2024年の振り返りとして、『クロノス日本版』編集部が現地取材した新作見本市ウォッチズ&ワンダーズの、7月号(Vol.113)の特集ページをwebChronosに転載する。この新作特集で、本誌はあえて「外装革命」を標榜した。というのも、とりわけ文字盤の表現が、かつてない質と量を見せたからだ。とはいえ、ムーブメントにも興味深い試みがあった。それが、類を見ない複雑機構と個性を打ち出したベーシックムーブメントだ。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited & Text by Chronos Japan Edition (Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
2024年は、多様化する新作ムーブメントにも要注目!
ムーブメントよりも外装の目立った2024年。しかし、よく見ると意欲的なムーブメントも少なくなかった。とりわけ気を吐いていたのが、ジェイコブやエルメス、シャネルといった非時計専業メゾンだ。
「もっと早く回せ!」というジェイコブ・アラボの指示から生まれたムーブメント。巨大なミニッツディスクと、トゥールビヨン、分表示、時表示を支える軸が60秒で1回転する。可能にしたのは同社が開発した6分の1秒ルモントワールと、ポリカーボネートを用いた軽いディスクだ。既存のメーカーでは実現できなかった超大作。手巻き(Cal.JCAM56)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRGケース(直径43mm、厚さ18mm)。30m防水。世界限定99本。
景気の減速を受けてか、時計メーカーがおよび腰になる中で、これらのメーカーは、かつてない複雑時計をお披露目した。ジェイコブの「アストロノミア・レギュレーター」が搭載するCal.JCAM56は、文字盤下のミニッツディスクと時計の表示部分が60秒に1回転するもの。巨大な回転体を回すという複雑時計の、これは究極ではないか。
シャネル初の自社製ムーブメントであるCal.1に、オートマタを加えた大作。8時半位置にあるボタンを軽く押すと、マドモアゼル シャネルとトルソーが左右に動く。マドモアゼルとトルソーは、精密さを求めてLIGAで成形されたもの。素材は軽くて丈夫なニッケル合金素材である。5層の立体的な文字盤を収めるため、ボックスサファイアクリスタルが採用された。手巻き(Cal.6)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。高耐性ブラックセラミックケース(直径38mm)。50m防水。世界限定100本。
一方シャネルは、オンデマンドのオートマタを追加したキャリバー6を発表。ボタンを押すと、マドモワゼル・シャネルやトルソーがコミカルに動く。これほど大がかりな機構を、あえてファン向けに展開したのが、シャネルらしい。
新コレクション「トリック」のために起こされた手巻きムーブメント。直径28.4mm、厚さ3.15mmも妥当だ。また18KRG製の受けと地板には、独自のコート・ド・フルリエ模様が刻まれる。審美的な造形を持つが、おそらくは、既存の自動巻きムーブメントをベースに改造を施したもの。重みも含めて高級機にふさわしいムーブメントだが、巻き止まりがないのは惜しい。
新コレクション「トリック」のためにムーブメントを新規に起こしたのが、パルミジャーニ・フルリエである。その構成は明らかに自動巻きムーブメントを仕立て直したものだが、地板と受けにゴールドを用いることで、エクスクルーシブ感を強調している。特別感で言えば、カルティエ プリヴェで登場した「トーチュ」のモノプッシャークロノグラフモデルやグランドセイコーの手巻きムーブメント、Cal.9SA4も同様だろう。明快な個性は、かつてなかったものだ。
今年の大きな驚きがこちら。パネライ初の自社製ムーブメントであるP.2002系が再び表舞台に出てくるとは誰が予想しただろうか? これは約10日間のパワーリザーブを持つ自動巻きのCal.P.2003。時針の単独修正、水平式のパワーリザーブ表示、フリースプラングテンプなど、最新のムーブメントに全く遜色ないスペックを備えている。
最後に筆者が加えたいのは、パネライのCal.P.2003だ。これは準新作でさえない、熟成したムーブメントだが、その構成やスペックは最新のムーブメントに引けを取らない。パネライが再び表舞台に引っ張り出してきたのも納得である。