スイス時計協会FHはご存知ですか?時計に関する唯一無二の業界団体にアクセスしてみませんか?

一般的な知名度は残念ながらゼロに近い。だが略称FH、正式名称を「スイス時計協会」という名前は時計業界、特にスイス製の高級時計関連の仕事をしている方ならご存じだろう。今回は、筆者がスイス時計フェアの取材を始めた1995年から長年お世話になっている、貴重な時計に関する重要な、そして唯一無二の業界団体とそのサービスについてご紹介する。webChronosの読者のみなさんにはぜひ知っておいていただきたい団体だ。

これがスイス時計協会FHのトップページである。
https://www.fhs.jp/jpn/homepage.html
渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
[2024年12月14日公開記事]


時計に関する唯一の公的データを提供

 スイス時計協会FHは、2024年に60周年を迎えたスイス時計産業の業界団体である。現在の「スイス時計協会FH」になったのは1982年、スイス時計製造業者連盟とスイス時計商工会議所が合併したとき。その目的は、スイス時計とその産業の振興。加盟社やその法的利益の保護。さらに、その魅力を世界に発信すること。加盟しているのは時計ブランドから部品メーカーなど時計業界の関連企業約500社だ。基本的に一般の人をメインターゲットにしてはいない、時計業界のための団体なのだが、それでも時計好きのみなさんにぜひFHに注目していただきたい大きな理由がふたつある。

 ひとつはFHがスイス時計に関する輸出入の、唯一無二の公的な統計データを発表している団体だということ。しかも、そのデータが毎月提供されている。これはつくづく凄いことだ。なぜならスイス時計に関する公的なデータはこれ以外にはない。

(左)毎月発表されるスイスから世界の主要マーケットへの時計輸出データ。日本語に翻訳されていて、ページ内で過去のデータ検索も可能だ。
(右)こちらは「統計データ」のページ。過去の詳細なデータも掲載されている。なお、ここで発表されている数字は「スイスでの工場出荷価格」ベースで、小売価格ベースではないことに注意したい。なお、工場出荷価格は小売価格の65%前後が一般的だ。

  時計業界の方ならご存じのように、時計関係のコンサルティング会社が世界的な金融企業とともに独自に調査し、発表している調査報告もある。これにはFHのデータでは分からない、ブランド別の売上高予測に基づくブランドランキングもあり、こちらのデータもとても貴重なものだ。

 だが残念ながら、公的な機関が発表しているデータではない。統計データは変わらぬ一定の基準で、しかも客観的な視点から作られているものでなければならない。そうでなければ、そのデータは「客観性」を欠き、その結果、信頼性を失ってしまう。対して、FHは設立以来、60年間にわたって客観的で信用できる公的なデータを提供してきたのだ。

 つまり、FHの発表データはスイス時計産業の現実を正確に反映した「歪みのない鏡」なのだ。このデータをしっかりと解読・解析すれば、スイス時計産業の過去・現在を読み解き、未来も考察することができる。しかも無料。だから、時計業界について客観的なデータを知りたい方は、まずFHのデータをチェックすることをオススメする。

 そしてもうひとつ、オススメしたい理由は、FHのオフィシャルサイトには、英語、ドイツ語、フランス語の3カ国語で無償提供されている「時計辞典」コンテンツがあるからだ。この辞典はオンラインで、またスマートフォンのアプリケーションとしても使うことができる。

(左)時計用語辞典のコンテンツ。「ホーム」→「専門用語解説集」の「電子版はこちらからご利用いただけます」のリンクからアクセスして検索可能だ。図解もあって詳しい。
(右)スマートフォンの専用アプリケーション(写真はiPhone用)。英語、ドイツ語、フランス語だが、「日本語用語集」という簡単な解説ページも用意されている。

『図解時計学専門用語辞典』(Dictionnaire professionnel illustré de l'horlogerie)として、1961年に作られたこの辞典は編纂者のG.-A.ベルナー(G.-A. Berner)にちなんで、時計業界では「ベルナー辞典」と呼ばれている。2023年にも更新されて、6000以上の項目があるので、気になる方にはぜひその閲覧をオススメしたい。


スイス製ウォッチの品質を守る、偽造品の撲滅活動

 では、スイスの時計産業の現状を取りまとめ、公的なデータを発表し、時計辞典を提供している以外に、FHはどんな活動を行っているのだろうか? 実は、時計産業全体、さらに消費者や時計愛好家にとって重要な活動が3つある。ひとつは、スイス製時計の「スイス製」というラベルの維持だ。具体的には偽造時計の摘発による「スイス時計の価値を守る」活動である。

 日本の税関で、帰国時に水際で摘発が行われることもあり、今は海外でスイス時計の偽造品を偽造品と知りながら購入して来る人はほとんどいないだろう。だが2000年以前は、残念なことだが、こうした時計を価格が手頃だという理由で海外旅行の「お土産」にしてしまう人もいた。筆者が出版社に勤務していた1994年に「ポスト・ロレックスを探せ」という記事を作ったとき、ロレックスの偽物を告発の意味で掲載したが、何と編集部に「あのコピー品が欲しい。どこで売っているの?」という問い合わせが来て呆れてしまったことを思い出す。

スイス時計協会FH会長を21年間も務めて2023年末で退任したジャン・ダニエル・パッシュ氏。

 FHは偽造時計の摘発や消費者に対する啓蒙活動を通じて、こうしたコピー品を撲滅することで「スイス製時計」の価値と信用を守る活動を行っている。その結果、日本ではこうした偽造時計が、例えば有名ディスカウントストアで大っぴらに公然と売られているようなことはほとんどなくなった。残念ながらネットでは「スーパーコピー品」がまだ出回っているけれど。ただ世界的には中国をはじめ各国でこうした製品が作られて日本以上に流通している。FHはそうした国々の政府などに働きかけて、偽造品の告発、取締要請や、一般消費者への啓蒙活動も行っているのだ。

 ふたつめの活動は、時計業界を代表する団体として、時計における工業規格の「標準化」の主役を担っていることだ。標準化は、時計産業の発展、具体的には国境を超えて世界における時計の品質維持と進化には欠かせない。

 そして3つめが、自由貿易協定のような、スイス時計業界や消費者にとって利益になる国際協定を実現するためのさまざまな活動だ。時計に対する関税については各国政府にさまざまな思惑、事情があるために一概に「悪」とは断言できない。また、輸出国が時計製造技術の移転を阻止するために、工作機械の輸出を禁止したり制限したりするケースも歴史的に少なくないからだ。

2024年から会長に就任したイヴ・ブグマン氏。ジャン・ダニエル・パッシュ氏ともに法務の専門家だ。

 だが消費者の視点から見ると、また国際交流が基本的に自由な現代では「できれば自由貿易が望ましい」と言える。現在、スイス時計の輸入関税は事実上撤廃されていて、20万円以下の時計は無税で、20万円を超える時計に関しては消費税(と地方消費税)がかかっているだけだ。

 さらに日本とスイスは、貿易及び投資の自由化及び円滑化、自然人の移動、電子商取引、知的財産等の幅広い分野での協力について経済連携協定(JSFTEPA)を締結していて、2009年9月1日に発効している。日本が初めて欧州の国と締約した協定であり、これは消費者の立場からは望ましいことだ。

 またこの協定から、日本とスイスはヨーロッパ市場で、経済の面で特に親密な関係にあることが分かっていただけると思う。2024年に160周年を迎えた両国の関係は、長く特別なものなのだ。


スイス時計の魅力をアピール

 そして、さらにもうひとつ、FH(の東京センター)は、日本の消費者を対象にした、スイス時計に興味を持つ人にぜひ知ってほしい魅力的な活動を展開している。それがスイス時計産業のプロモーション活動だ。

 そのひとつが体験型のエキシビション「WATCH.SWISS(ウォッチ・ドット・スイス)」である。内蔵されたパネルに触れながら、スイス時計に関する7つのテーマ(スイス、スイス・メイド、歴史、デザイン、精密、製造、複雑時計)について、クイズ形式で学ぶことができる。また、タッチスクリーン型の「ワークベンチ」では、機械式時計のムーブメントの組み立てを簡単にバーチャル体験することができる。百貨店の時計フェアでコーナー展開されることがあるので、お近くの百貨店の時計フェアでこの展示があったらぜひご覧になることをオススメする。

「ウォッチ・ドット・スイス」の展示。手前が機械式時計のムーブメントの組み立てをバーチャル体験できる「ワークベンチ」である。

たちで、スイス時計産業の歴史を巡る旅“スイス・ウォッチ・ツアー”という企画も開催された。ご興味のある方は、2025年以降も同様の企画があるかもしれないので、今後に期待しよう。

 みなさんが敬愛し、愛用するスイス製時計の背景には、こうしたスイス時計協会FHの活躍がある。時計業界の方々はもちろん、webChronosをお読みのみなさんには、ぜひこのことを知っておいてほしいと思う。


ジュネーブ・ウォッチ・デイズは“W&WGにはない魅力”がたっぷり! 熱い時計愛好家は見逃せない!?

FEATURES

2024年3月のスイス時計輸出額が前年同月比マイナス16.1%の衝撃!

FEATURES

スイス時計産業の歴史を辿る唯一無二の旅、「スイス・ウォッチ・ツアー」が開催決定!

NEWS