そらぽん氏はヴィンテージウォッチを中心とした時計コレクターである。特に、イエマが製造してきた「ミーングラフ」に一家言持っており、今も複数本を所有している。2024年、そのイエマがアニメ『ルパン三世』でも登場したクロノグラフウォッチ「ミーングラフ スーパー」を復刻。そこで『クロノス日本版』編集部は、「日本で最もミーングラフを知り尽くす男」と言うべきそらぽん氏に、この復刻モデルの着用レビューを依頼した。豊富な知識とミーングラフ愛にあふれた独自の視点から、彼がこのモデルを丁寧にひもといていく。
Photographs & Text by solaponz
[2024年12月30日公開記事]
ルパン三世も愛した、イエマ「ミーングラフ スーパー」の復刻モデルを着用レビュー
1970年代にイエマが販売したクロノグラフウォッチ「ミーングラフ スーパー」が、ついに自動巻きの機械式ムーブメントを搭載した腕時計として復刻された。本作はアニメ『ルパン三世』ファーストシリーズの、第1話でルパン三世が手首に巻いていた腕時計として、日本のルパン三世ファンには非常に知られたモデルである。この復刻版の販売に先立って、実機を借りることができたので、僭越ながら見たまま触ったままの感想について皆様に共有させていただく。
結論から言ってしまえば、ポップな1970年代らしいデザインが刺激的で、中身も信頼できるムーブメントを積んでおり、10気圧防水と実用性は十分。ルパン三世のファンの方はもちろんであるが、そうでない方々、特に手頃な価格で人と被らず、濃密なストーリーを秘めた確かなブランド・モデルをお求めの方に、ぜひ検討してほしい1本であると言える。
なぜそう思ったのか、ぜひこのまま読み進めていっていただきたい。少々長くなってしまったが、他のどのレビューよりもこのモデルをディープに掘り下げているため、きっと納得してもらえると信じている。
自動巻き(Cal.ETA7753)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径39mm、厚さ16mm)。100m防水。日本限定500本。39万6000円(税込み)。
『ルパン三世』を知っているか
さて、時計のレビューの前に、本作を理解するにあたって切っても切り離せない重要なファクター、『ルパン三世』について、まずは少しばかりお付き合い願いたい。
モンキー・パンチ原作の国民的アニメである『ルパン三世』は、2024年現在まで大きく分けて6期のアニメ放映がなされているが、最重要と位置付けられるものは、最も原作に近く冒険的であったファーストシリーズ、そしてよりコミカルにアレンジされ、ルパン、次元大介、石川五ェ門、峰不二子のレギュラーメンバーが固定され現代まで続く『ルパン三世』のイメージを決定付けたセカンドシリーズであろう。この頃は宮崎駿が制作に参画していた回もあり、『ルパン三世 カリオストロの城』や『天空の城ラピュタ』などの映画と共通のモチーフを見つけることができる。
ファーストシリーズではルパンは緑色のジャケット、セカンドシリーズでは赤のジャケットを着ていたことをご記憶の方もいるだろう。
ファーストシリーズの記念すべき第1話『ルパン三世 ルパンは燃えているか・・・・?!』が放送されたのが1971年10月24日。ルパン帝国の敵対組織であるスコーピオンがルパンを消すため、巨費を投じて建設した東洋一のレース場、飛騨スピードウェイが舞台であった。スコーピオンのボスはここで開催する偽レース「飛騨グランプリ」にルパンを招き、数々の罠を仕掛け、始末しようと画策する。ルパンは「フェラーリ(劇中ではフェラリーと発音)312B」で参戦するが、そんなルパンを捕まえるべく参戦した銭形警部が、「ロータス72」を駆ってぴったりルパンを追うのであった。
ルパンはレース中、スコーピオンの本部を殲滅し捕らわれた不二子を救うべく、銭形に気付かれないよう完璧なタイミングで、ルパンと同じレーサースーツで同じ車に乗った次元大介と入れ替わり、しばらく次元がルパンの身代わりとなってレースを走る。この時に次元と入れ替わるためのタイミングを合わせる必要があり、次元はゼニスの「エル・プリメロ」、そしてルパン三世は今回レビューする時計のオリジナルであるイエマ「ミーングラフ スーパー」のクロノグラフを使って時間を計測し、絶妙なタイミングで車ごと入れ替わったのであった。
まさにこの瞬間が、ルパンの時計が明確に表現された、記念すべき瞬間だったのだ。
なお、この回はTMSアニメの公式Youtubeチャンネルから無料で視聴が可能であるため、ぜひご覧いただきたい。ミーングラフ スーパーが登場するのは、10:50秒あたりである。
ルパン三世の時計が特定された経緯
劇中に登場する車は、すべてモデルが存在する。上記2種の他にも、スコーピオン構成員が乗る「ブラバムBT34」、ボスが乗る「メルセデス・ベンツW108」、次元が潜んでいた「トラック MAN F7」、等々。一方時計については、次元大介の時計は明らかにゼニスなので、ルパンの巻いている時計も必ずモデルがあるだろうと考えられていたのだが、そのモデルが明らかになったのは2012年と意外にも最近であり、私の知る限り「Green leaves」というブログ(https://mituba3.jugem.jp/?eid=31)が初出である。
このブログの記事により『ルパン三世」を愛するファンが、こぞってこの伝説のモデル・ミーングラフ スーパーを血眼になって探し始めたのであった。なお、このブログの筆者が記事で書いている、ルパン三世の時計のモデルを特定したフランス人コレクターについては、その後の彼の書き込みを今でもWEBで閲覧する事ができる。彼は、この時計が日本の国民的アニメに登場すると知って感激し、日本の友人に時計を贈ったと記している。
URL:https://forumamontres.forumactif.com/t118278-chrono-yema-meangraf-super-version-marine-un-authentique-conte-de-noel
さて、そんな「ルパン三世の時計」が自動巻きの機械式ムーブメントを搭載した時計として現代によみがえったのが、このミーングラフ スーパーである。前置きが(非常に)長くなったが、以下より時計の実機レビューをしていきたい。
よみがえった「ミーングラフ スーパー」の実力や、いかに?
今回実機レビューするミーングラフ スーパーの公称スペックは、以下の通りである。
型番:YMEAN24JP-AA33LS
ムーブメント:ETAバルジュー7753
ケース素材:ステンレススティール
風防素材:ドーム型サファイアクリスタルガラス
ストラップ素材:革 カラー:ブラック赤ステッチ
【防水】10気圧
【サイズ】全長45.5mm、直径39mm、厚さ16mm
【備考】フランス製
ムーブメントの選択は、ブランドの真摯さを表すもの
最初に時計の中身の話をしよう。近代のミドルレンジの自動巻きクロノグラフムーブメントの中でスタンダードと言える、Cal.ETA7750をベースとした Cal.ETA7753を搭載している。Cal.ETA7750との共通点は以下の通り。
・サイズ(直径30mm、厚さ7.9mm)
・自動巻き
・カム式クロノグラフ
・2万8800振動/時
・エタクロン緩急針
・パワーリザーブ約48時間
・30分積算計、12時間積算計を備える
相違点は以下の通りである。
・石数(7750:25石/7753:27石)
・カレンダーを早送りする操作方法(7750はリュウズ操作、7753はプッシュボタン操作)
・プッシュボタンの数
・インダイアルの位置(7750:6・9・12時に配置、 7753:3・6・9時に配置)
精度やメンテナンス性はCal.ETA7750と同等、そして5年保証をうたうことからも、イエマの時計販売に対する“思想”がうかがえる。すなわち、性能に妥協せず実用に十分な品質を提供する姿勢、コストを抑えメンテナンス性を保ちユーザーと真摯に長く向き合う姿勢である。安心して時計を使うことができるのは、何より重要だ。
ストラップのグレード感に申し分なし
外装のレビューに入る前に、ストラップに注目したい。黒の革ストラップは赤色のステッチで縁どられ、ポコポコと穴が空いている。これは、昔のレーシングモデルによくあるストラップの意匠を反映したもので、ヴィンテージウォッチファンにはたまらない。そして、そうでないユーザーには目新しく映るだろう。
ピンバックルおよび革ストラップの剣先裏には「Y」のロゴ、そしてブランドネームが刻印されている。着け心地は抜群で、何より色味が時計にドンピシャである。
バレル型ケースは重厚さとスタイリッシュさを備える
さて、外装はどうだろうか。ステンレススティールのいわゆる“バレル(樽)型”のケースは側面がシャープに切り落とされていて、ケース天面から側面へと向かう部分ではヘアライン仕上げとポリッシュ仕上げの切り返しがきらりと光る。ケース天面は細かなヘアライン仕上げが縦に入れられており、エンドピースがまるでストラップにシームレスに連結されているように、黒く光を吸収する。この仕様によって、実サイズよりもだいぶケース全長が短く、コンパクトに見えることが驚きだった。
本作のオリジナルモデルが生まれた1970年代、ヨーロッパでは“バルジュー”の手巻きクロノグラフムーブメントを搭載した、さまざまなデザインの時計が生まれた。ケース形状も豊富でカラフルなモデルが各メーカーから販売され、非常に華やかな様相であったが、本作はそんなオリジナルモデルのケース形状が、より洗練され、気品を備えたという印象だ。
コレクターも満足な裏蓋
裏蓋の仕様はどうだろうか? オーナーのみが心ゆくまで楽しむ権利を持つ部分であるが、見応え十分である。まずイエマの「Y」のロゴの装飾がかなり深く彫り込まれており、その周囲に「日本限定モデル、限定シリアル番号〇〇〇/500」と記されている。この特別感ある意匠は本作の所有欲を十分に満たしてくれる。
現代の時計に慣れた人は、“裏スケ”ではないことに物足りなさを感じるかもしれないが、見えていても隠れていても、良いムーブメントは良いムーブメントだし、その逆も然り。逆に、よくあるパターンで、トランスパレントバックであるものの、小手先の装飾を施して格好よく見せようとするムーブメントは、時に見苦しくもある。Cal.ETA7753が良いムーブメントであることは、その姿を見ずとも明らかであるため、ソリッドバックで何ら問題ない。
ベゼルとその使い方を詳しく解説
さて、時計の文字盤側に目を移そう。黒地のアウターベゼルは回転式で、オリジナルモデルと同じく“KILOMETRES(フランス語でキロメーターの意味)”と数字が白く表記されていて、ベゼル側面には指が掛かりやすいように溝が彫られている。このベゼルは文字盤周囲にめぐらされていて、“TEMPOS ECOULRE(同じく、経過時間の意)”と印字されたインナーベゼルとセットで使うもので、目的としては「レースにおける平均時速を求める」ために使われる。
おそらく、誰も説明してくれないと思われる(販売店の店員さんでも不可能だろう)ベゼルの機能の使い方について、具体的な例を挙げつつ説明しよう。
ベゼルに刻まれているのは、レースの総走行距離である。つまり、100と書かれている目盛は100㎞のレース、300と書かれている目盛は300㎞のレースであることを示す。そして、インナーダイアルに書かれている数字は「TEMPS ECOULE」、つまり経過時間を表している。ここで注意すべきはその表記で、「110」と書かれているものは1時間10分、つまり70分を示す。
では、300㎞のレースで、走行時間を計測し、2時間30分かかったとしよう。その時の平均速度を、実際に求めてみたい。
まず300㎞のレースなので、ベゼルの300と書かれてある目盛を見つける。そして、その目盛をインナーダイアルで経過時間2時間30分を示す位置、つまり230の位置に合わせる。
この時、インナーダイアルの9時位置にある黒い▲の先にある数字が平均時速で、写真の場合は120とあるので、つまりこのレースは平均速度120㎞/時で走った、ということになる。
検算してみよう。平均速度120km/時に2時間30分、つまり2.5hを掛ける。120x2.5=300となり、総走行距離の300㎞と等しいため、この計算結果は信頼できる。ひとつ前の写真では、240㎞のコースを2時間ちょうどで走行した場合や、420kmのコースを3時間30分で走行した場合にセットされている、と読むこともできる。お好きな方はご自身で計算し、確かめてみると良い。
このアウターベゼルとインナーベゼルの組み合わせで平均速度を求めるのは非常にユニークな機構であり、おそらくこのミーングラフ スーパー(と、3針バージョンの「ミーングラフ」)だけに存在する機構ではないだろうか? 他にもし同様の機構を持つものがあれば、ぜひ教えていただきたい。
いよいよ文字盤。ミーングラフ スーパーたるゆえん、正当な復刻版たるゆえんが随所に
ユニークなベゼルの機構を説明した後は、さらにユニークな文字盤を見てみよう。
まず目に入るのは、なんといっても中央を上下に貫く赤いレーシングストライプのモチーフ。これこそがミーングラフ スーパーの最も特徴的な意匠であろう。このレーシングストライプ、元々はレース中に現場でレーシングカーを識別しやすくするため車体に2本線を入れたのが始まりだとされている。表面にはぷっくりと少し盛り上がるようラッカー塗装が施されており、平面デザインながらも立体的な視覚効果が得られる。
さらに重要なのが、6時位置に控えめに配置されているチェッカーフラッグモチーフの楕円、そしてその中心に独特のフォントで赤く「Y」の文字が配置されている点だ。これはオリジナルのミーングラフ スーパーそのままのデザインであり、今回の復刻モデルが真にオリジナルモデルに忠実であろうとする意気込みを表している。
さかのぼること3年、クォーツムーブメントCal.VK64を搭載したミーングラフ スーパーが復刻販売されたことがある(以下、クォーツ復刻モデルと呼ぶ)のだが、そのモデルにはこの6時位置のチェッカーフラグが存在していない。それはそれで洗練されていてかっこよかったのだが、やはり、ヴィンテージそのままの風格をたたえるチェッカーフラッグモチーフの醸し出すオーラは、段違いと言える。
この6時位置のデザインが決め手となって、今回の復刻モデルの購入を決める方もおられるのでは、と思うほど、ファンにとっては決定的なものだ。
インダイアルは9時位置がスモールセコンドで針は先端が矢印となっていることに対し、3時位置の30分積算計ではストレート針である。2時位置のボタンで計測機能をスタートさせたら、センターの赤いクロノグラフ秒針が1分間で一周し、二週目に差し掛かる際に30分積算計の針がひとつ動く。つまり、30分まで時間の経過が分かる仕様だ。
なお本来のCal.ETA7753であれば、6時位置に12時間積算計があるが、このモデルではあえて省かれている。使える機能を使わず、デザインのために必要なところのみ利用するというのは、ひとつの“贅沢”である。
インデックスおよびカレンダー表示
インデックスは蓄光塗料が施された正方形のアプライドで、さらに経過時間のスケールとインデックスの間には文字盤を一周するようにチェッカーフラッグ様の細かいパターンが入る。ブランド表記は12時位置に欧文で「YEMA」、その下に筆記体で「Meangraf Super」とあり、この表記を含む文字盤のセンター部分はレーシングストライプのモチーフが途切れ、黒地となっている。
文字盤4時半の位置には、白いディスク上に黒文字で日付を印字したカレンダー表示の小窓を備える。
現代の時計に見慣れた方には少し奇抜に映るのかもしれないが、このポップで独創的であるデザインから、さまざまなメーカーが趣向を凝らし、色とりどりの時計デザインが花開いた1970年代の空気を感じ取ってほしい。
黒塗りの針はスポーティーな印象も、視認には若干の慣れが必要か
時針・分針は、なんとマットブラックで黒く塗られており、半分ほどから先端まで蓄光塗料が施されている。この針はなぜ真っ黒なのだろうかと少し考えたのだが、きっとアニメに忠実にデザインした結果であろう。アニメでは、この時計は(おそらく)視認性や手間の問題から、白黒反転した色遣いで登場しているのだが、針は見やすいように黒く塗りつぶされていたためである。
アニメ版では白い文字盤だったので良いのだが、本作の黒い文字盤上に載せられた黒い針は視認性に優れるとは言い難い。針の蓄光塗料の色はインデックスに塗られたものと同色であるため、インデックスと針を見間違えてしまうこともあった。
このように、最初の数回は時間の読み取りに苦労するかもしれない。しかし慣れてしまえば、むしろ黒い針がスポーティーな印象を与えていてカッコイイ! と思うようになったので、時間が分かりにくくて困るというほどではないだろう。
手首に載せれば、時計趣味の楽しみ方の原点を思い出させてくれる
では、実際に手首に載せてみる。
ストラップはとても品質が良く、自然に手首になじむ。そしてケースの12時・6時側エンドピースがほぼ垂直に落ちているため、光を吸収し黒く見え、ケースとストラップの境目があいまいとなる。このあいまいさのおかげで、ケースの輝きと文字盤の色とのコントラストが引き立てられ、赤い縦のラインが一層存在感を放つように感じた。装着することでここまで印象が変わるとは思っておらず、想定外にうれしいポイントだった。
腕をしばし動かしたり、振り回したりしてみた。ケースは手首から浮きすぎることなく、しっかり手首のカーブになじんでいる。自動巻きのローター部分を格納するためやや厚みのあるスクリューバックとなっているが、バレル型のケース形状に包まれるようになっており、ほかの自動巻きクロノグラフの時計と比較してあまり厚さを感じさせないのも好感ポイントだ。とはいえ手巻きであったオリジナルモデルに比較すると、ムーブメント部分に厚みが出たことで、ケースが手首から少し浮いている感はあるかもしれない。
もっとも、使い勝手で言えば自動巻きの方が圧倒的に日常使いしやすいのは間違いない。現代の自動巻きクロノグラフでは標準的な厚さであり、“ヴィンテージウォッチ原理主義”のような考えをお持ちの方でなければ、全く問題にならないであろう。
本作を装着してPCを操作する時、ポケットに手を入れた時、買い物などで商品棚に手を伸ばした時、ふと手を洗う時……。あこがれ続けたヴィンテージデザインそのままの銘品が手元に輝いているところを眺められるというのは、幸せな時間である。現代の時計にはないレトロなデザインが、新鮮さを与えてくれる。
好きな時計を手首に巻いて、時を読むのを楽しむ。本作は、そんな時計趣味の楽しみ方の原点を思い出させてくれるモデルである。
価格は40万円弱。同スペックの他モデルに比べ、割安感あり
日本限定500本、価格は39万6000円(税込み)。
これが高いのか安いのか判断がつかない、という方に私からいくつか事実を申し上げるとすれば、まず、オリジナルモデルのeBayでの販売価格である。オリジナルのミーングラフ スーパーは、ほとんど市場に表れることはないため、参考として現在eBayで出品されている「Le Jour」というブランドで販売されたミーングラフ スーパーを見てみよう。これが現在およそ2000ユーロ(約33万円。1ユーロ=164.61円、2024年12月29日現在)。送料や手数料等々を考えると、トータル35万円は超えてくる。
当然、Le Jourブランドのミーングラフ スーパーではなくイエマのモデルであれば価格はハネ上がり、それでも手に入るのは半世紀前に販売されたアンティーク時計。防水機能などもちろん無いし、振動にも弱く、さらにケースや文字盤は傷だらけ、クロノグラフに至っては帰零しなくとも動けば御の字、というのが普通である。
歴史ある、正当なイエマブランドロゴ(重要)を冠し、現代時計の中でも信頼できる機械式ムーブメントを搭載。自動巻きとなったことで主ゼンマイを巻き上げる手間も軽減され、10気圧防水で雨の日に慌てる必要も手を洗う時にいちいち外す必要もない。さらには5年間保証がついたピカピカの ミーングラフ スーパーが40万円弱で手に入るのであれば、ひいき目抜きに良心的な価格だと断言できる。有名ブランドでこのスペックの時計を新品で見つようとすると、2倍から3倍の値段は覚悟する必要があるのではないだろうか。
そしてもし店頭でこの時計を見かけたら、その際は眺めるだけではなくぜひ手首に巻いて、この時計がいかに目を楽しませてくれるかを感じ取ってほしい。
結びに:本作は誰のための時計であるのか? イエマとはどういうブランドか?
ルパン三世のファンの方は言うに及ばずであるが、1960〜70年代のクロノグラフが好きな方、ヴィンテージウォッチが好きな方、正統派ふたつ目クロノグラフの愛好家、レーシングカーが好きな方、フランス時計の洒脱な雰囲気を味わってみたい方、高品質で手頃な価格帯の実用時計をお探しだった方、などにおすすめできる1本である。
そして何より、冒頭で記した通り他人とかぶらない、しかし濃密なストーリーを秘めた、他にはない1本をお探しの方──そのような方に、ぜひ手に取ってほしいと思う。同時に、ともすれば新興ブランドとして語られるイエマであるが、その実フランスの歴史あるブランドであり、さまざまな人々の情熱によって時計製作と販売がなされているということを、ひとりでも多くのユーザーに知ってもらえることを願って、このインプレッションを締めくくりたい。
追記:オリジナルモデルとの比較について
さて、ここから先は追記であるため、もの好きな方のみ目を通していただければと思う。ミーングラフ スーパーの1ファンとして、オリジナルモデル、およびアニメに登場したモデルと、今回復刻したモデルとの比較・考察を行う。
まず、オリジナルモデルとはインダイアルの針の形が、3時位置と9時位置とで逆にセットされている。オリジナルは3時側の積算計がアローハンドで秒針がストレートだが、復刻モデルは積算計がストレートで秒針がアローハンドとなる。『ルパン三世』のアニメの設定資料の、下書きの段階でなぜか秒針がアローハンドとなっていて、さらにアニメでの描写もそれにならっており、このデザインの方を忠実に再現した結果だろう。
色もまた然り、秒針と積算計の色はオリジナルは黒であるが、復刻モデルではアニメ同様、赤く塗りなおされている。
時分針とともに、クロノグラフ秒針も大きく変わった。オリジナルモデルはオレンジ色の三角形の針で、この意匠は当時、他社のクロノグラフでも稀に見られたデザインであった。ところが今回の復刻モデルでは、アニメで動作していたクロノグラフ針そのままの色・デザインとなっている。
加えて言うなら、このオリジナルのミーングラフ スーパーは、バルジュー7733という手巻きクロノグラフムーブメントが入っているのだが、なぜか分積算計が30分バージョンと45分バージョンの2種類が存在する。
アニメ設定資料は明らかに45分積算計であり、アニメの積算計部分の数字の配置もそれらしい(30分積算計であれば、3分割するように記載されているはず)ため、ルパン三世の使用するモデルは「45分積算計付きのモデル」で間違いないと言えるだろう。ここまで再現できれば完璧だったのだが、積算計の変更は部品の新規製造が必要になるため大幅な値上がりは避けられず、残念ながら現実的ではない。
さらに文字盤中央を上下に走るレーシングストライプのディティールにも注目したい。オリジナルでは、赤いレーシングストライプ部分と6時位置のチェッカーフラッグモチーフの楕円が黄緑色の枠線で囲まれていたが、今回の復刻モデルでは白と黒の枠線で囲われている。
これは推測ではあるが、針の蓄光塗料と色味を合わせているのではないだろうか。オリジナルモデルの針の蓄光塗料は黄緑色であったが、今回の復刻モデルでは真っ白となっている(オリジナルモデルの時代には、白い蓄光塗料が存在していなかった)。この針の蓄光塗料の色に合わせてわざわざ白色で引き直したと思うのだが、どうであろうか?
なお、クォーツ復刻モデルでは、このラインはまだ黄緑色のままであった。こういった細かい変更が施されている点からも、イエマの新しい復刻への情熱が伝わってくるようだ。
次にベゼルの厚さに着目したい。
以下の写真を見ればわかるように、今回の復刻モデルはベゼル自体が厚みを持っている。ケースや風防の厚みと合わせているとも考えられるが、それ以上に操作性が飛躍的に向上している。
このベゼルの本来の使い方を考えると、レースが1回終わる時に一度だけ回せば平均速度の計算ができるので、操作する頻度はそう高くなくて良い。そのためか、オリジナルのものはかなり薄めのベゼルであり、お世辞にも操作性が良いとは言えなかった(その結果ベゼルが外れていたり、無理やり回そうとして傷だらけになったりした個体がほとんどである)。誰も気付かない点だと思うが、このベゼルの変化も、好ましいアップグレードであると感じた。
次に、ブランドロゴの入り方である。オリジナルモデルは、文字盤のレーシングストライプの上からおそらくパッド印刷でロゴを載せているのだろう、白い文字が重なるように入れられている。しかし今回の復刻モデルでは、アニメでルパン三世の手首に巻かれていた時計がそうであったように、レーシングストライプをいったん区切ってからYEMAロゴが記載されていて、その下にオリジナルと同じ字体で(!)Meangraf Superという文字が印刷されている。
ルパン三世が着用していたモデルを再現しつつもオリジナルへのリスペクトを盛り込んだ、絶妙なバランス感覚と言えよう。
ケースの形も洗練され、かなりの手が加えられていることも見逃せない。実を言うと今回の復刻モデルを巻いた時に一番感じた違いは、このケースの形状であった。オリジナルモデルは、まさしく樽のようにでぷっとした形状をしているが、今回の復刻モデルでは上下の端がやや絞られている。これにより、よりスポーティーに、手首になじみやすい形状となった。
クォーツ復刻モデルではまだ上下ともに太めのシルエットであったため、新しい復刻モデルのそれは、非常に新鮮な変化であった。
インダイアル自体の大きさも変わっている。インナーダイアルの位置はムーブメントの仕様により決定されるため、今回の復刻モデルでは文字盤中央から少し離れた位置にセットされ、インダイアル自体の直径もやや小さいものとなっている。クォーツ復刻モデルでは、たまたまではあるがTMI(セイコーの関連会社)製ムーブメントCal.VK64を搭載しているため、インダイアルの中心位置のバランスがオリジナルモデルに非常に近いものであった。Cal.ETA7753は少し離れていたため、大きさも調整されたのであろう。
この種の変更はロレックスの「デイトナ」など、超有名モデルでは大きな議論となるのが常であるが、このような人知れず存在していた名機の復刻ではむしろ現代的なアップデートと捉え歓迎するほうがふさわしいだろう。上下が絞られたケースシェイプと併せて、オリジナルモデルに比べて現代的でスマートな印象を与える。
インデックスはオリジナルモデルと全く同じ構成であるが、実は大きさが微妙に変更されている。ほんのわずか、大きくなっているのだ。この変更は、より視認性を向上させる狙いもあるのだろうが、おそらくは少し小さくなったインダイアルとのバランスを取るための変更ではないかと推測している。
個人的に改善の余地があると感じた点は、インナーベゼルの経過時間表記である。オリジナルモデルでは、2.30 や 3.30 など、時間と分の区別を示すドットが表記されていたのだが、今回の復刻モデルとクォーツ復刻モデルではこのドットが省かれているのだ。「2.30」ならまだしも「230」が2時間30分を示すというのは、やや不自然に感じる。せっかくの計算機構のユーザーインターフェースが分かりにくくなっており、やや残念なポイントであった。
側面から見た比較画像を、再度載せておく。10時位置のデイト調整ボタンと、ケース自体の厚みが異なる。自動巻き機構(や、カレンダー機構)を搭載する以上、ケースがやや厚くなるのは不可避であり、主ゼンマイを手巻きする手間から解放されるなど飛躍的に向上する使い勝手のメリットの方が大きい。
他にもベゼルの細かい目盛の省略や6時位置にある「FRANCE」表記など見どころはあるものの、このあたりにしておこう。
もし幸運にもオリジナルをお持ちの方がおられたら、必ずこの復刻モデルは手に取って観察してみてほしい。驚くほどの質感の高さを備えつつ、現代的にアレンジされ生まれ変わったイエマ「ミーングラフ スーパー」に、きっと心躍る事だろう。
その時が来るまでは、私がつたない技術で撮影した何枚かの写真をどうか楽しんでほしい。
そらぽん's ベストショット