日本、そして世界を代表する著名なジャーナリストたちに、2024年に発表された時計からベスト5を選んでもらう企画。今回は大学教授であり、『ロレックスが買えない』(CCCメディアハウス)、『腕時計一生もの』(光文社新書)などの著者としても知られる並木浩一が、時計業界に浸透してきた「クワイエットラグジュアリー」に注目しつつ、5本を選出した。なお、この5本に順位はない。
パテック フィリップ「CUBITUS」
小生も含めて誰もが驚いた、角形の新コレクション誕生。水平エンボスパターンにノーチラスの面影を見せながら全く異なるフォルムが新鮮だ。上質な仕上げ、そして先進的な技術。装着の心地よさはただ肌の接触からくるものではない。
自動巻き(Cal.26-330 S C)。30石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SSケース(10時~4時の直径45mm、リュウズを含む9時から3時の幅44.5mm、ラグとラグの長さ44.9mm、厚さ8.3mm)。3気圧防水。653万円(税込み)。(問)パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター Tel.03-3255-8109
ヴァシュロン・コンスタンタン「パトリモニー・マニュアルワインディング」
フランス語でいう「ル・クワイエット・ラグジュアリー」の極致。シンプルな線と図形の構成でどれだけの完成度を描けるのかという自らの問いに答えている。手巻き2針の切り詰めた機能が、時計のピュアな存在感を際立たせる。
手巻き(Cal.1440)。19石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KWGケース(直径39mm、厚さ7.72mm)。3気圧防水。374万円(税込み)。(問)ヴァシュロン・コンスタンタン Tel.0120-63-1755
ブレゲ「クラシック 7787」
ゴールドに倍以上の価格差をつけられた今だからこそ、プラチナの高貴さを純粋に楽しめる。投機の対象にはならないノーブルな白色貴金属と、“グラン・フー”エナメルの組み合わせはこの上なく上品で、ムーンフェイズも映える。
自動巻き(Cal.591 DRL)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。Ptケース(直径39mm、厚さ10.3mm)。3気圧防水。716万1000円(税込み)。(問)ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211
フランク ミュラー 「グランド カーベックス・マスタージャンパー」
クォーツお家芸のディジット表示を本歌取りし、しかも縦一直線のレギュレーター・スタイルという離れ技。「完全デジタル表示機械式時計」で、フランク ミュラーはクォーツとメカの二項対立のはるか上に昇ってみせた。
手巻き(Cal.FM3100C1)。49石。2万1600振動/時。Ptケース(縦55.7×横38mm)。日常生活防水。1760万円(税込み)。(問)フランク ミュラー ウォッチランド東京 Tel.03-3549-1949
シャネル「J12 クチュール ワークショップ オートマタ キャリバー6」
高度なオートマタのテクノロジーを、ファンタジーのためだけに使う。ラグジュアリーを極めたブランドだからできる作風は、技術と技法の傑作だ。アトリエから生まれたシャネルのモードの原風景に、自ら立ち返ったエスプリに拍手。
手巻き(Cal.6)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。高耐性ブラックセラミックケース(直径38mm)。50m防水。世界限定100本。要価格問い合わせ。(問)シャネル(カスタマーケア) Tel.0120-525-51
総評
「クワイエット・ラグジュアリー」な時計が気になる年だった。
このトレンドに注意しはじめたのは2023年7月、フランス語電子版「フォーブス」に掲載されたベルナール・ジョマールの記事を読んでからだ。いわく「Y世代とZ世代の一部は現在このトレンドに特別な熱意を示し、仰々しさよりも地味さを好む最高級ブランドへお金を使っている」。経済通のジョマールが珍しく前のめりに語っている気がしたのだが、ほんとうに腕時計にもひろまった。
言葉自体も翌2024年の3月にはフランス語の世界最高権威、アカデミー・フランセーズが記事で取り上げた。英語の新語にフランス語が毒されないための防波堤の役割があるアカデミーは、どうこの言葉を言い換えるのか。「エレガンス・ディスクレート」もしくは「シャルム・ディスクレ」にしたいようだが、どうも英語のままのほうがしっくりくる。
じぶんでは6月に読売新聞に寄せたコメントで、はじめてこの言葉を使ってみた。今年のジュネーブ時計グランプリから新設された「タイムオンリー」にもっとも近い概念ではないか、と。
先のアカデミーの記事には、こんな逸話が添えられていた。「前世紀の初め、ある領主が議会出席を終えて帰宅すると、使用人にスーツを燃やして処分してくれと伝えた。使用人はこの奇妙な行動の理由を主人に尋ねた。彼は、そのスーツがとてもエレガントだと言われたので燃やしてほしいのだと答えた。 彼にとって真のエレガンスは、決して気づかれるべきものではないのだ」。
選者のプロフィール
並木浩一
時計ジャーナリスト、桐蔭横浜大学教授。専門分野はメディア論、表象文化論、日本語教育、行政書士法、旅行業法。1990年代より、高級時計の取材を国内外を問わず続ける。著書に『ロレックスが買えない』(CCCメディアハウス)、『腕時計一生もの』(光文社新書)等。