オメガで副社長を務めたグレゴリー・キスリング。彼は同社でさまざまなプロダクトに関わった後、スウォッチ×オメガのプロジェクトを成功に導き、ブレゲのCEOに抜擢された。技術畑出身というだけでなく、多くのコレクターとコネクションを持つ彼は、今のブレゲにはうってつけの人材に違いない。
Photograph by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]
「私たちはブレゲの天才性を維持する必要がある」

ブレゲCEO。1976年、スイス生まれ。オート・エコール・アークおよびジュネーブ経営大学院を卒業後、カルティエを経て、2004年にオメガ入社。08年には製品開発責任者に就任し、さまざまな新製品の開発に携わる。22年からは製品開発担当副社長となり、スウォッチとのコラボレーションを成功に導いた。24年10月より現職。機構からマーケティングまでを知悉する彼は最も傑出した経営者のひとりである。
「エンジニアである私にとって、ブレゲは時計の世界におけるリファレンスであり、光栄なことにCEOになり、今まで知らなかった偉大なものを発見できました。そのひとつが専門性。さまざまな人々と出会い、専門知識、伝統、ノウハウといった、ブランドが輝くために必要なもの、すべての近代時計の基礎になるものを見つけましたが、それを知る人は少ない。創業250周年を迎える今年、それをさらに広げていきたいですね」
彼が強調するのは歴史と、それと同等に今である。「ブレゲにとって重要なことは3つあります。良いプロダクトを作り、それをうまく伝え、そして流通させること。幸運なことに、私たちには大きな遺産があり、ここ数年で買い付けることができた作品がいくつもあります。過去の作品と新しい作品との間には常につながりがある。伝統と革新が混在しているからこそ、私たちはこの方向性を将来にわたって継続することができるのです」。彼の見方は哲学的だ。
「聞いてください。私たちは明日も働くのです。常に製品を改良し続け、審美的にも、人間工学的にも、技術的にも、時計のために新たな発明を見いだしてきたブレゲの天才性を維持する必要がある」

ブレゲが誇る最薄トゥールビヨンムーブメントCal.581を搭載することで、自動巻きながらもケースの厚さをわずか7.45mmにとどめ、さらに深いブルーが印象的かつ象徴的なグラン フー エナメルダイアルを与えた、ブレゲらしさが横溢する逸品。自動巻き(Cal.581)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。Ptケース(直径41mm、厚さ7.45mm)。3気圧防水。2875万4000円(税込み)。
では彼は、将来的にブレゲをどういった方向性で伸ばしていきたいのか?
「たくさんのアイデアがありますが、過去のリプロダクトはしません。ブレゲは見れば分かる。文字盤の配置もそうで、アシンメトリーでも違和感がない。過去を壊すのではなく、良さを残しながら今の機械を作っていきたいですね」
面白いのは新素材に対する彼の姿勢だ。
「ブレゲはトゥールビヨンにチタンを使っていますが、機能性ならば新素材はありでしょう。しかし、カーボンはどうでしょうね? ブレゲの時計は100年後、200年後も修理が可能でなければなりませんし、 私たちの修復工房では昔の時計を目の当たりにしています。でもカーボンは200年後に修復できないから、取り替えるしかありません。とはいえ、新素材を使った新製品はもちろん出していきますよ」
ちなみにキスリングは、彼の思い描くモデルのヒントになりそうなエピソードを漏らしてくれた。曰く「私はヌーシャテル近く、プゾー村の出身なんですよね」。