現代におけるパイロットウォッチの在り方を再考する。そんな『クロノス日本版』Vol.98「パイロットウォッチ礼賛」特集を、webChronosに転載。今回は、80年以上にわたってパイロットウォッチ作りを行ってきたIWCが打ち出す、“型破り”なパイロットウォッチ、「ビッグ・パイロット・ウォッチ・トップガン “モハーヴェ・デザート”」を深掘りする。
Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年1月号掲載記事]
形あっての〝型破り〟。あえてサンドカラーに揃えた野心作
1980年代以降、パイロットウォッチの「民主化」に取り組んできたIWC。2021年時点におけるそのひとつの帰結が、サンドカラーの外装を持つ“モハーヴェ・デザート”だ。あえて外装を中間色で揃えた本作は、IWCにしか作り得ない、型破りなパイロットウォッチである。
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ビッグ・パイロット・ウォッチのケース素材をセラミックスに改めたモデル。全体をサンドカラーでまとめているが、文字盤のサテン仕上げを強調することで、視認性は想像よりも良好である。耐磁性のある軟鉄製インナーケースを持つ。自動巻き(Cal.52110)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約168時間。セラミックケース(直径46mm、厚さ14.6mm)。6気圧防水。年間生産250本(今シーズンの入荷はほぼ完売)。
(左)IWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・トップガン “モハーヴェ・デザート”」Ref.IW503004
IWCのお家芸である西暦を4桁で表示する永久カレンダーを搭載したモデル。基本設計を1985年にさかのぼる永久カレンダーモジュールは、耐久性と耐衝撃性に優れる。トップガンのため、あえて「EasX-CHANGE」は採用していない。自動巻き(Cal.52615)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約168時間。セラミックケース(直径46.5mm、厚さ15.5mm)。6気圧防水。年間生産150本(今シーズンの入荷はほぼ完売)。
サンドカラーの外装を持つ“モハーヴェ・デザート”モデル
ラグジュアリースポーツウォッチほど華美でもなく、ミリタリーウォッチほどツールっぽくもなく、ダイバーズウォッチほどオケージョンを感じさせないパイロットウォッチは、ツールと嗜好品の巧みな「鞍点」と言える。現在、さまざまなメーカーが、このジャンルの深掘りに取り組むのは当然だろう。
もちろんIWCも例外ではなく、近年のパイロットウォッチは凝った仕上げや鮮やかな文字盤といった洗練さを強調するようになった。そのさらに野心的な試みが、セラミックケースを持つ〝モハーヴェ・デザート〞だろう。トップガンを冠した本作は、ケースがセラミックス製。しかし、砂漠という名前の通り、外装はサンドカラーに統一された。ケースだけでなく、文字盤や針、ストラップも同系統色でまとめる凝りようだ。
1980年代後半から90年代初頭にかけて、IWCはさまざまなカラーセラミックスの製作に取り組んだ。白、赤(!)、そして黒など。ほぼ唯一量産されたのは、ブラックセラミックケースを持つ「パイロット・ウォッチ Ref. 3705」である。このモデルは、セラミックス製ケースとしては珍しいねじ込み式の裏蓋を持つ、純然たるプロ向けの腕時計であった。生産本数が限られたのは、セラミックスのケースを削り、そこにねじ込み式の裏蓋を支えるインナーケースを収めるという構成が、あまりにも複雑だったためだ。ねじ込み式をやめれば大量生産は可能だったが、IWCはあえてSSモデルと同じ構成を与えたのである。
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そのIWCがセラミックケースを多用するようになったのは、2012年のトップガンからだ。軽くて頑強なセラミックス素材はそもそもパイロットウォッチ向きだったが、やがて同社は、さまざまな色を与えられるというメリットにも気づいた。表面処理ではなく、素材自体を着色できるため、ぶつけても色が剥がれることはないためだ。開発チームのヴォルター・ヴォルパースが「私たちは、スケールアップできると確信できるまで、新しい技術を導入しません」と語った通り、IWCは本格的にセラミックケースの量産体制を確立したのである。
併せてIWCは、トップガンをプロフェッショナル向けと、民間向けのふたつに分けた。基本的な構成はまったく同じだが、前者はトップガンの選ばれたメンバーのみが使用できる、それぞれの氏名が刻印されたもの。後者は、完全な民間向けである。違いは刻印程度だが、あえて方向性を分けることで、トップガンはラインナップを広げることに成功した。
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後者の好例が「トップガン 〝モハーヴェ・デザート〞」だろう。あえて外装すべてをサンドカラーでまとめた本作は、プロフェッショナルが求める高い視認性よりも、ミリタリー出自というユニークさを強調した試みだ。パイロットには使いづらいだろうが、ミリタリー調のテイストを好むユーザーには間違いなく響くに違いない。
もっとも、IWCのパイロットウォッチは素材や色が変わっても、パイロットウォッチとしての基本的な要素は不変である。つまりユニークな〝モハーヴェ・デザート〞も、パイロットウォッチ風の時計ではなく、正真のパイロットウォッチなのである。
パイロットウォッチに新しい打ち出しを加えるIWC。それを可能にしたのは、85年にわたるパイロットウォッチ作りの伝統なのだ。