ブレゲ「マリーン」の現行モデルを実機レビューする。本作は、2018年に登場した第3世代のマリーンだ。いわゆるラグジュアリースポーツウォッチらしいパッケージを持つ本作。今回は、その真価を探っていきたい。
Photographs & Text by Tsubasa Nojima
[2025年2月4日公開記事]
アブラアン-ルイ・ブレゲの偉業に敬意を表する、ブレゲ「マリーン」
今回インプレッションを行うのは、ブレゲ「マリーン」の現行モデルだ。マリーンは、1815年にアブラアン-ルイ・ブレゲがフランス王国海軍時計師に任命されたという偉業に敬意を表し、1990年に誕生したコレクションである。ルーツ自体はマリンクロノメーターであるものの、デザインや機能上の直接的な関連はない。現在のブランド公式の説明では、“伝統と技術的卓越性を兼ね備えたスポーツウォッチ”として位置付けられている。
初代モデルは、ヴァシュロン・コンスタンタンの「222」やセイコー クレドールの「エントラータ」などを手掛けたことで知られる、ヨルグ・イゼックによってデザインされた。一見してブレゲの代表作である「クラシック」のようなデザインだが、厚みを持たせたケースや大型のリュウズを包むリュウズガードなど、スポーティーな要素を溶け込ませることで、ブレゲらしいエレガントさを損なわずにアクティブに仕上げた。
2004年には第2世代へモデルチェンジし、よりダイナミックな造形を獲得した。蓄光塗料が塗布されたブレゲ針やヴァーグギヨシェを施したダイアル、太くがっしりとしたラグ、ラバーストラップの採用など、さらにスポーティーさを強調したデザインによって高い支持を得た。現在でも、マリーンといえば第2世代を思い浮かべる方も少なくないだろう。
そして2018年に発表されたのが、現行の第3世代である。詳しくは後述するとして、最も大きな変化は、ラグの形状が変更されたことだろう。ケースからベルトへとシームレスにつながるデザインは、いわゆる“ラグジュアリースポーツウォッチ”にも通ずるものである。
発表当初こそ、モデルチェンジに対する賛否両論を呼んだ第3世代のマリーン。それから数年が経ち、新たな定番として認識されつつある今だからこそ、フラットな目線で評価をしてみたい。なお今回のレビュー対象は、チタンケースを採用したグレーダイアルの3針モデルだ。ギヨシェダイアルを採用した18Kゴールドケースモデルであれば、また違った印象となるだろう。そのことをご留意の上、読み進めていただきたい。
2018年に登場した、第3世代の「マリーン」。サンレイ仕上げのグレーダイアルを採用した、チタンケースモデルをレビューする。なお、この個体は筆者の私物である。自動巻き(Cal.777A)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。Tiケース(直径40mm、厚さ11.5mm)。10気圧防水。292万6000円(税込み)。
それぞれの意匠が調和したサンレイダイアル
まずはダイアルから見ていこう。レイアウトは至ってシンプルだ。ローマ数字インデックスが同心円状に並び、センターに時分秒針、3時位置に日付表示を配し、奇をてらったような意匠はない。ブレゲを象徴するギヨシェ装飾も施されておらず、あっさりとした味付けだ。しかし、ディティールに目を移すと、そのシンプルなデザインに躍動感と実用性を高めるための工夫が凝らされていることに気付く。
ダイアル全面には、サンレイ仕上げが施されている。一般的なサンレイ仕上げは、ダイアルの中心を始点として筋目が放射状に広がるように施されることが多いが、本作では12時位置のロゴを始点としている。これによって光が差し込んだ際、特にダイアルの6時側半分において、外に向かって大きく広がるような光の束が現れる。光の当たり具合が変化することで、シンプルなダイアルに躍動感が生まれるのだ。
各ローマ数字インデックスの上部に見られる“ヒゲ”にも注目したい。例えば“X”は本来、上下で線対称な文字だが、上部にのみヒゲを付けることで、ダイアルの外側に向かって広がるような印象をもたらしている。日付表示に関しても同様だ。窓を台形に仕上げ、数字の1桁目をやや大きくすることで、インデックスとの調和を図っている。
ローマ数字インデックスとしては珍しく蓄光塗料が施されていることも、本作の特徴である。蓄光塗料を充填するための“枠”として機能するようにフォントが調整されているのだ。ブレゲらしさとスポーツウォッチとしての実用性を両立させた、マリーンにこそふさわしい意匠である。
ブレゲ針のデザインを踏襲した時分針にも、同様に蓄光塗料が施されている。第2世代のマリーンでも蓄光塗料が塗布されていたが、第3世代ではドットの中に線を通したデザインに改められている。また、時分針が重なっている場合でも判読性を保つことができるのは、ブレゲ針の利点だ。例えばドーフィン針であれば、時分針が重なったとき、“重なっている”ということに気付きにくい。一方ブレゲ針であれば、ふたつのドットが一直線に並んで見えるため、“重なっている”ということが一目で分かるのだ。
ベルト一体型のグレード5チタンケース
ケースはグレード5チタン製。一昔前まで主流であったグレード2チタン(純チタン)は、柔らかく粘りの強いという素材の性質上、ヘアラインやポリッシュなどの高級感ある仕上げを与えることが難しく、くすんだグレーの色味にサンドブラスト仕上げという見た目のものが多かった。対して、チタンにアルミニウムやバナジウムを加えた合金であるグレード5チタンは、耐食性や耐アレルギー性こそグレード2チタンに若干劣るものの、ステンレススティールに遜色ないほどの硬度と審美性を備えている。
本作には、グレード5チタンの特性を生かした立体的な造形が与えられている。まず目に入るのは、ケースサイドに施されたコインエッジ装飾だ。ひとつひとつの刻みにエッジが立ち、ケースの立体感と華やかさを向上させている。加えて3時位置には、波状のリュウズガードが配されている。恐らくこれは、コインエッジが施されたミドルケースとは別パーツで製作され、溶接またはケースの内側からネジで固定されているのだろう。リュウズガードとコインエッジの境目であっても、そのシャープさはいささかも失われていない。
ベゼルはダブルステップタイプ。下段をヘアライン、上段をポリッシュに仕上げ分けている。多くのラグジュアリースポーツウォッチは、ベゼルに幅を持たせることでスポーティーな印象を強めている。その点では本作も共通しているが、ダブルステップベゼルという形状を採用し、さらに異なる仕上げを組み合わせることで、幅広のベゼルがもたらす野暮ったさを軽減しているように感じる。
第3世代のマリーンを特徴付けているのが、プレート型のラグだ。第2世代までは一般的な2本のラグを有していたが、本作ではセンターに凸型のプレートを配し、ベルトとの一体感を高めた。この変更は、ケース全体の縦の長さを切り詰めることにつながり、見た目のコンパクト化にも貢献している。それと同時に、平面のプレートが力強さを感じさせ、よりスポーティーさを強めている。
スポーティーに装うラバーストラップ
ベルトのバリエーションは、チタンブレスレット、ラバーストラップ、レザーストラップが存在する。ベルトは、ラグの両サイドからネジによって固定されているが、ユーザー自身で交換することはできない。ネジ頭が特殊形状であるため、取り外しには専用の工具が必要となるのだ。クイックチェンジ機構があればより便利だが、本作のような古典的な固定方法は、信頼性の面で優れていると言えるだろう。
今回レビューするモデルには、ラバーストラップが装着されている。表には、船のデッキを想起させるような溝が刻まれているが、過度な装飾性はなく、オンオフ問わず使いやすいデザインだ。裏面には波状のパターンが施され、汗をかいたときのべたつきや蒸れを防ぐ。
標準でフォールディングバックルが装着されている点も魅力だ。両開きのタイプであり、片方は勘合式、もう片方はプッシュボタン式である。船の舵をかたどったデザインが、マリーンのルーツを思い起こさせる。この舵は、装着する際に親指の腹などで押し込むこととなる部分だが、僅かに湾曲した形状のため、指の腹にフィットして押しやすい。操作感の向上に向けた細やかな心配りが感じられる。
高級機らしい感触を持つCal.777A
本作が搭載するのは、自動巻きムーブメントのCal.777Aである。ブレゲの中でもベーシックなCal.777系は、コンプリケーションのベースにもなる基礎体力に優れたムーブメントだ。シリコン製ヒゲゼンマイや、約55時間のパワーリザーブなど、現代の自社製ムーブメントとして標準的なスペックを持ち合わせている。
実際に触ってみると、高級機らしい優れた操作感を味わうことができる。時刻調整では、正逆どちらに回しても柔らかくふわりとした感触が指に伝わり、ふらつくことなく狙った場所に針を置くことができる。リュウズを戻す際に針飛びをすることもない。
仕上げも凝ったものだ。受けには幅の広いストライプ装飾が施され、ローターはバックルと同様に船の舵をモチーフとしたデザインを与えられている。シースルーバック仕様のため、隅々まで鑑賞することが可能だ。
ただひとつだけ、気になったところがある。ローター音の大きさだ。片方向巻き上げのため、着用時に腕の振りによってローターが勢いよく空転することがあるのだが、その際のカラカラという音が存外大きく聞こえる。性能には全く関係ないが、少しチープに感じてしまうことが玉に瑕である。
長時間の着用でも苦にならない、軽快な装着感
本作のキャラクターは、腕に載せてこそ実感できる。チタンケースとラバーストラップの組み合わせは、時折着けていることを忘れてしまうほどに軽快な装着感をもたらしてくれる。実を言えば、筆者はこれまでチタンケースの時計をあまり好んでいなかった。持ったときの重量と見た目のギャップから生じる違和感を拭えず、言葉を選ばなければ安っぽく感じてしまうからだ。これは、軽量な新素材が続々と登場する時計界にあっては捨て去るべき価値観かもしれないが、頭での理解と体に刷り込まれた感覚は、なかなかに一致しない。あくまでも主観的な感想に過ぎないが、厚みを抑えたケースを持つ本作は、重さに関する見た目と実態とのギャップが少なく、筆者にとって違和感が働かないものであった。
短く切り詰めたラグは、腕乗りも良い。筆者の腕回りは約16.5cmだが、サイドから見ても時計と手首の間に大きな隙間はなく、手首からもはみ出すことなく腕上に収まっている。
視認性も十分。ダイアルのグレーと蓄光塗料のホワイトによるコントラストが、インデックスの存在を際立たせてくれる。もし蓄光塗料が塗布されていなければ、インデックスはダイアルに埋没してしまっていただろう。サンレイ仕上げの中には、ビカビカと強い光を放つものもあるが、本作では落ち着いた印象であり、直射日光下でも目に優しい。インデックスや目盛りにしっかりと届く長さの針は、優れた判読性をもたらしてくれる。
バランスに優れた上質なデイリーウォッチ
本作に宿るのは、ブレゲらしい洗練された上品さと、デイリーユースに耐えうる高い実用性だ。ローマ数字インデックスやブレゲ針、ケースのコインエッジ装飾など、ブレゲを象徴するデザインコードを盛り込みつつ、蓄光塗料を多用したダイアルに、10気圧防水を備えたチタンケースとラバーストラップを組み合わせている。ドレスとスポーツの両面の特徴を融合させることで、マルチパーパスに活躍できる存在として構成されているのだ。
そのキャラクターは、いわゆるラグジュアリースポーツウォッチに通ずるものだが、そのカテゴリを代表するモデルの多くがクッション型のケースを採用し、光を大きく反射するヘアライン仕上げの平面と、直線に走るエッジの効いたデザインを与えられていることに比べると、旧来の時計らしさを残したラウンド型ケースの本作は、よりクラシカルで落ち着いた印象を有している。誤解を恐れずに言えば“やや地味”なわけだが、過度な主張を抑えたデザインは、ビジネスシーンから簡単なレジャーシーンまで、幅広いシーンでのカバレッジを利かせることにつながっている。レザーストラップに変更すれば、フォーマルシーンも何とかカバーできるだろう。
実用上でストレスとなる欠点が少なく、デザイン面でもスペック面でも汎用性に長けた本作は、まさにブレゲらしい奥ゆかしさを感じさせる、上質なデイリーウォッチなのだ。