時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2024。「外装革命」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載していく。今回は、超複雑時計の記録を自ら更新する「レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーション」を打ち出しつつ、既存コレクションの新作モデルで著しい外装進化を見せる、ヴァシュロン・コンスタンタンである。
鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
ヴァシュロン・コンスタンタンの2024年
2024年4月に発表した「レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーション」で、超複雑時計の記録を自ら更新したヴァシュロン・コンスタンタン。これまで再現不可能と思われていた中国暦の永久カレンダーを実現させ、「Ref. 57260 」の系譜に連なる63機能を搭載した本機は、歴史に残る快作だ。「オーヴァーシーズ」のグリーンダイアルは、ダイアル製造の複雑さと洗練度を一段上のレベルへと押し上げた。
更新された超複雑機構の記録と、外装設計に盛り込まれたさらなる洗練
久しぶりのお披露目となった「コレクション・エクセレンス・プラチナ」の新作。手巻きトゥールビヨンとモノプッシャー・クロノグラフの複雑な組み合わせに、ソリッドな質感のプラチナ製ダイアルが美しく映える。手巻き(Cal.3200)。39石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約65時間。Ptケース(直径42.5mm、厚さ11.7mm)。3気圧防水。世界限定50本。要価格問い合わせ。
今年のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブにおける最高殊勲賞は間違いなくヴァシュロン・コンスタンタンだろう。何しろ、あの「Ref.57260」を凌駕するグランドコンプリケーションの超大作、「レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーション」をブースに掲げたのだ。そこに搭載された63機構は、現時点における「世界で最も複雑な時計」。同社は現代における、超複雑機構開発の1位と2位を独占したのだ。詳細は「ヴァシュロン・コンスタンタン 9年ぶりに更新された“世界一複雑な時計”」をご覧いただくとして、中国暦の永久カレンダーを実現したという一点だけでも時計史に残る快挙。これまではほぼ非公開だったキャビノティエ(同社ビスポーク工房)の顧客の名を、あえてモデル名に加えているあたり、往年の名作であるパッカードウォッチやヘンリー・グレーブスウォッチを相当に意識していることが窺えて思わずニヤリとさせられる。
既存コレクションの新作に目を移すと、やはり外装、特にダイアル表現の進化が著しい。そもそもヴァシュロン・コンスタンタンというメゾンは、伝統的な手法を最も大切にする反面で、多くの新しい手法も試みてきた。例えば、今年「オーヴァーシーズ」に採用されたグリーンダイアルはその好例だ。製品開発を統括するクリスチャン・セルモニは、「グリーンは伝統的な色ではない」としながらも、そこにブルーと同等、あるいはそれ以上の仕上がりを求めた。基本的にはオーヴァーシーズであるから、ガルバニックで下地を作り、半透明ラッカーを吹き重ねて研磨する手法は変わらないが、よりメゾンらしいグリーンとは何かを追求していった結果、ややグレー味を帯びた現在の色調に落ち着いたという。 (鈴木裕之)
グリーン文字盤の基本工程はブルーと同様だが、下地にサーキュラー装飾を入れたインダイアルを備えるクロノグラフでは、より表情豊かに。昨年から刷新されたインターチェンジャブル機構も使いやすい。自動巻き(Cal.5200)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約52時間。18KPGケース(直径42.5mm、厚さ12.67mm)。15気圧防水。1179万2000円(税込み)。
昨年、「トラディショナル」コレクションでグリーンを発表しているが、オーヴァーシーズ用の新色ダイアルは、それとは色味と製法を変えている。18KPGケースに合う洗練されたグリーンを追求した結果、ややくすんだグレイッシュな色味に落ち着いた。自動巻き(Cal.5110 DT)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPGケース(直径41mm、厚さ12mm)。15気圧防水。1126万4000円(税込み)。
オーヴァーシーズに新たに加わったオールチタンの外装。限定モデルを除いて、通常コレクションへの採用は今回が初。インターチェンジャブルのフォールディングクラスプにもチタンが使用されている。ダイアルは象徴的な“オーヴァーシーズ・ブルー”だ。自動巻き(Cal.2160)。30石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約80時間。Tiケース(直径42.5mm、厚さ10.39mm)。要価格問い合わせ。
2004年の誕生から20周年を迎えた「パトリモニー」コレクション。その源流となった1950年代のプロダクトを尊重し、新たにアンティークシルバー調のダイアルが採用された。ストラップも新色のオリーブグリーンに。自動巻き(Cal.2460R31L)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KWGケース(直径42.5mm、厚さ9.7mm)。3気圧防水。734万8000円(税込み)。
パトリモニー本来のミニマリズムを体現する39mm径の2針モデル。ほんの少しだけスリム化されたケース(40mm→39mm)に、サンバースト仕上げのドーム型ダイアルを組み合わせる。ストラップカラーは新色のアジュールブルー。手巻き(Cal.1440)。19石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KPGケース(直径39mm、厚さ7.72mm)。3気圧防水。374万円(税込み)。
“ツイスト(遊び心)”の本質は古典と伝統に軸足を置きつつ現代性のギリギリを攻めること
今年は我々の想像を遥かに超える複雑時計の超大作「レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーション」をお披露目したヴァシュロン・コンスタンタンだが、ここ数年は、多彩なデザインアプローチが目立った。あからさまな新素材やコーティング技術などには常に一定の距離を置き、技術的には慎重なようでいて、コンセプトは大胆。各コレクションによってアプローチは微妙に異なるが、何が同社のデザイン性を貫くコアなのか?その問いに答えるのは、もちろんスタイル&ヘリテージ ディレクターのクリスチャン・セルモニだ。
1959年、スイス/ル・サンティエ生まれ。90年に営業管理マネージャーとしてヴァシュロン・コンスタンタンに入社し、96年から製造部門のリーダーを務め、買収したHDGを改組したVCVJで自社製ムーブメントの開発プロジェクトを牽引。2001年には最終的なプロトタイプやユニークピースにゴーサインを出す統括責任者となり、10年にアーティスティック・ディレクターに就任。17年より現職。
「我々のデザインには4つのエレメントがあると考えています。クラシカルで、エレガントで、洗練されていて、そこにときどきツイスト(遊び心)を加える。あくまでもこれが基本です。古典的なデザインや手作業の伝統を守りながら、そこに現代的なエッセンスを加えてゆくのです」
しかし近年では、TiケースやNACコーティングなども、マスターラインコレクションに盛り込むようになっている。これは決して伝統的な素材や手法ではないはずだ。
「NACコーティングなどは、デザインの最終調整として用いています。例えばトラディショナルのオープンフェイスモデル(トゥールビヨン・レトログラード・デイトやコンプリートカレンダー)は、スケルトナイズのモダンさを手仕上げで表現することが主眼で、NACコーティングはその最終調整でしかありません。2019年のトラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダーを覚えていますか?あのモデルは、ケースやムーブメントの仕上げは伝統的なものでした。しかし、そこに盛り込まれたツインビート(2種類の振動数を選べる)の技術やトリートメントは現代的です。両者の関係性から生み出される緊張感が、何よりも大切なのです」
どこまでの現代化を許容するのか?その線引きは極めて難しい課題だ。
「伝統を現代にマッチさせること。その限界を手探りしている状態です。しかし、その限界がメゾンのスタイルになるのです。トレンドを追う必要はありません。我々にとっては、何年か後にどう見えるかが大事です」
近年ではNACグレーに続いて、グリーンも積極的に採用しているようですが?
「グリーンは興味深い色です。しかしながら採用するのであれば、オーヴァーシーズを象徴するブルーに引けをとらない、最高のグリーンでなければなりません。今年はオーヴァーシーズのゴールドケース専用に新しいグリーンを開発しましたが、突き詰めていったらグレーに近い色になりました。これはトラディショナルに使ったグリーンとは異なるレシピによるものです」
セルモニが近年よく口にする〝ツイスト〞の本質。あくまでも高級時計の伝統に軸足を置くからこそ、限界ギリギリを攻めたツイストが活きるのだろう。