時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2024。「外装革命」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載する。今回は、「ユニークなドレスウォッチ」である「トリック」をはじめとした、パルミジャーニ・フルリエの発表モデルを振り返っていく。
鈴木裕之、広田雅将(本誌):取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Chronos Japan Edition(Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
再定義されたミニマルなエレガンス
「トンダ PF」の発表以降、独自の感性に裏打ちされたミニマルリッチスタイルを追求するパルミジャーニ・フルリエ。今年はブランドの原点とも言える「トリック」が、再解釈を加えてリニューアルされた。
華美ではないラグジュアリー感を目指した新しいエレガントウォッチ。手巻き専用ムーブメントはゴールド製地板と受けで構成される。デザインは完全刷新されたが、ひと目で「トリック」を想起させる手腕は見事。手巻き(Cal.780)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KRGケース(直径40.6mm、厚さ8.8mm)。709万5000円(税込み)。
(右)パルミジャーニ・フルリエ「トリック クロノグラフ ラトラパンテ」Ref.PFH951-2010001-300181-JP
微妙な中間色のブラウンダイアルを載せたスプリットセコンド・クロノグラフ。“シュヴェ”と呼ばれるボンベシェイプをさらに強調したダイアルには、より繊細な仕上がりが得られるハンドグレインが採用された。手巻き(Cal.PF361)。35石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KRGケース(直径42.5mm、厚さ14.4mm)。30m防水。2128万5000円(税込み)。
断面形状がΩシェイプを描くシュヴェダイアルは、従来のホワイトグレインよりも細かな仕上がりを得られるハンドグレインを採用。手巻き専用に再設計されたツインバレルのムーブメント(プティ・セコンドに搭載。おそらくベースはVMF3000系だが、輪列は完全新規設計とのこと)は、敢えて巻き止まりのない自動巻き仕様の香箱をそのまま残すことで、ユーザビリティにも配慮している。同社では「巻き上げ時の感触」も、巻き止まりナシのほうが優れていると考えているようで、確かに自動巻き仕様そのままのほうが巻き上げは軽くなる。
より洗練されたミニマリズムを追求するノンデイト仕様の2針モデル。バーリーコーンギヨシェが施されたダイアルには、ゴールデン・シエナと呼ばれるカラーを採用。微妙な中間色の使い方が実に巧みだ。自動巻き(Cal.PF703)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。Pt×SSケース(直径40mm、厚さ7.8mm)。100m防水。370万7000円(税込み)。
ミニマリズムの追求は「トンダ PF マイクロローター」の新作でさらに突き詰められ、ついにノンデイト仕様もお披露目された。
2022年に発表された「トンダ PF スケルトン」にPtケースが追加。ブレスレットもPt製のため、どっしりとした装着感が味わえる。ムーブメント仕様に変化はないが、ダイアル側のブリッジ類はすべてミラノブルーでコーティング。自動巻き(Cal.PF777)。29石。2万8800振動/時。Ptケース(直径40mm、厚さ8.5mm)。100m防水。1844万7000円(税込み)。
5月に正式発表されたクロノグラフのニューカラー。ダイアル外周とインダイアルの色を統一し、より引き締まった印象に。写真のロンドングレーの他、ミラノブルー、アークティックグレーの3色を展開。自動巻き(Cal.PF070)。42石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約65時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.9mm)。100m防水。440万円(税込み)。
パルミジャーニ・フルリエのCEOをインタビュー
端正なドレスウォッチの「トリック」を前面に押し出したパルミジャーニ・フルリエ。「トンダ PF」を大成功させた同社が、大きく舵を切り直すとは、正直予想外だった。もちろん、今年も同社はトンダ PFを拡充させた。しかし、2024年のメインは、間違いなくこの際立ってユニークなドレスウォッチだ。
若くて感度の高い人たちは再びクラシカルな装いに回帰しつつある
ルイジ・ボッコーニ大学で経営学士を取得後、ブルガリに入社。メンズウォッチのプロダクトマネージャー、ウォッチプロダクト全般の総括責任者を務めた後、マーケティングディレクターを経て、時計部門の責任者に就任。2021年からはパルミジャーニ・フルリエで現職。「トンダ PF」コレクションで同社を躍進させた彼は、今年ドレスウォッチの深掘りに挑む。
「トリックの話をするため、ちょっと男性ファッションの歴史を説明させてください。20世紀に入って懐中時計は腕時計に進化しました。しかし、スーツは黒、シャツは白という装いは変わらなかった。その後、素材などは変わったけれど、腕時計はフォーマルなものとして残った。しかし20世紀の終わりから21世紀の初頭になると、新しい経済が保守的な服装を変えました。アメリカのドットコム・バブルが好例ですね。この時代以降、人々はサヴィル・ロウのスーツではなく、Tシャツで仕事をするようになった。併せて時計はスポーツ的なアクセサリーに変わったのです」。しかし、この5年から6年の間で、大きな変化が起きつつある、とテレーニは語る。
「裕福な若い層は、ドレスアップに関心を持つようになってきました。100年以上続いてきた服装に戻りつつある。ただし着方は自由です。ですからスーツは着心地のよいものに進化したけど、縫いは以前に同じく良いし、若い人たちは、こういったノウハウへの憧れを持っている。そういう感度の高い人に勧められるのは、モードではなく、時を超えて美しいものでしょう」。こういう傾向は良いこと、とテレーニは話す。
「デザインやブランドを追いかけるのではなく、美しいものを長く持ちたいという要望が見られるようになった。スーツもいいものを買えば長く使えますね。時計も同じです。そこで伝統的でありながらも、新しい感覚を盛り込んだ、らしい時計を作ったのです」。新しい感覚の一例が、文字盤の中間色だろう。トンダ PFでも目立ったが、今回はいっそう強調されている。
「中間色とはパルミジャーニの色と思っています。デリケートな色で目立たない。でも長く飽きずに使えるでしょう。疲れない色だし、何にでも似合う。そして一目で分かる違いがある。洗練された顧客に新鮮なイメージを持ってもらえる」。彼は自分の服に時計を合わせた。なるほど、確かにどの服装にも似合う色になっている。
「色の価値に気付いたのは、パルミジャーニに入ってからですね。このブランドの洗練と謙虚さを考えて中間色に落ち着いたのです。ちなみにトンダ PFで参考にしたのは、ル・コルビュジエの色。濃い色から始めて、今は明るい色に進んでいます」
相変わらずの見識が際立つテレーニ。ここまで完璧だと、意地悪い質問もしたくなる。今年大々的にドレスウォッチを打ち出しましたが、以前から、このジャンルは“来る”と思いましたか?
「イエス。2年前にはすでにそれを確信していましたよ」