時計経済観測所/なぜ日本の高級時計販売は好調なのか?

2024.12.14

スイス時計協会FHの2024年10月の輸出統計に、異変が起きている。スイスの輸出先として、これまで2位と3位に付けてきた中国と香港に代わって、日本が前年同月比でスイス時計の輸入額を大幅に増加させたうえで、2位に躍り出たのだ。世界経済の先行きは明るくない中、なぜ日本は高級時計の販売が好調なのか? 経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]


インバウンド効果で日本での高級時計販売が好調

磯山友幸

磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
【磯山友幸 公式ウェブサイト】http://www.isoyamatomoyuki.com/

 10月の京都は例年になく気温が高く、なかなか木々は色づいてこなかった。それでも紅葉を目当てにやってきた観光客があふれかえっていた。京都駅は外国人観光客が大きなスーツケースを転がしながら空きコインロッカーを探し回り、外国人に人気の伏見稲荷大社に行くJRの電車は昼間でも通勤ラッシュ並みの混雑になった。

 日本政府観光局(JNTO)の推計によると10月に日本を訪れた訪日外客数は331万2000人。7月の329万2602人を上回り、単月で過去最多を記録した。1月から10月までの累計では3019万人となり、2024年は訪日客が過去最多を大きく更新して3600万人以上になるのは確実な情勢となった。

 1月か2月にやってくる中華圏の旧正月や、3月から4月の桜の季節、7月・8月の夏のバカンスシーズン、そして秋の紅葉のシーズンと、四季折々の日本の風景を楽しもうという外国人観光客がひっきりなしに日本を訪れている。世界各国が物価の大幅上昇に苦しむ中で、低い物価上昇率と大幅な円安によって、外国人から見れば驚くほど安い国になった日本への観光は一大ブームになっている。

スイス時計の輸出統計に見られた「異変」

 米国や欧州は、インフレに対応した中央銀行の金利引き上げなどによって、景気が減速しつつある。また、ロシアとウクライナの戦争の激化や、中東での紛争拡大によって、世界経済の先行きに暗雲が漂っている。世界では高級時計市場にも減速感が強まっている中で、日本だけは観光客による需要が追い風となって、高級時計の販売が好調だ。

 本欄で注目しているスイス時計協会FHの2024年10月の輸出統計に、ちょっとした異変が起きた。引き続き消費が好調な米国向けの輸出が11.3%増えて、輸出先ではトップを維持したが、2位には常連の中国や香港を抑えて、日本が登場したのだ。月間の日本向け輸出額は1億9060万スイスフラン(約330 億円)と前年同月比20.4%の大幅増加となり、中国本土向けの1億6740万スイスフランを大きく上回った。中国は前年同月比38.8%の減少で、景気悪化による高級時計の販売不振が響いている。香港も14.8%減少し、英国を下回って5位に後退した。

 日本も物価上昇で消費に頭打ち感が出ているものの、外国人観光客によるインバウンド消費は絶好調。9月の全国百貨店では免税手続きをして買い物をした人が前年同月に比べて4割も多い45万人に達し、免税売上高は397億1000万円と21.6%も増えた。化粧品やハイエンドブランド品などに人気が集まったが、高級時計も販売が伸びた。国内消費も合わせた売上高全体は2.3%の増加にとどまっているが、「美術・宝飾・貴金属」にいたっては7.1%の伸びになっていた。明らかに訪日観光客によるインバウンド需要が高級時計の販売好調に結びついている。

年間を通しても、日本が世界2位となるか?

 スイス時計輸出の1月から10月までの累計は、トップの米国向けが5.7%増で、中国本土向けは26.2%減ながら何とか2位を維持している。日本向けは11.2%増で3位だが、中国の17億5070万スイスフランに対し、日本は16億5560万スイスフランと追い上げている。紅葉が本格化する11月・12月の外国人観光客も例年にないピッチで増加しており、日本でのインバウンド消費がさらに伸びる可能性が高い。一方で、中国経済の減速が一段と深刻化し、中国向けスイス時計輸出の11月・12月の落ち込みが大きくなれば、年間を通しても日本が世界2位のスイス時計の市場に躍り出る可能性もありそうだ。

 輸出先30カ国・地域の合計額は1-10月の累計で2.9%減少しており、今年のスイス時計輸出額は、コロナ禍で世界経済が凍りついた2020年以来4年ぶりに減少に転じる見通しだ。もっとも10月時点で30カ国・地域中半分の15カ国は前年を上回っており、中国本土向けと香港向けの大幅な減少が全体の足を引っ張っていることが鮮明になっている。底堅い米国と、インバウンドで急増する日本、一方で景気が大きく減速している中国という世界経済の様相が、スイス時計輸出の統計に鮮明に表れている。



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