スイス時計協会FHの輸出統計によると、2024年、4年ぶりにスイス時計の輸出額が対前年比でマイナスとなる。この成長鈍化は、中国の景気減速の影響が大きい。一方でスイス時計の輸出先1位の米国ではドナルド・トランプが第47代米国大統領に就任したことで大幅な減税や規制緩和が予測され、いっそう高級時計への需要が高まることも期待される。2025年、世界経済が与える高級時計市場への影響とは? 気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析する。
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]
2025年の高級時計需要は「米国頼み」?

経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
【磯山友幸 公式ウェブサイト】http://www.isoyamatomoyuki.com/
高級時計の世界的な需要動向を見る方法として、本欄ではしばしばスイス時計協会FHが毎月発表するスイス時計の輸出統計を紹介している。本誌を読者の皆様が手にしていただく頃には2024年の年間統計が出てくるが、本稿執筆時点では間に合わない。だが、どうやら2024年では前の年を下回った模様だ。新型コロナウイルスの蔓延が経済を直撃した2020年以来、4年ぶりのマイナスである。
世界経済の減速を示しているとも言えるが、輸出先上位30カ国・地域のうち27カ国が大幅なマイナスになった2020年と、2024年では様相がまったく違う。発表済みの1月から11月の輸出累計では、30カ国中16カ国がプラスと過半数の国は需要が好調だったことを示している。しかし、11月までの輸出額の総額は239億3960万スイスフラン(約4兆1120億円)と、前年同期間に比べて2.7%減少している。その最大の要因は中国の景気減速である。
落ち込んだ中国市場
中国本土向けのスイス時計輸出額は11月までの累計で19億220万スイスフラン。2位をかろうじて維持しているものの、トップの米国の40億2600万スイスフランに大きく水をあけられている。新型コロナウイルス禍からいち早く立ち上がった2020年には年間で米国を抑えてトップになっていたのがウソのようだ。
2019年まではトップは香港の指定席だった。香港を訪れる旅行客の時計需要に応えていたほか、香港から中国本土へと流入していた。それが中国が香港国家安全維持法を2020年に施行すると「自由都市」と言われた香港の地位が揺らぐ。スイス時計輸出を見ると、2020年以降、香港は3位に甘んじてきた。それでも2023年については中国本土向けと香港向けを合わせた年間輸出額は51億1880万スイスフランと、米国の41億6180万スイスフランを上回っていた。世界の高級時計の需要は「大中国市場」が支えていたわけだ。
ところが、2024年は11月までの中国本土、香港向けの合計輸出額は累計36億5690万スイスフランと、米国1国を下回った。依然として好景気が続いている米国向けは5.6%増と好調だ。日本向けも11月まで9.7%増と高い伸びを示していて、香港向けを上回った。年間ではどうやら香港は日本を下回って4位に転落する。また、2位の中国と3位の日本の差はわずかになっている。
中国国家統計局は2025年1月17日、2024年の国内総生産(GDP)を発表した。物価変動を調整した実質で、前年比5.0%増だった。国家が目標として掲げていた5%を維持した格好だが、物価を考慮しない名目GDPは4.2%増と前の年の7.4%から大きく減速している。不動産不況による消費減退などが鮮明になってきたのだ。中には統計数字は信用できず、マイナス成長に陥っているという見方もある。
スイス時計の統計を見る限り、中国の高級品の需要減はより深刻なように見える。
2025年は「米国頼み」?
では、2025年の高級時計市場はどうなるのだろうか。
1月20日にドナルド・トランプ大統領の2期目がスタートした。就任式では「アメリカの黄金期が始まる」と大見えを切った。大幅な減税や規制緩和によって米国経済が過熱するという見方もある。景気が過熱すれば物価上昇に結び付き、インフレが再燃することを懸念する声もある。だが、それに伴って賃金が上昇すれば米国の消費はさらに盛り上がるだろう。
世界の高級時計は米国市場の伸びに依存することになるに違いない。経済が活況を呈し、米ドルが強くなれば、外国の高級品の輸入に拍車がかかる可能性もある。もちろん、トランプ大統領が主張している関税の引き上げも懸念材料だが、主たるターゲットは中国やメキシコ、カナダであり、欧州からの輸出に一気にブレーキがかかるとは考えにくい。
一方で、トランプ政権によって中国経済はさらなる減速を余儀なくされるかもしれない。再び米中間での関税の引き上げ合戦が始まれば、中国経済への打撃は大きい。そうなると、中国での高級時計消費はさらに落ち込むことになる。2025年の時計市場は、米国頼みの年になりそうだ。