現代におけるパイロットウォッチの在り方を再考する。そんな『クロノス日本版』Vol.98「パイロットウォッチ礼賛」特集を、webChronosに転載。今回は、バルジューが1973年に完成させた自動巻きクロノグラフETA7750が、なぜ多くのパイロットウォッチに採用されてきたかを解説する。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年1月号掲載記事]
汎用クロノグラフムーブメントの代名詞、ETA7750がパイロットウォッチに選ばれた理由
今でこそ影が薄くなったものの、ETA7750は長らく機械式クロノグラフの代名詞的存在だった。1973年に完成し、1983年に復活したこのムーブメントは、パイロットウォッチ復活の原動力となったのだ。

汎用クロノグラフムーブメント「ETA7750」
1980年代初頭に起こったクロノグラフブームは、ETA7750のリバイバルがもたらしたものと言って良い。バルジューが1973年に完成させたこの自動巻きクロノグラフは、安価ながら実用性と高精度、そして高い耐久性を備えたものだった。しかし、バルジューを吸収したETAは、1975年に7750の製造を中止し、バルジューにムーブメントや工作機械の破棄を命じた。対して設計者のエドモン・キャプトは工作機械などを隠した、と言われている。
機械式時計のブームを受けて、ETAは7750の再生産を決定。各社はこの自動巻きクロノグラフムーブメントを使って、新世代のパイロットウォッチを製造するようになった。この時代を代表するのが、ブライトリングの「クロノマット」やジンの「103」だ。ちなみにこの時代にも、ETAの自動巻きムーブメントに、デュボア・デプラのDD2000系モジュールを載せた機械式のクロノグラフムーブメントは存在していた。しかし、7750が採用されたのには理由がある。

高価な自動巻きクロノグラフの中にあって、プレス部品を多用した7750は販売価格が安かった。にもかかわらず、コラム式と同じブレーキレバーを載せ、6時位置には高級機同様の12時間積算計を備えていたのである。また、大きなトルクを持つ主ゼンマイと、慣性の大きなテンワにより、7750は優れた携帯精度を持っていた。複雑な自動巻き機構も、あえてシンプルな片巻き上げにすることで、耐久性を高めていた。
以降、ブライトリングやIWCが、パイロットウォッチにETA7750を採用したのは当然だろう。もっとも、過酷な環境で使われるパイロットクロノグラフに載せるムーブメントは、そのまま組み込んでも不具合を起こしてしまう。対して各社は、自社で組み立てを行い、さらに独自のノウハウを加えることで、この優れたベースムーブメントを、プロの使用にも耐えられるクロノグラフに育て上げたのである。
今でこそ、各社がこぞって手掛けるようになったパイロットクロノグラフ。ETA7750のリバイバルがなければ、その在り方は、もう少し変わっていたかもしれない。