民間パイロットウォッチのための「GMT」機構を、ロレックスやブライトリングなどのモデルから理解する

2025.04.07

現代におけるパイロットウォッチの在り方を再考する。そんな『クロノス日本版』Vol.98「パイロットウォッチ礼賛」特集を、webChronosに転載。今回は民間パイロットウォッチとして開発されたGMT機構について、ロレックスやブライトリング、ベル&ロスなどのGMTモデルの機能から、その進化と今をひもといていく。

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ロレックス「オイスター パーペチュアル GMTマスターⅡ」

ロレックス「オイスター パーペチュアル GMTマスターⅡ」
パン・アメリカン航空の要請を受けて開発された「GMTマスター」の後継機。単独調整可能な時針と24時間表示の両方向回転ベゼルを活用することで、最大3カ国の時間を一度に表示することができる。写真はCal.3186を搭載する先代モデル。現行機に搭載されるムーブメントCal.3285はパワーリザーブが大きく向上した。自動巻き(Cal.3186)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。18KWGケース(直径40mm)。100m防水。個人蔵。
吉江正倫:写真
Photographs by Masanori Yoshie
細田雄人(本誌):取材・文
Text by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年1月号掲載記事]


複数のタイムゾーンを知るべく進化した民間パイロットウォッチ

 ジェット旅客機の普及によって急速に高まった、複数のタイムゾーンを知らせる腕時計。今でこそトラベルウォッチとしての側面が強いGMTは、もともと、民間パイロットが着用することを想定して開発された機構だった。そして現代においても、一部のパイロットはこの機能を活用し続けている。


PILOT’S WATCH Category 2
CIVILIAN

 第2次世界大戦が終了し、1950年代になると、各航空会社はジェット旅客機を導入し始める。そして、それまでの主力だったプロペラ旅客機と比較して2倍近い巡航速度が出せるジェット旅客機の登場は、人類にとって大陸間飛行を一気に身近な存在へと変化させた。それと同時に、異なるタイムゾーンを行き来するようになった民間パイロットから、第2時間帯表示が可能な時計の需要が高まったのである。

「BR 03-93 GMT」のアルミベゼル

「BR 03-93 GMT」のアルミベゼル。古典的な陽極酸化処理(アルマイト)によって着色されており、発色は良好だ。セラミックスと比較すると傷が付きやすく、また経年によって褪色してしまうが、エイジングと考えると一概に弱点とは言えないだろう。
「GMTマスターⅡ」のセラクロムベゼル

「GMTマスターⅡ」のセラクロムベゼル。色の境目がベゼルリングの貼り合わせでなく、焼成によってツートン化しているのが見て取れる。セラミックスの焼成前にベゼルの半分に金属塩を浸透させることで浸透箇所は青、その他は赤のベゼルが完成する。

 もともと複数のタイムゾーンを表示する腕時計としては、ルイ・コティエ式のワールドタイマーがあったが、4cm弱の円の中に24都市の現在時刻が密集する同機構は飛行中のパイロットにとって、必ずしも使い勝手に優れているとは言えなかった。そこでパン・アメリカン航空が1953年にロレックスへ開発を依頼したのが「オイスター パーペチュアル GMTマスター」である。それまでのパイロットウォッチが戦闘機パイロット向け、つまり軍用時計だったとするならば、GMTマスターは民間パイロットを想定して作られた初めての時計だったと言えるだろう。

 一概に民間パイロットといっても、小型プロペラ機からジャンボジェット旅客機まで、操縦する種類はさまざまだ。ところが共通して重宝されるのは、やはりGMT機能だという。これはフライトがタイムゾーンを越えるか否かに関係なく、飛行中の航空管制との時刻のやりとりは協定世界時(UTC)で行われるからだ。すなわちGMTを持ち、かつ飛行中でも視認しやすい工夫を持つものが、民間パイロットウォッチの理想形だろう。

スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター

現行機でもサファイアクリスタル風防に加え、ヘサライト風防の選択肢を残した「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」。ヘサライト風防は破損時に宇宙飛行士ならびに装備品を傷付けないよう指定された、“NASAスペック”である。
フリーガー F-43 トリプル GMT

「フリーガー F-43 トリプル GMT」最大の特徴が「ブリックストラック」と称する、レイルウェイトラック。5分おきにスーパールミノバX1を塗布したアプライドインデックスが置かれ、暗所での視認性を長時間にわたって確保する。

 ロレックス「オイスター パーペチュアル GMTマスターⅡ」は、この分野の先駆けであり、GMT機能の操作性、視認性ともに極めて優れている。風防こそ経年による剥離を嫌い、無反射コーティングを裏面のみにとどめているが、太い時分針とGMT針のポイント、そして長時間にわたって輝度を維持するクロマライトは多くのシチュエーションで時刻の読み取りが可能だ。時針の単独調整機能や優れた感触の両方向回転ベゼルなど、細部まで詰められており、今なお民間パイロットウォッチのベンチマークである。

 ベル&ロス「BR 03-93 GMT」は、コックピットクロックを模したスクエアケースにGMT機構を組み合わせたモデルだ。昼夜を黒と赤で塗り分けた回転ベゼルのインサートはアルミニウム製で、往年のGMTウォッチらしい懐かしさを覚える。アラビア数字インデックスには蓄光塗料が塗布されていないが太く、白昼下の判読性は高い。蓄光塗料がバーインデックスと時分針、GMT針に塗布されているため、もちろん暗所での視認性も十分だ。

フォルティス「フリーガー F-43 トリプル GMT」、オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」、ベル&ロス「BR 03-93 GMT」

(上)フォルティス「フリーガー F-43 トリプル GMT」
航空宇宙分野とも深い関わりを持つフォルティスの新世代パイロットウォッチ。約70時間ものパワーリザーブを備えるケニッシ製ムーブメントを搭載する。スーパールミノバX1を塗布したブリックストラックと呼ばれるインデックス等、瞬時の視認性を高めるための工夫が盛り込まれている。自動巻き(Cal.WERK13)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。Tiケース(直径43mm)。20気圧防水。
(中)オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」
マスター クロノメーター化を遂げた「スピードマスター ムーンウォッチ」。基本的なデザインは第4世代を踏襲しているものの、細部の完成度は一段と高まった。弓管の形状変更やクラスプの小型化によって、ブレスレットの装着感も向上している。手巻き(Cal.3861)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径42mm、厚さ13.58mm)。5気圧防水。
(下)ベル&ロス「BR 03-93 GMT」
コックピットクロックに着想を得たアイコニックなスクエアケースに24時間表示の両方向回転ベゼルを備えたモデル。大型のアラビア数字インデックスにスーパールミノバを塗布した針、先端のみ赤く彩ったGMT針が、高い視認性と判読性をもたらしている。自動巻き(BRCal.303)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(縦42×横42mm)。100m防水。

 ベル&ロス同様、GMTを搭載した民間パイロットウォッチの正統派がボール ウォッチ「ロードマスター パイロット GMT」である。こちらのモデルの回転ベゼルはセラミックス製で、インデックスは蓄光塗料ではなく自発光と、キャラクターは対照的だ。8時位置と10時位置のプッシャーで時針単独での送り戻しができるため、優れた操作性を持つ。フォルティス「フリーガー F-43 トリプル GMT」も時針の単独調整が可能な1本。加えてスーパールミノバは2時間後の残光輝度が通常よりも約60%高いX1グレードが塗布される。

 GMTはふたつ、もしくは3つのタイムゾーンをパイロットが直感的に読み取れる点において理想的な機構だ。しかし、GMT以外にも複数のタイムゾーンを知らせるパイロットウォッチは存在する。IWC「パイロット・ウォッチ・タイムゾーナー・クロノグラフ」は、ワールドタイマーの煩雑な操作性や視認性を克服した“パイロットのためのワールドタイマー”だ。24の都市名が刻まれたベゼルを回すと時針と副時針、2本の針が連動する。そのため、時刻が知りたい都市名を12時位置に持ってくるだけで、その国の時刻を簡単に知ることができるのだ。同時に複数のタイムゾーンを知ることはできないが、瞬時の時差調整は利便性が非常に高い。

IWC「パイロット・ウォッチ・タイムゾーナー・クロノグラフ」

IWC「パイロット・ウォッチ・タイムゾーナー・クロノグラフ」
ベゼルを押し回すだけでタイムゾーンや日付の変更が可能なワールドタイマー。ダイアル中央には24時間表示、12時位置のサブダイアルにはクロノグラフ用積算計が時分同軸で配されており、複数の複雑機構を搭載しながらも視認性を損なわない。自動巻き(Cal.89760)。39石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約68時間。SSケース(直径46mm、厚さ16.8mm)。6気圧防水。
ブライトリング「スーパー クロノマット B01 44」

ブライトリング「スーパー クロノマット B01 44」
その名に恥じないマッシブな印象に仕上げられた「スーパー クロノマット」。ベゼルには耐傷性に優れたセラミックス製インサートが採用されている。ブレスレットに組み込まれたクォーツ式UTCモジュールにより、第2時間帯表示が可能だ。自動巻き(Cal.01)。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径44mm、厚さ14.4mm)。200m防水。

 同じようにオリス「ビッグクラウン プロパイロット ワールドタイマー」もベゼルを動かすことで、タイムゾーンの設定を行う。基本的な扱い方はGMTウォッチと同じだが、時針の単独調整にリュウズを使用しないため、ねじ込みを解除せずとも時刻調整可能な点が好ましい。またヘッドとは独立して、ブレスレットにUTC用のクォーツ時計を付けたブライトリング「スーパークロノマット B01 44」のような例も存在する。

 日本でもDC-8が就航し、ジェット旅客機が一般的になりはじめた1960年代といえば、宇宙開発競争が最も活発化した時期である。この時代にアポロ計画で使用されたムーンウォッチことオメガ「スピードマスター」もパイロットウォッチのひとつの形といっていいだろう。現行機である「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」は、ムーブメントを中心に大きな進化を遂げたが、あえてヘサライト風防をラインナップに残している。ヘサライトは減圧下で風防が割れてしまった際に、宇宙飛行士自身やその装備を傷付けないため、NASAの公式装備品の条件にも定められているのだ。

オリス「ビッグクラウン プロパイロット ワールドタイマー」

オリス「ビッグクラウン プロパイロット ワールドタイマー」
ベゼルを回転させることにより、時針を前後1時間単位で調整可能なデュアルタイムウォッチ。3時位置のサブダイアルで表示される第2時間帯は、リュウズ操作でのみ調整できる。第2時間帯の昼夜は、インジケーターによってひと目で判別可能。自動巻き(Cal.Oris690)。30石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径44.7mm)。10気圧防水。
ボール ウォッチ「ロードマスター パイロット GMT」

ボール ウォッチ「ロードマスター パイロット GMT」
10時位置のプッシャーで時針を進め、8時位置のプッシャーで戻すことができるGMTウォッチ。画期的なこの調整機能には、誤作動を防ぐためのロック機構が備わる。チタン製ケースを採用し、着用感を高めた。自動巻き(Cal.RR1204-C)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。Tiケース(直径40mm、厚さ14mm)。300m防水。世界限定1000本。


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