ドイツ、フランス、スイス、ベルギーの時計学校の学生向けの新人賞、カルティエ・プライズ・フォー・ウォッチメイキング・タレンツ・オブ・トゥモローにドイツ人の学生がノミネートされた。彼が作り出す、ミステリアスなクロックの世界をのぞいてみよう。
カルティエ主催の新人賞に挑むドイツ人学生の不思議なクロック
伝統と革新が出会う時、真の魔法が発動する。ハンブルグの時計学校で学ぶ3年生の32歳のマックス・ディズーンは並外れた才能の持ち主だ。彼の見張るプロジェクト「ミスティック・スフィア」では、伝統と革新が見事に相乗効果を生み出している。職人技、技術的な精度、そしてクリエイティブな視点を見事に組み合わせた彼は、オート・オルロジュリーの世界でも有数の切望される賞であるカルティエ・プライズ・フォー・ウォッチメイキング・タレンツ・オブ・トゥモローに向けて邁進していた。
20世紀初頭に発表されたカルティエのミステリークロックからインスピレーションを得たディズーンは、目の錯覚の原理に基づいたアイデアを生み出した。それは、時計の文字盤を無重力で浮き、滑っているように見える、浮遊した球体で刻時するというものである。青焼きされたスティール製の球は、時刻表示だけでなく、デザイン要素の中心的役割も果たしている。磁石を取り付けた針の上に、ガラス板を置き、さらにその上の鉄球が磁石に連れられて回転するという仕組みだ。まるで宙を浮いているかのような錯覚を覚え、見る人を魅了するのである。
「感覚の魔法」が掛けられた、五感で感じるクロック
ディズーンの意図は視覚にのみ留まっているのではない。彼のミスティック・スフィアは、視覚だけでなく、五感に訴えることを目的としている。ケース側面に配された、ムーブメントの巻き上げ用リングは触覚を刺激し、アラーム機能のために音が鳴るよう調整されたトーンバーは、聴覚を揺り動かすのだ。
ムーブメントはケース内で垂直に配置されている筒状のケースは、大きく分けて4つのリング(層)に分かれたものだ。そのうちの3つは、シルバーカラーのマットな真鍮製のものだが、巻き上げ用の可動式リングのみ、異なる素材が用いられている。
ガラスス板の下に同心円状の錯視をあしらった文字盤が配置されている。磁石で動くスティール製のボールが時刻表示の役割を果たし、表面上に浮いているように見えるはずだ。この機構の磁場からムーブメントを守るため、耐磁プレートが組み込まれている。ローマ数字インディックスは、ガラス製の板の周囲にある傾斜面に配されている。
実は、文字盤の奥には、アラーム時刻を読み取るための「へこみ」が配されているのだ。この「へこみ」は文字盤上に等間隔で開いた小さな穴から眺めることができる。
以上のような視覚的な「魔法」に加え、ミスティック・スフィアは、聴覚と触覚のハイライトも兼ね備えた時計だ。アラーム機構用のサウンドバーは聴覚に訴え、巻き上げ用リングの質感と、ケースの繊細な仕上げが触覚に訴えるという、感覚的な体験を創出するのである。
クラシックなデザインに革新的な技術を盛り込んだこの時計は一見地味かもしれない。だがディズーンは伝統と現代性を、独自の方法で組み合わせた時計作りをしているのだ。
ミニマルなデザインながらも贅沢なディテール
ミスティック・スフィアは、視覚的・機構的な洗練を感じさせる、シンプルだがモダンでエレガントなデザインを備えている。リングの表面には美しいロジウム仕上げが施され、巻き上げリングは質感のある仕上げによって引き立てられた。クラシカルなデザインのストップボタンは、カルティエのアイコニックなブルーカボションのリュウズにインスパイアされており、時計に象徴的なシアクセントを加えている。
カルティエ・プライズ・フォー・ウォッチメイキング・タレンツ・オブ・トゥモローとは
ドイツ、フランス、スイス、ベルギーの時計師の卵を世に送り出すカルティエ・プライズ・フォー・ウォッチメイキング・タレンツ・オブ・トゥモローは、高次の創造性と技術に対する、最高位の賞だ。2025年のテーマ「感覚の魔法」は、参加者に技術的な技巧だけでなく、アーティスティックな表現も求めている。
ディズーンは12人のファイナリストのうちのひとりだ。集中的な開発段階を経て作品を完成させ、審査員に披露。ミスティック・スフィアでは、優勝の可能性を追求するだけでなく、計時の枠をはるかに超え、五感に響く時計というビジョンも掲げるものだ。優勝者は2025年1月16日に発表された。
※『クロノス日本版』編集部注:リシュモンの2025年1月17日付けのプレスリリースによれば、残念なことにディズーンは受賞を逃している。