今年、ヴァシュロン・コンスタンタンは創業270周年を迎えた。一度も途絶えることなく続く高級時計製造に貫かれるのは飽くなき探求の精神だ。それは、現代では数少ないオーダーメイドを担う「レ・キャビノティエ」に宿り、その技術と芸術性は世代を超えて受け継がれていくのである。
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]
ヴァシュロン・コンスタンタンから学ぶオートオルロジュリーの世界
メゾンに息づく探求の精神は、1819年に3代目ジャック=バルテミー・ヴァシュロンに宛てたフランソワ・コンスタンタンの書簡の言葉から導かれた。「できる限り最善を尽くす、そう試みることは少なくとも可能である」。
それは、時計づくりに専心していたジャック=バルテミーを力づけるばかりでなく、世界へ販路を広げるために苦難の旅を続けていたフランソワ自身を鼓舞したのかもしれない。異文化との出合いと発見を求める冒険は、深遠なる時計技術への挑戦とも共鳴した。2023年に発表された2本の「レ・キャビノティエ」はそんな軌跡を彷彿とさせるのだ。
「レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン - アラベスク様式への賛辞 -」は、1817年にトルコとの取引を通じて始まった中東との絆から、オスマン帝国の文化を融合した世界最大級のアブダビのモスク、シェイク・ザイード・グランド・モスクの建築装飾をデザインモチーフにする。ケースとラグでは、ドームや尖塔にあしらわれたアラベスク装飾や花模様を精細なインタリオ彫金で再現する。そしてマットブラックのグレイン仕上げのダイアルにバ・ルリエフ技法による浅浮き彫りを施し、さらに透かし彫りされた「格子細工のカバー」で覆う。ホワイトゴールドとのコントラストに荘厳なステンドグラスを見上げたような感動を覚えるだろう。
![レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン アラベスク様式への賛辞](https://www.webchronos.net/wp-content/uploads/2025/02/no117_VC_4.webp)
ケース全体に施されたインタリオ彫金は0.1mmにも満たない精細な手彫りで、完成までに約3カ月を要した。そこから連なるダイアルの立体的な透かし彫りは生命感を漂わせ、フランジにはモスクのシルエットを思わせる幾何学パターンを刻む。手巻き(Cal.2755 TMR)。40石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約58時間。18KWGケース(直径44mm、厚さ13.5mm)。非防水。ユニークピース。
これと対極とも言える西欧の装飾文化をまとうのが「レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン - アールデコ様式への賛辞 -」だ。モチーフになったのは、やはりトルコと同時期に商業を開始したアメリカで1920年代に隆盛を誇ったアールデコ様式。その象徴として30年に落成したクライスラービルの、天頂を目指して放射状に広がる繁栄と力強いモダニティを高度な技術を駆使したマルケトリー技法で表現している。
![レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン アールデコ様式への賛辞](https://www.webchronos.net/wp-content/uploads/2025/02/no117_VC_5.webp)
中心からやや12時位置側にオフセットしたミニッツトラックには、パールミニッツドットに加え、その幅に合わせてファセットで仕上げたダイヤモンドをセットする。アールデコ様式の特徴であるシンメトリーデザインにも優美な躍動感を添える。手巻き(Cal.2755 TMR)。40石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約58時間。18KPGケース(直径44mm、厚さ13.5mm)。非防水。ユニークピース。
2層になったダイアルは立体感を演出するとともに、それぞれゴールドプレートの輪郭線を残して彫り込み、ブラックとブルーの木片をはめ込んでいく。こうしたシャンルベ エナメルに木工のマルケトリーを組み合わせることで、豊かな表現をより際立たせるのだ。クライスラービルの矢型の尖塔を思わせると同時に、まるで摩天楼が立体的に浮き上がってくるような視覚効果を生み出している。
いずれも顧客のオーダーメイドに応える専門部署アトリエ・キャビノティエで製作された特別なユニークピースであり、歴史ある名門ならではの研ぎ澄まされたクラフツマンシップと芸術性、美学を誇示する。それは、伝統や文化を継承しつつ、大いなる探求心とともに未来へ革新を続ける高級時計の現在地なのである。
広田ハカセの「ココがスゴイ!」
時計というキャンバスで多彩な表現に取り組んできたヴァシュロン・コンスタンタン。写真でもひと目で分かる完成度の高さは、メティエ・ダールの長い歴史があればこそだ。
その表れのひとつが、余白の使い方である。密な細工と空白のバランスを巧みに取ることで、精密さと伸びやかさを両立している。加えて近年は、色のトーンを調整することで、さらに豊かな表現を身に付けた。緻密な伝統技はしばしば時計全体の個性を殺してしまうが、ジュネーブの老舗は、「らしさ」を必ず含めている。
その証左がここで挙げた2作だ。堂々たるマルタ十字をあしらったトゥールビヨンキャリッジが、これらの時計がヴァシュロン・コンスタンタンであることを明確に主張する。