時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ＆ワンダーズ2024。「外装革命」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載する。今回は非時計専業メーカーでありながら、内外装ともに傑出したモデルの数々を打ち出した、シャネルについて取り上げる。
広田雅将（本誌）、鈴木幸也（本誌）：取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan),Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
Edited by Chronos Japan Edition（Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda）
［クロノス日本版 2024年7月号掲載記事］
シャネルが2024年に発表した腕時計を振り返る
かつてファッション界に革命を起こしたマドモアゼル シャネル。その哲学を受け継いだシャネルは、今や高級時計＝オートオルロジュリーの世界でも一目置かれる存在だ。すでに高い評価を得ている外装の質はもちろん、自社開発ムーブメントにも注力することで、時計専業メーカーを交えても、独自の地位を獲得している。常にその動向に注目が集まるシャネル。2024年の新作も、内外装の観点から見て傑作ぞろいであった。
オートクチュールとオートオルロジュリー、ふたつの世界の邂逅
約5年かけて開発した自社製ムーブメント「キャリバー 6」がかなえたオートマタ。動くのはマドモアゼルだけではない。右側に置かれたジャケット生地を当てたトルソーも同時に上下に動く。自動巻き（Cal.6）。54石。2万8800振動／時。パワーリザーブ約72時間。高耐性マットブラックセラミック×SS×18KWGケース（直径38mm）。50m防水。世界限定100本。
シャネルの今年のテーマはメゾンのルーツである“クチュール”。シャネル ウォッチメイキング クリエイションスタジオ ディレクターのアルノー・シャスタンも「シャネルというメゾンのルーツ、つまりガブリエル シャネルの職業の原点であるクチュールに注目しました」と明言する。それを最も象徴するのが、コミカルかつキュートにイラスト化されたマドモアゼルがハサミを持って踊るメゾン初のオートマタである。まさかシャネルがオートマタを出すとは、多くの愛好家は驚かされたに違いない。しかも、自社開発によるムーブメントを搭載しているというから一入だ。
だが、進化しているのは自社ムーブメントだけではない。シャネルは年々、文字盤やケースなど外装の質を高めている。このオートマタも加工が困難なマットブラックセラミックス製のケースとブレスレットを持ち、さらに、リンクのエッジにはポリッシュ仕上げを加えるという凝りようだ。複数のパーツを動かすために立体的な構成を持つ文字盤の質も、前掲した画像のようにアップになっても、イラストをはじめ細部の仕上がりに微塵の妥協も見られない。コレクションの最上位モデルで見せた実力はもちろん、他の新作にもしっかりと還元されている。
ブラックとホワイトのスーツをまとったマドモアゼルを写実的に描いた文字盤が印象的。その背後ではトルソーやピンクッション、ハンガーなどクチュールのモチーフをゴールドカラーで描いたディスクが5分で1回転。見る者を飽きさせない新作。自動巻き（Cal. 12.1）。28石。2万8800振動／時。
パワーリザーブ約70時間。高耐性ブラックセラミック×SSケース（直径38mm）。50m防水。数量限定。
（右）シャネル「J12 クチュール」
自身を“お針子”だと考えていたマドモアゼルの原点であるクチュールの世界。そのアトリエになくてはならない道具類をモチーフにしており、時分針は裁ち鋏、秒針は裁縫針、ベゼルまでもがメジャーを模した粋なモデル。C.O.S.C.認定クロノメーター。自動巻き（Cal. 12.1）。28石。2万8800振
動／時。パワーリザーブ約70時間。高耐性ブラックセラミック×SSケース（直径38mm）。200m防水。数量限定。
「J12 クチュール」に見るハサミを模した時分針と針をかたどった秒針しかり、「マドモアゼル J12 クチュール」の写実的なマドモアゼルしかり、ピンクッションのマチ針をモチーフにした華やかな文字盤装飾しかり。時計専業でないが故に、一層厳しい審美眼で鍛えられたムーブメントも外装も、その質が一段以上ステップアップした印象を強く与える新作たちだ。
お針子の仕事には不可欠な道具であるピンクッション（針刺し）をモチーフにした「マドモアゼル プリヴェ ピンクッション カフ クチュール」の新作。ピンクッションに刺さった無数のマチ針をイメージした文字盤の意匠が、ゴールドやダイヤモンド、パールによって、まるで花火のように装飾される。クォーツ。18KYG×Tiケース（直径55mm）。30m防水。世界限定5本。
（右）シャネル「J12 ホワイト スター クチュール」
こちらもトルソーをモチーフにしたモデル。しかし、単なるバイカラーでない。セラミックスのノウハウを見せるため、貴石よろしくバゲットカットし、ブレスレットに埋め込んでいる。ジェムセッターがハイジュエリーとまったく同じ技法で作り込むため、限定わずか12本。自動巻き（Cal. 12.1）。28石。2万8800振動／ 時。パワーリザーブ約70時間。バゲットカット高耐性セラミック×SSケース（直径38mm）。50m 防水。世界限定12本。
アルノー・シャスタンをインタビュー
今年はメゾンのルーツである“クチュール”を前面に打ち出したシャネル。今までもガブリエル・シャネルを強調したものはあったが、これほどフォーカスするとは予想外だった。
「ガブリエル・シャネルはタイムキーパーではなく私たちの守護者なのです」
1979年、フランス生まれ。ストレート・スクール・オブ・デザインを卒業後、フランスの時計・宝飾ブランドに勤務。2013年5月、シャネルに現職として入社。「プルミエール」「J12」「ボーイフレンド」「コード ココ」「ムッシュー ドゥ シャネル」などのデザインに携わる。彼が手掛けた時計は、2017年、2018年、2019年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリにおいて3年連続で受賞した。
アルノー・シャスタンは語る。「私たちのＤＮＡにはガブリエル・シャネルと、クチュールがある。もっとも、私がクチュールからインスピレーションを受けたのは、これが初めてではないんだ。３年前にはボンをモチーフにコレクションを作ったし、そもそも1987年誕生のプルミエールもバッグのチェーンをデザインに取り入れている。クチュールは私たちとともにあるものなのです」。とは言いつつも、その背後には、ガブリエルへの彼の敬愛が見え隠れする。「いつも、カンボン通りの彼女のアトリエを訪問すると、とても感銘を受けるのです。グラフィックな世界があり、特別な創造のエネルギーがある。全く違う世界で、エナジーを得られる。私はこの場所がとても好きなのです」。彼の目を引いたのは裁縫道具だった。
「私はアトリエにあるツールにも魅せられたのです。ハサミとか、ピンクッションとかね」。もっとも、さまざまなシャネルの“遺産”から、あえて裁縫道具を選んだのには理由がある。「ガブリエル・シャネルのアーカイブを見ると、彼女はピンクッションを着けていた。そして首にはリボンを通したハサミを着けていた。ジュエリーのようにね。彼女はこういうツールでも遊んでいたんだと思う。それで、裁縫道具をモチーフにしたネックレスを3つ作ったんだ」。
さらに今年は、ガブリエル・シャネルが動くオートマタも加えた。彼女やトルソーが動く、かなり凝ったものだ。
「私の仕事はアイデアを出すこと。オートマタを加えたいと思ったのです。スイスの工房の技術者は苦労したと思います。その際重要なのは、技術的解決策を見つけ、時をリスペクトすることだと思う。時は最高の友人なのです」。ちなみにシャスタンは、本作で、永遠の定番と見えるJ12の外装にも少しだけ手を加えている。マットなケースに面取りを加えて艶を与え、造形を強調してみせたのである。
「高級時計の世界では違いを出すことが重要です。違うサボアフェールというのは、セラミックスも同じでしょう。そこでJ12のケースのエッジを落とした。私は光が好きだし、J12が持つ精密さも強調されるでしょう？」
しかし、ガブリエル本人は時計を作らなかった。シャネルで時計を作るとはそもそもどういう意味なのか？
「確かに彼女は、時計を作ったことはないですね。でも、ガブリエルと時間は、創造性やストーリーでつながっていると思っています。エモーティコンを使ったり、時にはクラシックさを感じさせたりね。ガブリエル・シャネルは、タイムキーパーではないのです。彼女は、私たちの守護者なので
すよ」
