日本国内のロレックス正規販売店では、顧客に対して購入時の独自ルールを設けている。このルールが2024年12月、改定されたという。「ロレックスマラソン」が横行する昨今の日本のロレックス事情とともに、時計ジャーナリストの渋谷ヤスヒトが、炎上覚悟で新ルールを斬る!
Photographs & Text by Yasuhito Shibuya
[2024年12月25日公開記事]
「ロレックスマラソン」が横行する日本だけの、特別なルール
世界でも例のない「ロレックス行列」「ロレックスマラソン」が横行してきた日本には、ロレックスの現行品購入について、日本だけの特別なルールがある。このルールが始まったのは2019年11月からというが、この年末からそのルールが改定された。なぜこんなものが設けられたのか、その目的とロレックス本社の意向を考えながら、新ルールで何が変わったかをお伝えしよう。
一部モデルでなく、すべてのモデルが購入制限の対象に!
まずは、日本ロレックスが定め、2024年12月16日から実施されていると伝えられている新ルールについて、買取販売を行っている二次流通業者からの情報を総合してお伝えしておこう。
①1回で購入できるのはひとり1本だけ。
②全モデルが購入制限の対象になり、1回購入したら次に購入できるのは6カ月経過後。つまり1年間に購入可能なのは最大2本に制限される。
③同じリファレンス(品番)のモデルは1年間購入できない。
④従来からの「購入制限対象モデル」を購入した場合は、他のモデルでも1年間購入できない。
⑤「購入制限対象モデル」を購入したい場合、同じリファレンスのモデルは5年間購入できない。しかも、そのモデルがモデルチェンジした場合、その後継モデルも制限の対象になる。
⑥購入時には顔写真付きの身分証明書(運転免許証やマイナンバーカードなど)の提示が必要。
⑦支払いは本人名義のクレジットカードだけで、現金はダメ(一部を現金で払うのはOK)。
⑧購入時には「購入制限指定に同意します」という同意書に署名することが必要。
どのモデルが購入制限対象モデル、つまり購入規制が厳格なのかは、実はあまり大きな変更はない。一部に制限から外れたモデルもあるようだ。でも、そのあたりはご自身で情報を収集してほしい。後でも述べるが筆者は「ロレックス行列」も「ロレックスマラソン」も推奨しない、というか良くないことだとずっと考えているからだ。
「転売ヤー」対策を強化!
2024年12月15日までの購入ルールからの、特に大きな変更は
A:②③④の、一部ではなく全モデルが新ルールの対象になったこと。
B:⑦の、全額現金決済は不可で本人名義のクレジットカードが必須になったこと。
このふたつの点。AもBも、どちらも明らかに「新品を購入して二次流通業者に転売して利ザヤを稼ぐ人たち」いわゆる“転売ヤー”対策だ。
Aは、購入したいモデルではないのに、転売すれば定価以上で売れるので「とりあえず購入してしまう」という“とりあえず買い”を抑制するため。そう、転売ヤーたちが“とりあえず買い”をしてきたから、本来なら「本当に欲しい人」が定価で買えるはずだった店頭在庫が二次流通業者に回り、転売ヤーの利ザヤ稼ぎになっていたからだ。十分な対策とは言えないが②の「6カ月ルール」と、Bの本人名義のカード決済義務付けで、転売ヤーの荒稼ぎの機会はこれまでより減ることになる。
異常な日本の“異常なルール”
ところで、筆者がずっと「残念だし、恥ずかしい」と思っているこんなルールがあるのは日本だけ。なぜ日本だけにあるのか? それは「ロレックス行列」「ロレックスマラソン」が日本だけにあるから。そして、その背景に、日本のロレックスの二次流通市場の異常な状況が1980年代から、基本的にずっと続いているからだ。
なぜ「残念で恥ずかしい」と思うのか? 炎上を承知で、ハッキリ言ってしまおう。
残念だと思うのは「マラソンしている人たちの多くが、ロレックスの本当の価値を理解していないで、ただ欲得ずくと虚栄心でロレックスに群がっている」から。
恥ずかしいと思うのは、スイス時計業界のまともな人たちからこうした行動があきれられ、軽蔑されているから。
現在は来店が予約制になったからかなり問題は解決されていると思うが、「ロレックスマラソン」で連日訪れる傍若無人な、時に脅迫めいた暴言を吐く行いの悪い客たちのせいで、正規販売店の販売員の中には心を病んでしまった方が相当数いることを、また販売員の方々が「本当に欲しい人に売って差し上げられない」と心を痛めていることを知っているからだ。
筆者が初めて、今はなきバーゼル・フェアに取材に行ったのは1995年。当時、日本の取材陣はロレックス本社から事実上、取材を断られていた。日本ロレックスの方がショーケースに飾られた新作を案内してくださったが、ブースの中には入れてもらえなかった。現在はもちろん取材OKになっているが。
また現在は解消されたが、2010年を過ぎても日本のジャーナリストはプレスサイトにアクセスできなかった。これも、誰とは言わないが、日本の異常な二次流通市場で良からぬことを重ねてきた一部の人たちが原因だ。
定価で購入してこそ、ロレックスは価値がある
輸出企業の経営者と観光業者以外はこの国全体を貧しくし、世界第2位だったGDPを世界第4位にまで後退させてしまった円安の結果、スイスフランと円の為替レートは2000年代の「1スイスフラン=100円前後」から、今や「1スイスフラン=170円超」にまで“悪化”している。
そのため、輸入時計は値上げに次ぐ値上げが行われてきた。ここ数年の価格改定を考えると、来年1月1日からロレックスの販売価格はさらに値上げされるだろう。筆者は「全モデル10〜20%の値上げ」を予想している。
それでも、たとえその価格でも、定価で購入するならば、ロレックスの現行モデルにはそれだけの価値がある。いつの時代にも定価を超える価値がある時計作りを続けること。良い時計を作って社会に提供すること。この活動を通じて社会に貢献し、社会をより良いものにすること。それが、ロレックスという時計会社のモットー、最終目標だからだ。
「ロレックスマラソン」の中でも、最も競争率の激しいモデルのひとつであるデイトナ。自動巻き(Cal.4131)。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径40mm、厚さ11.9mm)。100m防水。
しかし、異常なプレミアムを払う価値はない。そして、そのことをロレックスは苦々しく思っているし、さぞ不本意だと思う。社会貢献どころか、ごく一部であっても闇ビジネスに連なる人々を不本意にも、もうけさせている結果になっているからだ。
例えば、最も人気のあるロレックスモデルのひとつ、「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」の定番オイスタースチールモデル、Ref.126500LNの現時点(12月25日)での定価は217万6900円(税込み)。だが、世界最大級のオンラインマーケットで新品・未使用のモデルの現時点での価格は400万円〜500万円だ。つまり、二次流通市場では倍以上の価格で取引されている。
ぜひ考えてほしい。なぜあなたはロレックスが欲しいのか? それはあなたの本当の気持ちなのか? 「他人からコピーされた欲望」ではないのか?
もちろん、あなたがどうしても欲しいというなら構わない。でも本当に、それだけの価値はあるだろうか? 定価で手に入れることを気長に待って、差額の200万円で他の時計を購入して楽しんではどうだろう? それだけ払えば、おすすめしたい時計はたくさんある。
さらに、あなたが払った定価と二次流通価格の差額が、どのような人をもうけさせているか、考えてみてほしい。その多くを手にしているのは「転売ヤー」たち。そして、もうかるビジネスの周辺には必ず闇社会の人たちが近くにいる。
かつて大学で刑事政策を学び、また暴力団関係の記事が得意な週刊誌の隣の編集部で仕事をしていた経験を踏まえ、普通の人よりも犯罪に少しは詳しい立場から言わせていただこう。彼らをもうけさせる行動は謹んでほしい。実際、ロレックスを中心にした高級時計の強盗や窃盗をやらされるような、闇バイトに応募した人々が捨て駒に使われているし、暴力団が絡んだ詐欺事件も少なくない。二次流通業者は販売するロレックスの製造番号をデータ化し、盗難保険を掛けているが、そうした追跡が難しい東南アジアにおいて、盗まれたロレックスが現金化されているという。
また、ロレックスが最大の商材である二次流通業者の方々も実は嘆いている。「ニーズがあるから、仕入れ価格が高値でも仕入れざるを得ない。でも今の相場が適正だとは思っていない。いつかは下落するのではないか」と思っている人は少なくない。
「欲しいからいくらでもお金を出す」というのは本当に希少な、一期一会のアンティークモデルが対象ならば当然のことだ。しかし、ロレックスは推定でも年間90万本も生産されている素晴らしい工業製品なのだ。だから、焦らずにぜひ定価で購入してほしい。いつか購入するために「ロレックス貯金」にでもしておけば、人生の大事な瞬間にそのお金が役立つかもしれない。
さらに、なぜロレックスがCertified Pre-Owned(認定中古)のビジネス展開を開始したのかも考えてほしい。その理由については来年、改めて書かせていただこうと思う。
※編集部注:本記事では、「転売によって利ざやを稼ぐことを主目的に製品を購入する個人または業者」を転売ヤーとし、二次流通業者とは明確に区別しています。
著者のプロフィール
渋谷ヤスヒト
モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、気が付くと2019年がまさかの25回目。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。