2010年の第1作以来、軽さと耐衝撃性能で時計業界を驚かせてきた「RM 027 トゥールビヨン ラファエル・ナダル」。その最新作にして、おそらくは最終作となる「RM 27-05 フライングトゥールビヨン ラファエル・ナダル」は、わずか11.5gという軽さと1万4000Gという圧倒的な耐衝撃性能を誇る。素材や機構でさまざまな挑戦を続けてきたリシャール・ミルが、今までの記録を塗り替えるために選んだのは、ドレスウォッチに向く薄型時計の設計だった。なぜリシャール・ミルは、ショックに弱いとされる構成を、あえて超耐衝撃性を誇る腕時計に転用しようと思ったのだろうか?
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]
新素材への取り組みがもたらした空前絶後の耐衝撃性能
時計業界に軽さと強さという概念を持ち込んだリシャール・ミル。その象徴が2010年に発表された「RM 027 トゥールビヨン ラファエル・ナダル」だ。世界屈指のテニスプレイヤーと協力して、リシャール・ミルは機械式時計の在り方に一石を投じてきた。例えば、初代のRM 027。テニスのプレーに耐えられる耐衝撃性を持つにもかかわらず、総重量は20g、本体のみだとわずか13gしかなかったのである。以降もリシャール・ミルはRM 027シリーズのナダルモデル(以下〝ナダルモデル〞)で軽さと耐衝撃性の記録を更新。24年には、その集大成である「RM 27-05 フライングトゥールビヨン ラファエル・ナダル」をリリースした。
歴代〝ナダルモデル〞に軽さと強さをもたらしてきたのは、かつてない新素材と、それ以上にユニークな設計だった。だが、リシャール・ミルはRM 27-05にオーソドックスな設計を盛り込んだ。トゥールビヨンを載せるのは今までに同じだが、ブリッジを省いたフライングトゥールビヨンとなったほか、香箱もベアリングで保持される一種の懸垂香箱に改められた。加えて、香箱だけでなく、丸穴車を支えるための受けを持たないフローティング型で、リシャール・ミルはフライングバレルと呼ぶ。輪列も2番車を中心に持たない、いわゆる「オフセット輪列」だ。これらは腕時計を薄く作るにはうってつけだが、圧倒的な耐衝撃性を打ち出す〝ナダルモデル〞にはどう考えても向いていない。というのも薄い腕時計は壊れやすい、は時計業界の常識だったから、である。しかし2010年以来、ユニークな設計で時計関係者を驚かせてきた〝ナダルモデル〞は今回、スポーツウォッチには不向きな薄型というアプローチに取り組んだ。
これには理由がある。かつて、軽さや薄さと耐衝撃性は相反するものと思われていたが、〝ナダルモデル〞などの開発を通じてリシャール・ミルは、耐衝撃性を高めるには腕時計を軽くすること、という結論に至った。事実、設計者のサルヴァドール・アルボナはこう語った。「時計を軽くしないと(耐衝撃性能をテストする)『ナダルテスト』をクリアできないのだ」。より軽くするために、薄型時計の構成にたどり着いたRM 27-05。結果、その重さは〝ナダルモデル〞としては最も軽いわずか11.5gに留まった。もっとも、ただ軽くしただけではナダルテストはクリアできない。リシャール・ミルは、より薄くした(=軽くした)ムーブメントを、ケースと一体化させて剛性を持たせたのである。その発想はケースとムーブメントを一体化させたRM 27-03を思わせるが、本作は、今まで以上に軽くて頑強な素材を前提とした点が新しい。
今回、リシャール・ミルが外装に採用したのは、カーボンTPT®の最新版であるB.4である。これは今までのカーボンTPT®と比べて、繊維を15%硬く、樹脂の耐性を30%向上させたものだ。その結果、〝ナダルモデル〞の特徴である頑強な2ピースケースを、より薄く(つまりは軽く)加工できるようになった。加えて、裏側をソリッドバックに改め、X状の筋交いを加えることで剛性も確保した。

軽さと耐衝撃性という記録を塗り替えたナダルモデルの最新作。薄型時計の設計を採用することで、ムーブメントの重さはわずか3.79g、時計全体でもわずか11.5gに留まった。手巻き(Cal.RM27-05)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約55時間。カーボンTPT® B.4のモノコックケース(縦47.25×横37.25mm、厚さ7.2mm)。10m防水。世界限定80本。要価格問い合わせ。
ムーブメントの固定方法もユニークだ。今までの〝ナダルモデル〞は、耐衝撃性を高めるため、サスペンションやワイヤーでムーブメントを支えていた。しかし今回は、ムーブメントをケースにはめ込み、それをインナーベゼルでケースバックに押し付けることで、ケースと一体化させている。そして、ショックを吸収するため、筋交いと点接触にしたのも新しい。軽くて強靱なカーボンTPT® B.4は、〝ナダルモデル〞の設計思想を大きく進化させたと言えるだろう。
あえて薄い設計を選んだRM 27-05の耐衝撃性能は、なんと1万4000G。これは一般的な機械式腕時計の約3倍だ。しかもテニスのプレーに耐えられる頑強さは従来に同じなのである。薄型時計の構成で、今までにない耐衝撃性能を実現した本作とは、間違いなく〝ナダルモデル〞の集大成であり、つまりはリシャール・ミルの究極だろう。正直、これ以上の〝ナダルモデル〞が作れるとは、今の筆者には思えない。