2024年に発表された新作時計の中から、時計のプロがベスト5を選ぶ企画。今回はジュエリー/ウォッチジャーナリストの本間恵子が選んだ5本を紹介する。一部のセレブによって首や足首に着用されるなど、ハイジュエリーウォッチの在り方が変わりつつある2024年を象徴するような、一見時計とは分からないようなモデルが多く選出された。なお、5本の時計に順位はない。
エルメス「エルメス カット」
新しいレディースウォッチを作るにあたって「エルメス H08」という非常に良くできたメンズウォッチを小さくするのではなく、「エルメス カット」を作り上げてしまうところにメゾンの矜持とこだわりを感じる。欲しい時計として推す。
自動巻き(Cal.エルメス・マニュファクチュールH1912)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径36mm)。10気圧防水。102万4100円(税込み)。(問)エルメスジャポン Tel.03-3569-3300
カルティエ「ポリモルフ」
ビス、クギに続いてカラビナが豪華にデザインされた。ペンダントとして使うのもいいが、ルビーを配したリング状のパーツを動かせばカラビナを開閉できるので、デニムのベルトループに通して着けたりするとひたすらかっこいい。
クォーツ。コレクターズピース。(問)カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-301-757
シャネル「プルミエール サウンド」
時計が時計の形をしていなくてもいいじゃないかという試みは、これまで多々なされてきたが、これには本当に驚いた。もはや時計が付いている意味がない。そのことによって、時計のデザインとは何かを考えさせられてしまった。
クォーツ。SSケース(縦26.1×横20mm、厚さ7.65mm)。30m防水。253万円(税込み)。(問)シャネル(カスタマーケア) Tel.0120-525-51
ショパール「ラグーナ ハイジュエリー シークレットウォッチ」
実は現物をまだ見ていないのだが、これは間違いなくスゴいやつ。まるで人魚のブレスレットだ。ショパールはハイジュエリーに陽極酸化したチタンをよく使うのだが、この時計でもカラフルなチタンがものをいっている。
クォーツ。18KRG✕18KWG(直径16mm、厚さ9mm)。ユニークピース。(問)ショパール ジャパン プレス Tel.03-5524-8922
ヴァシュロン・コンスタンタン「エジェリー・ムーンフェイズ」
なぜかレディースウォッチには妙に生々しい色や子どもじみたパステルカラーが多くなりがちなのだが、この「モーヴ色」を見て久々に溜飲が下がった。少しくすんだような、それでいて濁っていない、きれいめニュアンスカラーを待ち望んでいた。
自動巻き(Cal.1088/1L)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPGケース(直径37mm、厚さ10.08mm)。642万4000円(税込み)。(問)ヴァシュロン・コンスタンタン Tel.0120-63-1755
総評
今年はテイラー・スウィフトが腕時計をチョーカーネックレスに仕立て直したり、リアーナが足首にブレスレットウォッチを巻いたりして、ファッションシーンでは時計が手首の定位置から飛び出した。高級時計というアイテムが記号化し、宝石と同等になったのだと思う。つまり、従来なら稀少な大粒の宝石が入るべき位置に、記号としての宝石である時計があしらわれるようになってきた。
カルティエのカラビナ形ウォッチ、シャネルのネックレス一体型ウォッチも、そう考えるとつじつまが合う。今年はソートワール(ロングペンダント)形ウォッチも、いくつかのマニュファクチュールで散見された。時計が腕時計のテイを成していないデザインは、これまでにも「こんなの作っちゃいました」系のギミックとしていろいろ作られてきたが、良質なジュエリーとして仕立てれば、単なるギミックではなくハイファッションの一部として受け入れられるのだ。
来年は、1925年にパリで開催された通称「アール・デコ博覧会」からちょうど100年。アール・デコの潮流は時計にもジュエリーにも多大な影響を与え、一時代を作り上げた。この頃のジュエリーウォッチのデザインは今見てもモダンで、心が浮き立つような華やかさがある。ということで、来年はこの黄金期を振り返ったアール・デコ風ジュエリーウォッチがいくつか出てきて時計界を賑わせると思うのだが、はたしてどうなるか。
本間恵子のプロフィール
時計・ジュエリー専門ジャーナリスト。元ジュエリーデザイナーながら、紆余曲折を経て物書き業に転身。キズミと宝石用の高倍率ルーペを常に持ち歩く。『フィガロジャポン』や朝日新聞などで連載を持つ。