本の時計の歴史だけでなく、革新的なアイデアに満ちた数十年の歴史全体が重要となります。時計が革新的であればあるほど、その歴史的重要性は高まるのです。
自動巻き(Cal.B17)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.5mm)。300m防水。64万9000円(税込み)。
もちろん、オリジナルの状態であることも重要です。私は常に、現存する最高の状態の個体を所有するか、あるいはブライトリング・ポップアップミュージアムのために確保することを目指しています。ドキュメンテーションを完全なものにするため、私のコレクションには大量生産モデルも含まれていますが、それらへの情熱は比較的控えめなものとなっています。
伝説の収集家が考える時計の投資価値
WatchTime:時計収集における投資価値について、どのようにお考えですか?
フレッド・マンデルバウム:このアプローチは必ずしも成功をもたらすものではありません。私は過去数十年にわたり、さまざまなトレンドを目にしてきました。かつて、懐中時計を堅実な投資対象として信じていた人々は、今では価値の下落により沈黙を余儀なくされています。
また「価値が永続的に安定している」とされる特定のブランドに賭けた人々もいました。しかし現在、多くの収集家が高額な在庫を抱え込んでしまっている状況です。とりわけ金利上昇期においては、時計が価値上昇の保証とはならないことが明白になっています。
時計がもたらす唯一確実な見返りは、それが与えてくれる喜びなのです。それ以外はすべて投機的な要素を含んでいます。
私は誰に対しても、資産の5%以上を時計に投資することは勧めません。私自身、ユニークピースを含むすべての時計を実際に着用しています。時計の価値は単なる所有という事実にあるのではなく、それがもたらす喜びにこそあるのです。この本質を理解できない人は、時計収集の真髄を理解していないと言わざるを得ません。
インタビューを終えて
以上が、情熱的なコレクターであり、ブライトリングの歴史を知り尽くした専門家、フレッド・マンデルバウムへのインタビュー内容である。彼の語る言葉の一つひとつからは、機械式時計、特にブライトリングへの深い愛着と敬意が感じられる。そして、単なる収集を超えて、時計の持つ歴史的・文化的価値を後世に伝えようとする、確固たる使命感も垣間見える。
時計は単なる時を刻む道具ではない。それは人類の技術と情熱の結晶であり、世代を超えて受け継がれるべき貴重な遺産だ。