カルティエの時計メーカーとしての底力を、「トーチュ」「サントス」などの2024年発表モデルから振り返る

2024.12.10

時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2024。「外装革命」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載していく。今回は、カルティエの2024年発表モデルから、同社が掲げる「ファーストクラス・マニュファクチュール」の底力をひもとく。

三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited & Text by Chronos Japan Edition (Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]


外装の完成度でリードを広げる2024年のカルティエ

 ここ数年、時計メーカーは外装の改良に躍起になっている。その中で圧倒的な強さを見せつつあるのが、自社で外装を製造するカルティエだ。ベーシックなモデルでさえもケースの面が整うようになり、ケースにラッカーをあしらう技法もいよいよ堂に入ってきた。注目を集めるのはカルティエ プリヴェの「トーチュ」。しかし、プロダクトとして見た場合、完成度の高さを誇るのは大ヒット作の「サントス ドゥ カルティエ」だろう。


カルティエの「ファーストクラス・マニュファクチュール」

「ファーストクラス・マニュファクチュール」という標語を掲げて、すべての体制を刷新するカルティエ。関係者によると、この10年で不良品率は3分の1に下がったほか、メンテナンス体制の見直しで、基本的にはすべてのムーブメントが修理対応となった。新しくクロックのムーブメントを製造したのも、過去修理できなかったメカニカルクロックを修理するため、とのこと。2022年、長らく封印していたミステリー機構の「マス ミステリユーズ」を発表したのは、生産体制の充実があればこそだろう。そんなカルティエが今年打ち出したのは「カルティエ マジシャン」。時間に対して魔法をかける、という意味らしい。

「コレクション プリヴェ」からリリースされた「トーチュ」

トーチュRef.CRWHTO0007

トーチュRef.CRWHTO0007

カルティエ「トーチュ」Ref.CRWHTO0007
旧THA製のムーブメントに代えて、自社製のCal.1928 MCを搭載した新しいクロノグラフ。
あえて新規にムーブメントを起こした理由はケースを薄くするため、そしてトノーシェイプに合わせるため。シンメトリーな造形や、軽快なボタンの操作など、愛好家の琴線を刺激するムーブメントとなった。ただし、エタクロン風の緩急針が採用されていることのみ惜しまれる。手巻き(Cal.1928MC)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。18KYGケース(縦43.7×横34.8mm、厚さ10.2mm)。非防水。世界限定200本。


トーチュRef.CRWHTO0008

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カルティエ「トーチュ」Ref.CRWHTO0008
カルティエ肝いりの新作が、傑作Cal.430 MCをごく薄いプラチナケースに収めた「トーチュ」だ。造形はCPCP時代のトーチュを思わせるが、写真が示すとおり、自社製ケースの磨きは極めて良好だ。また、インデックスの印象が強くなりすぎないよう、インデックスはあえてシルバーカラーのシールを転写している。時刻合わせの際の針飛びが抑えられたほか、ムーブメントの耐磁性も改善されている。万事に隙のない傑作だが、入手は困難だろう。手巻き(Cal.430 MC)。18石。2万1600振動/ 時。パワーリザーブ約38時間。Ptケース( 縦41.4×横32.9mm、厚さ7.2mm)。3気圧防水。世界限定200本。

 2024年の新作で目を引くのは、「コレクション プリヴェ」に追加されたふたつの「トーチュ」だ。2針のモデルは手巻きの傑作Cal.430MCを搭載したモデル。もうひとつは新規設計のCal.1928MCを載せたモノプッシャークロノグラフである。とりわけ驚かされたのは後者。セルクル・ド・オルロジェの協力があったとはいえ、長らく新規ムーブメントの開発を控えてきたカルティエが、まさか審美的な手巻きクロノグラフを起こすとは予想もしていなかった。また、CPCP時代のトーチュと異なり、サイズもオリジナルに近くなった。ちなみに手巻きが搭載するCal.430MCも、耐磁性能が改善されたほか、長年の弱点であった針飛びが抑えられている。

ムーブメントにも注目

マス ミステリユーズ

カルティエ「マスミステリユーズ」
2022年発表モデルの素材違い。ムーブメントがローターの役目を果たすという史上空前の機構は従来に同じ。しかし、インデックスがわずかに薄くなり、面取りがゴールドとなった。細かな見直しはカルティエらしい。端的に言って傑作。自動巻き(Cal.9801MC)。43石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約42時間。18KPGケース(直径43.5mm、厚さ12.65mm)。

 ムーブメントで注目すべきは「マス ミステリユーズ」だろう。ムーブメント全体がローターとなって主ゼンマイを巻き上げると同時に、脱進機を動かし、運針するこのモデルは、22年に発表されたもの。2024年モデルはその色違いだが、まさかこれほど複雑なムーブメントを、2年後に再販するとは予想外だった。もちろん今の同社らしく、完成度は非常に高い。

遊び心を感じさせるモデル

サントス デュモン リワインド

カルティエ「サントス デュモン リワインド」
「リワインド」の理由は、傑作Cal.430 MCの日の裏側を改良し、運針を逆回しにしたため。シンプルな改良により、ムーブメントの厚みは増していない。限定数が少ないのは残念。手巻き(Cal.230 MC)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。Ptケース(縦43.5×横31.5mm、厚さ7.3mm)。3気圧防水。世界限定200本。

サントス デュモン

逆方向に針が回るリワインド。裏蓋の刻印にもちょっとしたひねりが加えられた。アルベルト・サントス=デュモンのサインはふたつあり、ひとつは反転している。逆回り、を暗示するディテールだ。遊び心を盛り込むだけでなく、それを全体のパッケージにまとめる手腕は秀逸だ。

 カルティエらしい遊び心を感じさせるのは「サントス デュモン リワインド」だ。一見、文字盤をバーガンディに改めただけに見えるが、時分針は完全に逆転する。ベースムーブメントはCal.430MCを改良したCal.230MC。針飛びを抑えればこそ、の新しい試みだろう。

多彩なバリエーション

タンクアメリカン

タンクアメリカン

カルティエ「タンクアメリカン」
あまり注目を集めなかったが、カルティエらしさで目を引いたのが、Ptケースの「タンク アメリカン」だ。アールデコ風に直線を強調したダイアルには、やはり30年代に見られた、ツートンカラーが施されている。もっとも、色は今風のサーモン、そして細かい筋目と荒らした下地の併用で、ユニークさと視認性を両立させたのも上手い。搭載するのはピアジェのCal.500PをベースとするCal.1899 MCだ。自動巻き(Cal.1899 MC)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。Ptケース(縦44.4×横24.4mm、厚さ8.6mm)。3気圧防水。予価373万5600円。12月発売予定。

 もっとも、2024年で見るべきは外装のバリエーションだ。2023年に復活した「タンク アメリカン」は今年文字盤に2トーンを採用した。長らくシルバーを好んできた同社だが、ここ数年は文字盤の色にフォーカス。10年前には決して採用されなかったであろう2トーンのアールデコ風ダイアルは、カルティエの成熟を示すものだ。個人的な〝キラー〞は「パンテールドゥ カルティエ」のLMサイズである。サントスがマスキュリンに向かった結果、パンテールはよりフェミニンに向かった。新しいLMモデルはブレスレットがネジ留めになったほか、ケースとブレスレットの重量バランスも優秀である。

パンテール ドゥ カルティエ

カルティエ「パンテール ドゥ カルティエ」
大ヒット作となったパンテールには、昔懐かしいLMサイズが復活した。とはいえ、ラ・ショード・フォンで内製されるケースやブレスレットはかつて持ち得なかった独特の鏡面を持つ。また、秒針とカレンダーを省くことで、文字盤と風防のクリアランスも詰められている。個人的には非常に好ましい時計。クォーツ。SS×18KYGケース( 縦42mm、横31mm、厚さ6.71mm)。3気圧防水。

パンテール ドゥ カルティエ

毎年、多くのバリエーションのブレスレットをリリースするカルティエ。モデルに応じた設計を選べるのは、外装を自製すればこそ。本作のブレスレットも、頑強なネジ留めに改められたほか、左右の遊びもよく抑えられている。また、中コマを成形し、ヘッドとのバランスを取っている。

 今や大ヒット作となった「サントス ドゥ カルティエ」は、今年ゴールドモデルを前面に押し出した。おそらく世界的にゴールドとコンビモデルが好調なことを受けて、だろう。おなじみのイージーリンク付きブレスレットの質感は、ゴールドモデルでも相違ない。また、どのモデルも、自社で製造するケースの磨きはかなり良好だ。多彩なバリエーションにもかかわらず、新作に全く荒れを見せなかったカルティエ。この底力はやはり驚異的だ。

サントス ドゥ カルティエ デュアルタイム

カルティエ「サントス ドゥ カルティエ デュアルタイム」
6時位置に12時間で1周する副時針を備える。デュアルタイムなのにケースは薄め。優れた外装も「サントス」らしい。ただこの価格帯で時針の単独修正機能がないのは残念。この機構が付けば、申し分ない旅時計になったはず。自動巻き(セリタSW330ベース)。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(縦47.5×横40.2mm、厚さ10.01mm)。10気圧防水。

サントス ドゥ カルティエ

カルティエ「サントス ドゥ カルティエ」
スケルトン化された「サントス ドゥ カルティエ」の素材違い。ブレスレットに巧みなカルティエらしく、左右の遊びは適切、ヘッドとの重量バランスも良好だ。なお本作からは、インデックスと針に強めの夜光が施されている。マスキュリンさを強調するためか。手巻き(Cal.9612MC)。20石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約72時間。18KYGケース(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.08mm)。10気圧防水。

サントス ドゥ カルティエ

カルティエ「サントス ドゥ カルティエ」
文字盤に凝るカルティエは、2024年、「サントス」にブラウン、グレーのグラデーションダイアルを加えた。なおグレーとゴールドはメッキ、その後外周にラッカーが吹かれる。替えのアリゲーターストラップが付属。自動巻き(Cal.1847MC)。23石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約40時間。18KYGケース(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。ワンショット生産。

サントス ドゥ カルティエ

カルティエ「サントス ドゥ カルティエ」
こちらはグレーグラデーションダイアルを合わせたコンビモデル。文字盤がグラデーションらしからぬほど平滑なのは、メッキで下地を作り、外周にラッカーを施したうえで、クリアのラッカーを厚く塗るため。厚い文字盤を薄いケースに収めたのも見事だ。自動巻き(Cal.1847MC)。23石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約40時間。18KYG×SSケース(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。


サントス ドゥ カルティエ

サントス ドゥ カルティエ

カルティエ「サントス ドゥ カルティエ」
こちらも、カルティエ日本上陸50周年を記念した「サントス」の限定モデル。右に同じく、文字盤は下地を強く荒らしたグレー仕上げ。その上にエンボスでインデックスを残しラッカーで塗装している。必ずツヤを残すカルティエだが、日本限定の本作では徹底してマットな質感が追求された。ミニッツインデックスは文字盤ではなくクリスタル上に施されている。ゴールドモデルでも、ベゼルは筋目仕上げだ。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KYGケース(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。日本限定50本。

サントス ドゥ カルティエ クロノグラフ

カルティエ「サントス ドゥ カルティエ クロノグラフ」
モノトーンを強調した、カルティエ日本上陸50周年記念モデル。文字盤がインデックスを含めてグレイン仕上げに改められたほか、ミニッツカウンターも風防裏からの印字に改められた。ベゼルをサテン仕上げにすることで印象はよりソリッドだ。自動巻き(Cal.1904CH MC)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径43.3mm、厚さ12.4mm)。10気圧防水。日本限定220本。

サントス デュモン

カルティエ「サントス デュモン」
こちらは文字盤とケースにカーキ色を施した試み。インデックスも珍しくアラビア数字だ。ケースにラッカーを埋め込むのは、もはやカルティエのお家芸と言える。手巻き(Cal.430MC)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。Ptケース(縦43.5×横31.4mm、厚さ7.3mm)。3気圧防水。世界限定200本。

サントス デュモン

カルティエ「サントス デュモン」
ブルーラッカーをあしらったモデル。SSモデルは受注中止だが、18Kゴールドモデルはまだ製造されている。理由は、ゴールドのほうがラッカーの歩留まりが良いため。手巻き(Cal.430 MC)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KPGケース(縦43.5×横31.4mm、厚さ7.3mm)。3気圧防水。予価245万5200円。9月発売予定。


インタビュー:カルティエの文法とはエッセンシャルな造形とバランス感覚だ

ピエール・レネロ

Pierre Rainero(ピエール・レネロ)[カルティエ/イメージ スタイル&ヘリテージ ディレクター]
1958年、フランス生まれ。パリ経営大学院で学位を取得後、オグルヴィ・アンド・メイザーを経て、84年に広告部門のディレクターとしてカルティエに入社。イタリアでマーケティングとコミュニケーション ディレクターを務めた後パリに戻り、各部門のディレクターを歴任。2003年からはイメージ スタイル&ヘリテージ ディレクターとして、カルティエのクリエイションスタイルを統括する。

 近年、傑作の見直しに取り組むカルティエ。それを支えてきたのがイメージ スタイル&ヘリテージ ディレクターのピエール・レネロだ。しかしそもそも、これはどういう仕事なのか?

「私の中心的な使命は、カルティエのスタイルを継承させていくことです。ですから、新しいモデルが出たときやモデルチェンジするときは、そのデザインを確認します。またスタイルがどのように生まれ、どのように進化してきたかを分析することで、ヘリテージとコンテンポラリー・ストーリーを結びつけるのです」

 では20年にわたってこの仕事を続けてきた彼は、カルティエのスタイルにどんな「文法」を見つけてきたのか?

「文法と言ってくれて、うれしいですね。というのも私は、カルティエ・スタイルを言語と見なしているからです。言語にはボキャブラリーと文法があり、文法は永続的なもの。カルティエの文法とは、ピュアというよりエッセンシャルな造形であり、色や素材で遊ぶバランス感覚ですね。また文法には原則が伴います。それは美しくあること、そして使う人に対する好奇心ですね。というのも、カルティエの時計は使うものですから」。ではそんな彼の知見は、今年の新作にどう結びついたのか。

「好例は新しい『リフレクション ドゥ カルティエ』でしょう。これは全くの新作ですが、ふたつのヘッドを持つブレスレットは、私たちのアーカイブにありました。そしてそのインスピーション源はアフリカのスーダンだったのです。違う時代、違う文化から持ってくるのがカルティエ流というわけですね」。もうひとつ彼が挙げたのは、超えること、だ。

「リフレクションは時計をブレスレットの別の断面に見せるというアイデアがありました。これは新しいものですね。また『ルイ・カルティエ』の力のあるデザインは、多彩なバリエーションを持てると定義しました。このモデルの外装は小さなパーツで構成されているので、違う色や素材で遊べますね。それもカルティエのスタイルであり、私の使命はキープ・オン・クリエイティングであることですね」

 しかし一方で、カルティエ プリヴェの「トーチュ」は昔とほぼ同じ造形だ。理由はなぜか?「トーチュの特徴とは、ふたつの丸い括弧があること。『タンク』はパラレルな直線があることですね。トーチュのボリュームは他とは違い、長くするとトノーになってしまう。そしてケースを大きくすると、エリプスになってしまう」。なるほど合点がいった。では、2024年の新作で最も印象深いものは何か?

「個人的には、『サントス デュモン』です。ラッカーのベゼルはエレガントで、色に自由がある。より言うならば、男性がエレガントに向かうフリーダムがそこにはあると思っています」。造形で他社を圧倒するカルティエ。こういう人が背後にいればこその伝統と革新なのだろう。


Contact info:カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-1847-00


カルティエ/プリヴェ Part.1


【対談動画】賀来賢人、初カルティエは傑作「タンク」。そんなタンクが持つ特異性について広田が徹底解説

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ついにカルティエの「タンク ルイ カルティエ」と「トーチュ」から、時計マニアを直撃するミニモデル登場

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