ウブロの最も先鋭的な実験台が、2010年に始まった「MPコレクション」だ。普通、こういったモデルの機構は量産版に転用されることが多い。しかしウブロはそのほとんどを、あえてレギュラー化してこなかった。理由は、開発の純度を高めるため。加えて、マニュファクチュールピースというコレクション名が示す通り、ウブロは内外装の仕上げも、ハイエンドにふさわしいものを盛り込んだ。その最新作が、垂直に動くウエイトで自動巻きを巻き上げるMP-10である。その機構と作りを見れば、ウブロが「時計製造の未来への扉を開く」と語るのも納得だ。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]
ウブロの理想主義を貫く、かつてないトゥールビヨン
華かなパブリックイメージのあるウブロだが、実のところ、プロダクトに対する姿勢はかなり真摯だ。なにしろ、かのジャン-クロード・ビバーが関わったブランドなのだ。物作りがしっかりしているのは当然だろう。その象徴とも言えるのが、「MP」で始まる一連の複雑時計だ。マニュファクチュールピースと称するだけあって、デザインはもちろん、搭載する機構もレギュラーモデルとは一線を画している。
ウブロのMPコレクションは2011年の「MP-01」に始まる。このコレクションは当時、会長だったビバーの「より多くのウォッチメイキング技術、より多くの熟練技、そしてより多くの革新」という言葉を正しく反映するものだった。事実、トノーケースを持つMP-01のムーブメントは、完全に一から開発されたモノプッシャークロノグラフだったのである。しかもパワーリザーブは約8日間。
翌年ウブロは、3つの時刻表示を持つ「MP-03」を発表し、13年には約50日ものパワーリザーブを持つMP-05 フェラーリと、アンティキティラにインスピレーションを受けた「MP-08 アンティキティラ サンムーン」をリリースした。そのMP、つまりマニュファクチュールピースの最新作が「MP-10 トゥールビヨン ウエイト エナジー システムチタニウム」である。
現在、ウブロは多軸トゥールビヨンを量産できる数少ないメーカーのひとつである。17年の「MP-09 トゥールビヨン バイアクシス」に始まる多軸トゥールビヨンの歴史は、結果としてこれを搭載するMPコレクションのデザインを大きく変えることになった。かつては平面状だったケースが、2軸トゥールビヨンを格納できる、立体的なデザインへと進化したのである。もっともこれは、ウブロが成熟し、優れた外装を持てるようになったことも大きな理由だろう。
MP-10からはお家芸となった2軸トゥールビヨンがあえて省かれている。しかし、2軸トゥールビヨンが進化させた立体的な造形は一層強調され、文字盤や針、そしてローターの代わりに、 ローラーディスプレイと筒状のパワーリザーブ、ふたつのリニアウエイトによる両方向巻き上げ自動巻き機構が搭載された。その極端に野心的な構成を見れば、当時のCEOだったリカルド・グアダルーペが「今後は、MP-10の〝誕生前〞と〝誕生後〞という言葉で語られることになるでしょう」と述べたのも納得がいく。
このモデルにはさまざまな機構が盛り込まれているが、最も重要なのは垂直方向に移動する巻き上げ用のウエイトだ。こういった試みはすでに存在するが、ショックアブソーバーを内蔵し、巻き上げ時の衝撃を抑えたのが大きな違いだ。また、時分を表示するローラーディスプレイだけでなく、斜めに配置したトゥールビヨンキャリッジの外周にも秒表示を加えることで、一目で時刻が確認できるようになった。つまり、極め付きにユニークだが使える腕時計になっているわけだ。
2024年発表のMP-10は傾斜したトゥールビヨンを搭載し、デザインと機構のユニークさを強調した野心作となった。巻き上げからトゥールビヨンまで直線状に配置された輪列は類を見ないもの。ふたつのウエイトで巻き上げる「リニア」な自動巻き機構の感触も極めてスムーズだ。自動巻き(Cal.HUB9013)。66石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。Tiケース(縦54.1×横41.5mm、厚さ22.4mm)。3気圧防水。世界限定50本。3767万5000円(税込み)。
外装も同様に凝っている。「外観は、ようやくムーブメントと同じくらい洗練されたデザインになりました」とウブロが述べる通り、MP-10のケースは、3D状にくりぬいたサファイアクリスタルをチタン製のケースで支え、さらに裏蓋でも保持するというかなり複雑なものだ。しかも部品の噛み合わせは、こういった少量生産のものとは思えないほど良好なのである。11年のMP-01以降、ユニークなムーブメントを打ち出してきたMPコレクションは、近年外装のレベルも大きく引き上げられた。その象徴が「(外装が中身と)同じレベル」のMP-10と言えるのではないか。
筆者が見た限り、この野心作が載せる機構や部品に汎用性はまったくない。つまり、定価3700万円超えの腕時計を50本作っても、ウブロはペイしないだろう。加えて言うと、そのデザインも既存のモデルとはまったくつながりがない。しかしあえて作るのが、ウブロのウブロたる所以ではないか。これほどの時計ならば、確かにマスターピースとして歴史に残るに違いない。