2024年10月、G-SHOCKの最高峰シリーズであるMR-Gから限定モデルとなる「MRG-B2000JS」がリリースされた。本作はオリジナルの日本刀「重力丸・燦(じゅうりょくまる・さん)」をモチーフとした時計で、重力丸のネーミングを冠するモデルが発売されたのは実に5年ぶりのこと。その作風は前作から一転、ベゼルに施された独特なパターンが目を引くインパクトの強い内容となっているが、実際に手にしてみると意外なほどにアクの強さは感じられず、むしろ日常的に着用しやすい、デザインバランスのいい時計であることを実感する。
Photographs & Text by Yuzo Takeishi
[2024年12月13日公開記事]
モチーフはMR-Gのために製作されたオリジナルの日本刀
2015年以降、MR-Gは日本の伝統的意匠を取り入れたモデルを積極的にリリースするようになった。現行のラインナップでは、“赤備え”のカラーをまとった「MRG-B2000B-1A4JR」や“勝色”を採用した「MRG-B2000B-1AJR」がその代表的な作品に挙げられるが、こうしたデザインを取り入れた時計のひとつとして2018年に発表されたのが「MRG-G2000HA」だ。このモデルは刀の鉄鐔(つば)を想起させるベゼルのデザインを特徴とするが、単に日本の伝統的な要素を取り入れるのではなく、時計そのものにストーリー性を持たせるため、カシオは刀匠の上山輝平氏に日本刀の製作を依頼。こうして誕生したのが、MR-Gのために特別製作されたオリジナルの日本刀「重力丸」である。
2019年には、同じく重力丸をテーマとする「MRG-G2000R」を発売するが、このモデルも刀を納める鞘をモチーフにするなど、これまでの作品はいずれも刀の拵え(こしらえ)をインスピレーションソースとしていた。そこで刀身そのものにもフォーカスするべく製作されたのが、今回インプレッションした「MRG-B2000JS」だ。ベゼルに施された大胆な模様は、上山氏がイメージする重力丸の刃文のパターンを表現したもの。この特徴的なデザインをハイライトとしながら、ブレスレットには伝統工芸士・野村守氏が手掛けた鞘に着想を得た青貝のテクスチャーを施すなど、随所に重力丸・燦のデザインエレメントが盛り込まれた、存在感たっぷりの時計に仕上がっている。
タフソーラー。フル充電時約26カ月駆動(パワーセーブ時)。Tiケース(直径49.8mm、厚さ16.9mm)。20気圧防水。世界限定800本。110万円(税込み)。
ブラックの外装に馴染む先鋭的な意匠
目を引きつけるデザインエレメントはそれだけではない。ブルーグレーのAIP(アークイオンプレーティング)でコーティングしたセンターケースには再結晶模様が浮かび上がり、ダイアルには重力丸・燦の柄に施されている菱巻柄を表現。またMRG-B2000シリーズの他モデルと同様、インデックスには刀の反りを思わせる緩やかなカーブを設け、ダイアルの外周には扇/屏風をイメージしたカット面も施している。いずれも、本作のコンセプトを明確にするエレメントであり、G-SHOCKの製造で培ってきたカシオの先進技術なくしては作り得ないディテールなのだが、あまりにもデザイン要素が多いため、初めて本作のビジュアルを目にした時は、さすがに装飾過多ではないかとも感じていた。
ところが実物を手にしてみると、それまで抱いていたイメージは一変した。刃文のパターンや青貝テクスチャー、菱巻柄といった個性的な意匠はブラックの外装に馴染み、ときおり時計に強い光が当たると、それぞれのエレメントがその表情を表すようにデザインされていたからだ。つまり、一見した限りはローズゴールド色のアクセントがついたマッシブなフルブラックの時計。極端にアバンギャルドな印象はなく、日常的に着用しやすい1本と言える。
もちろん、時計を光にかざした時に表れる特徴的なデザインは実にユニークで、暇さえあれば眺めていたくなるほど。ベゼルに描かれているのは前述の通り、上山氏がイメージした重力丸の刃文なのだが、自然の岩肌のようにも感じられ、時計に力強い雰囲気を与えている。
一方の青貝テクスチャーバンドは、野村氏が細かく砕いた貝を並べたパターンをブレスレットのサイズに合わせてスキャンしたもので、さらにブレスレットの表面には微細な傷をつけ、光が当たった時に発色する構造色技術が使われているという。一定の角度で入射した光にしか反射しないため、テクスチャーが放つ煌めきは実に控えめ。躍動感のある刃文のパターンとは対照的に、ブレスレットからは静謐で上品な雰囲気が感じられるバランスの良さも見事だ。
G-SHOCKの他モデルと同様、装着感には徹底した配慮が
肝心の装着感だが、直径は49.8mm、厚さは16.9mmと、小径モデルが増えつつある現在において、本作はかなりのビッグサイズだ。しかしケースとベゼルはチタン、ブレスレットにもチタン合金のDAT55Gが使われているため、公称値は154gだが、着用時は数値よりもグッと軽く感じられる。しかもブレスレットの可動域も大きいため、筆者の細い手首にもしっかりとフィットするなど着け心地は快適。G-SHOCKの他モデルと同様、カシオが装着性に配慮したデザインを行なっていることは、このモデルでもしっかりとうかがえる。
さらに本作は、視認性も申し分ないレベル。前述した菱巻柄のパターンや扇/屏風をイメージした外周のカット面に加え、3つのインダイアルとデイト表示を備えるなど、ダイアルの構成要素はかなり多いのだが、存在感のあるシルバー色のインデックスと太い時分針を備えることで、現在時刻の判読性は十分に確保されていると言えるだろう。また7-8時位置の第2時刻表示もリングをゴールド色に色分けすることで読み取りやすくしている。独創的なデザインばかりがフォーカスされてしまいそうな時計ではあるが、快適な装着感や高い視認性など、その実用性は確かだ。
伝統と先進の技術を結集させたハイエンドピースの新しい姿
さて、インスピレーションソースとなった重力丸・燦だが、この「燦」の一字は重力丸の刀身が輝く様と青貝の装飾が施された鞘から付けられたものだという。そこで本作では上山氏自ら、ケースバックに燦の文字を刻印。光が適切に当たることで浮かび上がる外装の意匠を含め、ケースバックの刻印もまた、このモデルを手にしたユーザーだけが楽しめる特別なエレメントだ。こうした、日本の伝統的意匠をモチーフとしたMR-Gは海外での評価も高いと聞くが、銘切りというエレメントもまた、海外の愛好家に支持されるのではないだろうか。
エッジの効いたエレメントを随所に取り入れてはいるが、決してそれらを強調するのではない、まさに攻守のバランスが取れたデザインからは、G-SHOCKで多様なチャレンジを試みてきたカシオの技術力とセンスが感じられる。価格は税込み110万円と高級機械式時計に比肩するレベルだが、名だたる刀匠や伝統工芸士が製作に深く関わっているうえに、外装には先進的な技術がふんだんに盛り込まれていることを踏まえれば、決して高すぎる価格設定ではないとも考えられる。しかもタフソーラーとBluetooth連携機能によって時刻の正確さは群を抜いているのだから、いくつかの高級時計を手にしてきた愛好家が次に選ぶ1本としては大いにアリだ。