時計専門誌『クロノス日本版』の編集業務に携わる、フリーエディターの加瀬友重。ここ1年余りにわたって頭の中を占めているのは、パネライの「ラジオミール カリフォルニア」だという。骨董趣味をこじらせてきた加瀬が、徹底的な思い込みで本作の魅力をひもとく。
[2024年12月27日公開記事]
古さを愛でる人たちへ
盆栽の評価基準のひとつに“古さ”がある。つまり齢を重ねた樹ほど尊い。その古い樹に合わせる鉢も然りで、江戸〜明治期に日本へやってきた「古渡(こわたり)」と呼ばれる中国鉢などは、それこそ『クロノス日本版』で扱う高級時計に匹敵する価格で取引されている。明け透けに言えば数百万円っていうレベル。
さらに言えば鉢は、未使用で保管されたデッドストックよりも、樹を植えて使い込んだものが珍重される。ピカピカよりも汚れたほう。実際、古びた鉢のほうが、往々にしてしっくりと樹に馴染むのだ。
ゆえに趣味者(盆栽界では愛好家のことをこう呼ぶ)たちは新しい鉢を手に入れると、いそいそと棚場に持ち出し樹を植え、あるいは適当な樹が見当たらない場合は取り急ぎ野ざらしにして、味出しを目論むのである。
それ狭い世界のハナシ、とおっしゃるなかれ。アート、家具、車からデニムに至るまで、あらゆるジャンルにヴィンテージ市場があるじゃないですか。むろん時計にだって。つまりこの世には、古さを愛でる人種が常に一定数存在しているというわけだ。
最初からいい味出てます
手巻き(Cal.P.5000)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約8日間。SSケース(直径45mm)。100m防水。185万9000円(税込み)。
今回はそんな古モノ好きの食指が、ピクリと動くであろう時計を紹介したい。パネライの「ラジオミール カリフォルニア」。もちろんアンティークではなく新品だ。若い頃から骨董趣味をこじらせてきた私は、ある撮影でこの時計を手にした刹那、ガシッと心をつかまれてしまったのである。
まずはその文字盤をご覧あれ。グリーンのダイアルもベージュのインデックスも、褪せたような、味わい深い色合いである。理屈抜きでグッときちゃうやつ。針を彩るブルーカラーも程よいアクセントを利かせている。ローマ数字、アラビア数字、バーなどを組み合わせた個性あるインデックス表示も◎。2針だが決して単調に見えないのは、こうした色使いや文字デザインの妙による。シンプルだが計算し尽くされているのだ。ああ〜いい!(梅沢富美男の口調で)
ステンレススティールのケースも同様。長年使い込んだような質感と黒ずんだ色味。見るからにタフである。骨太である。着用し続けるほどに味わいを増していくであろう、カーフレザーのストラップもいい。銀面を粗く削ったラギッドな風合いが、この時計に見事にマッチしている。
45mmというケースサイズは、昨今のトレンドを鑑みると大きすぎるという意見もあろう。あるいは華奢な腕の人は、最初からチョイスに入らないかもしれない。でも裏を返せば、そのマイウェイなスタイルにもグッとくるわけ。俺、この感じでずっとやってますんで。実生活でマイウェイを貫けないおじさんの代弁者的腕時計でもあるのだ(徹底して個人の思い込み)。
中年にも寄り添う時計
結局私にとって「ラジオミール カリフォルニア」の魅力とは、ひと言で言えば“味”なのである。美しい時計は数多あるけれど、最初からいい味出てる時計って、なかなか見当たらないんすよね。
だったらアンティーク買えよって? ごもっともだが、時計に関して中古はちょっと。安心して毎日使いたいし、壊れたら直すの大変そうだし。骨董趣味と自称しておきながら大いに矛盾しているわけだが、そこはまさに個人の趣味のハナシ。旧車好きが全員古着好きとは限らないじゃないですか。
その味にほれた「ラジオミール カリフォルニア」ゆえ、スペックについて申し上げることは特にはない。パネライの時計が持つ機能とタフネスは、優れているに決まっている。ただ味という視点で見れば、手巻きのムーブメントというのはグッとくる。デジタライズが行き着くところまで来たこの世界で、あえて主ゼンマイを巻き上げる。そこがいいんじゃない。
そんなわけで、ここ1年余りずっと頭から離れない「ラジオミール カリフォルニア」。正直言えば、ええい買ってしまえと何度も思った時計だ。だが実は、2024年はデカい買い物(家)をしてしまい、手元不如意どころかカラッケツなのである。カラッケツどころかマイナス決算である。欲しいが今は、やっぱり無理。
たった一度手にした「ラジオミール カリフォルニア」だが、しがない中年の腕にも、驚くほどしっくりと馴染んでくれたことを最後に申し添えておく。古い樹と古い鉢がマッチして、枯淡の味わいを描き出す盆景のように。いやもちろん、若い方が着けても素敵なんですけどね。