1970年、シチズンは、純度99.6%の純チタンをケース素材に用いた「X-8 クロノメーター」を発表。以来、「純チタン」「純チタンへの表面処理」の研究開発に邁進し、独自素材「スーパーチタニウム™」へと結実させた。X-8 クロノメーターを打ち出してから55年という節目を迎える2025年、『クロノス日本版』およびwebChronos編集長であり、自身もシチズンのチタンウォッチを愛用する広田雅将が、同社のチタン技術の歴史と進化をひもといていく。
民間月面探査プログラム・HAKUTO-Rのコーポレートパートナーであるシチズン。このパートナーシップの一環として、2024年に打ち出されたコラボレーションモデルのうちのひとつが本作だ。なお、HAKUTO-Rの月着陸船(ランダー)には、スーパーチタニウム™が用いられている。光発電エコ・ドライブGPS衛星電波時計(Cal.F950)。Tiケース(直径44.6mm、厚さ16.0mm)。10気圧防水。世界限定2300本。37万4000円(税込み)。
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
[2025年3月12日公開記事]
愛用してきたシチズンの腕時計
筆者は個人的に、シチズンの腕時計をかなり愛用している。丈夫で正確、そして外装のほとんどがチタン製のため、軽くて使いやすいのだ。机に潜ませている2本のシチズンは、いずれもチタン製の外装を持つもの。今でこそ当たり前になったが、ひょっとして、シチズンがチタン技術の開発に取り組まなければ、時計業界でのチタンの普及はまだまだ先だったのではないか? というわけで、シチズンとチタンの話をちょっとばかり書いてみたい。
素晴らしいチタン素材、しかし実用化への壁は高かった
ちょっと真面目におさらいしたい。
チタンの発見は18世紀末にさかのぼる。この素材は地殻中に広く分布していたが、生成が難しいため長い間実用化が進まなかった。しかし、1910年にはアメリカのマシュー・A・ハンターが初めてチタンの生成に成功。1930年代には旧ソビエト連邦がプラント工業の一部に使うようになった。大規模な生成が可能になったのは1940年代のこと。塩化チタンをマグネシウムで還元する「クロール法」の開発により、チタンの大規模な精錬が可能になったのである。
軽量でありながら高強度で、耐食性が高いチタンは、とりわけ航空機やミサイルの構造材にはうってつけだった。1950年代初頭、アメリカ国防総省はチタン素材の重要性に気付いた。1955年の「ロッキード U-2」や1964年の「ロッキード SR-71 ブラックバード」、そして月面着陸船や「サターンVロケット」の構造材に、チタンを採用するようになったのである。
民生品にチタンを使うというシチズンの(無謀な)試み
そんなチタンを、民生品に使えないのかと考えたのがシチズンだった。軽くて丈夫、耐食性の高いチタンは、確かに腕時計の外装にはうってつけだ。歯のインプラントや人工関節に使う試みはあったが、純粋な民生品として作ろうと考えたメーカーは、シチズンぐらいしかなかったのではないか。

シチズンが1970年に発表したモデル。ケース素材に純度99.6%のチタンが用いられた。発売時の販売価格は4万5000円。電磁てんぷ式(Cal.0800)。現在は販売終了。
1970年に発表された「X-8 クロノメーター」は、世界で初めて量産されたチタン製の時計だった、ケース素材に選ばれたのは、ほぼ純度100%の純チタン。加えて、電磁テンプ付きのムーブメントにより、日本クロノメーター協会の規格をクリアしていた。もっとも、製造が難しかったため、生産本数はわずか2000本。そして、おそらく指紋が残るという問題をクリアするため、ケース表面にシリコンオイルを塗布していた。これはあくまでも、実験的な試みと言えるだろう。
ちなみに、シチズンはチタン以外の素材にも注目していた。同年発表された「カスタムV2 ブラッキー」は、アルミニウムに傷の付きにくい「硬質アルマイト処理」の表面処理を施したケースを持っていた。その重さはステンレススティールの3分の1,そして表面硬度はステンレススティールの約2倍もあったのである。今のシチズンが得意とする、軽い素材+表面処理というアプローチは、X-8よりも、ブラッキーにさかのぼると言えそうだ。

X-8 クロノメーターと同じく、1970年に発表されたモデル。こちらは自動巻きムーブメントCal.0673が搭載された。発売時の販売価格は1万3500円〜2万1000円。現在は販売終了。
なおシチズンは、天然石ケースの「アドレックス」も1974年に発表した。個人的な意見だが、X-8、ブラッキー、そしてアドレックスは、シチズンの「カルト御三家」であり、もしあなたがシチズンマニアならば、是が非でも手にすべきモデルだろう。手にしたら、あなたはシチズンキングだ。もっとも、いずれもあまりに野心的な試みであり、まともな程度で残っている個体は少ない。

チタンをオシャレにしよう、「アテッサ」
X-8でチタン素材にチャレンジしたシチズン。そのメリットをフルに活かしたのが、1982年のダイバーズウォッチ「プロフェッショナルダイバー」だった。

1982年に発表された「プロフェッショナルダイバー」。1300mもの防水性を有するダイバーズウォッチである。クォーツ式ムーブメントCal.1251搭載。発売時の販売価格は18万円。現在は販売終了。
防水性能は1300m、そしてヘリウムエスケープバルブを持たない構造にもかかわらず、チタン素材の採用により、ケースは軽く仕立てられていた。注目すべきは表面の仕上げ。指紋の付きやすいX-8の反省があったのか、外装全体には強いブラスト処理が施されていた。以降シチズンは、一部のプロ向けにチタン素材を採用するが、この素材がシチズンのお家芸となるには、1987年の「アテッサ」を待たねばならなかった。これこそが、チタンを時計業界に普及させた立役者、だったのである。

1987年、シチズンがチタン素材を全面に押し出して発表した「アテッサ」。アテッサはイタリア語で「予感」「期待」を意味している。クォーツ式ムーブメントCal.4630搭載。発売時の販売価格は3万5000〜8万5000円。現在は販売終了。
シチズンがチタンケースに傾倒した理由はふたつあると推測している。ひとつは、チタンの生体親和性の高さが発見されたこと。軽くて錆びにくいだけでなく、アレルギーを起こしにくいチタンは、いっそう腕時計ケースにはうってつけだった。もうひとつはアテッサに先立つ1982年、日本のマルマンオプティカルが、世界で初めてオール純チタン製のフレームを持つメガネを発売したこと。チタンフレームを鍛造で量産するという手法は、あくまで推測だが、シチズンのチタン開発に弾みを付けたのではないか。少なくとも、1980年代のシチズンは、チタンの加工でさまざまな試行錯誤を繰り返していた。
1987年発表のアテッサは、それまでのプロフェッショナル向けモデルと異なり、普通の層に向けて作られたチタンウォッチだった。ブレスレットとケースは一体化されたほか、新しい仕上げにより、表面はソフトに光るようになった。ざらつきのあるチタン外装を、シチズンは普通の人にも使えるよう手直ししたのである。また1990年代から、シチズンは大々的に「低メタルアレルギー対応」を謳うようになった。もっとも、このモデルの外装に施された筋目仕上げは、まだ後のものほど深くない。
シチズンのチタンは、他とちょっと違うのです
ちなみに1970年のX-8以降、シチズンはチタン合金(グレード5)よりも、純チタン(グレード2)を多く採用してきた。理由は、純チタンが持つメリットにある。
・軽い:ステンレススティールより約40%軽く、長時間装着しても疲れにくい。
・錆びにくい:汗や海水に強く、錆びにくい。
・アレルギーを起こしにくい:金属アレルギーを起こしにくく、肌に優しい。
しかし、純チタンにはデメリットもある。
・傷がつきやすい:ステンレススティールに比べて柔らかく、細かな傷がつきやすい。
・仕上げが難しい:チタンは加工が難しく、鏡面仕上げが困難で、色合いが暗くなる。
1990年代以降、チタンのデメリットに直面したスイスの時計メーカーは、硬くて仕上げのしやすいチタン合金を採用するようになった。これは時計業界で言うところのグレード5チタン、別名64チタンである。アルミニウムやバナジウムなどを加えたこの素材は、少なくとも純チタンに比べて加工がしやすく、つまりは筋目仕上げといった、高級時計には不可欠な仕上げを加えるのには向いていた。
対してシチズンは、素材自体に手を加えるのではなく、表面処理で対応しようと試みた。あえて難しい純チタンを選んだ理由は、おそらく、よりアレルギー耐性が高かったためだろう。
1970年のカスタムV2 ブラッキーで表面処理に取り組んだ同社は、1972年頃から次世代の表面処理としてイオンプレーティング(IP)の開発をスタートさせた。そして1977年にはステンレススティールケースに窒化チタンをコーティングした「ミラドール」を発売。以降同社は表面処理の研究を続け、耐摩耗性や耐傷性を飛躍的に向上させた表面処理の「デュラテクト」を完成させた。この新しい表面処理を施したチタンが、2000年に発表された、今で言う「スーパーチタニウム™」である。

2000年に発表された、シチズン独自の素材、現在で言うところの「スーパーチタニウム™」を使った「アスペック」。現在は販売終了。
軽さはステンレススティールの約半分だが、表面の硬さはステンレススティールの約5倍、そして純チタンの特性である耐アレルギー性は損なわれていなかった。さらに新しいデュラテクト技術は、表面を着色せず、鏡面を荒らすことなく硬化できるというメリットがあった。それ以前の表面処理には付きものだった、表面が荒れるという問題はついにクリアされたのである。つまり、高級腕時計にふさわしい、筋目と鏡面を混ぜた仕上げを施せるようになったというわけだ。
そして2001年には、素材自体を硬くしたうえで表面処理を施す「デュラテクトMRK+DLC」を開発。2006年にこの処理を外装全体に採用したことで、シチズンの純チタンは、その特性を損なうことなく、ステンレススティール並みの実用性を持てるようになったのである。

2006年、ケースやベゼル、ブレスレットなどに二重の硬質化処理を施した、シチズン初の腕時計として発表された「プロマスター エコ・ドライブ電波時計」。ガス硬化処理「MRK」を施した後、その表面にさらにDLC加工をあしらうことで、純チタンの約8~10倍の耐傷性を備えることとなった。現在は販売終了。
唯一無二の表面硬化技術「デュラテクト」って一体何なの?
現在、デュラテクトには3つの手法がある、具体的には
・表面をコーティングして、傷を付きにくくする手法。
・素材自体の表面を硬くして、打ち傷などを付きにくくする手法。
・両方を複合的に施す手法。
理想を言えば両方を複合的に施したものが一番傷が付きにくい。しかしシチズンは、その用途に応じてデュラテクトを使い分けている。ドレスウォッチのケースを硬くしても意味がないし、逆に、アウトドアウォッチならば、素材を硬くした方がいいだろう。もっとも、どのデュラテクトにしろ、表面硬度はなんと1000HVもある。これは純鉄やチタン合金の約7倍~8倍。腕時計に使われるステンレススティールに比べても、最低5倍以上は硬い。
表面をコーティングするデュラテクト
表面をコーティングする手法には、デュラテクトチタンカーバイド、デュラテクトプラチナ、デュラテクトゴールド、デュラテクトピンク、デュラテクトサクラピンク、デュラテクトα、デュラテクトDLC、デュラテクトアンバーイエローそしてデュラテクトDLCブルーの9種類がある。
デュラテクトのうち、チタンカーバイドにプラチナを配合した表面処理を備えたザ・シチズンの新作モデル。おもにハイエンドラインやレディースラインに用いられている。光発電エコ・ドライブ(Cal.A060)。TIケース(直径38.3mm、厚さ12.2mm)。10気圧防水。41万8000円(税込み)。
一番早く商品化されたのは、耐アレルギー性の高いチタンカーバイドである。その後シチズンは、プラチナやゴールドといった、純チタンのくすみを補うような処理を開発し、なんとデュラテクトピンクとデュラテクトサクラピンクでは、抗菌性能も加えてしまった。ちなみにもっとも高級な仕上げは、HV2000以上を誇るデュラテクトαだ。もっともこの処理が施されたモデルは、一部のハイエンドに限られる。また均一にブラックコーティングを施せるDLCコーティングも、シチズンは1987年には試作に成功している(ただしこの時の試作の素材は、チタンではなかった)。今、ブラックコーティングの主流はDLCになっているが、シチズンはこのジャンルでも他社に先駆けていたわけだ。
素材自体の表面を硬くするデュラテクト
素材自体の表面を硬くする手法として、デュラテクトMRK、デュラテクトMRKゴールドが挙げられる。
表面だけをカバーするデュラテクトに対して、中まで素材を硬くしたのが、デュラテクトMRKである。具体的には、真空装置にガスを封入し、チタン製の部品に対して熱処理を施すことで、素材の表面を結晶化させ硬化層を形成させるもの。表面の硬い層が、普通のデュラテクトに比べて約10倍も厚いため、傷以上に、凹み傷に強い。ドレスウォッチよりも、アウトドアウォッチに向く手法と言えるだろう。
いわば全部載せ、両方を複合的に施すデュラテクト
デュラテクトの全部載せが、デュラテクトMRK+DLCである。

シチズンが展開する、冒険家のためのフィールドウォッチ・プロマスター「LANDシリーズ」。このシリーズから2023年に登場した「エコ・ドライブ アルティクロン BN4065-07L」は、デュラテクトMRK+DLCのスーパーチタニウム™ケースを備えることで、傷を気にせずハードに使えるスポーツウォッチに仕上がっている。光発電エコ・ドライブ(Cal.J280)。TIケース(直径46.7mm、厚さ16.4mm)。20気圧防水。15万4000円(税込み)。
デュラテクトMRKを施した上から、硬質被膜のデュラテクトDLCをコーティングすることで、すり傷と打ち傷には極めて強い上、耐メタルアレルギー性にも優れている。もっとも、ドレスウォッチよりもスポーツウオッチに向いており、ハイエンドのプロマスターなどに多く見られる。
純チタン+表面処理を磨き挙げたユニークさ
現在、多くの時計メーカーが目を向けるのは、加工しやすく、色味もステンレススティールに近いグレード5のチタン合金だ。しかし、シチズンは純チタンに処理を施すというアプローチを選んできた。大きな理由は、その方が、チタンの特性を生かせるためだ。一方、そのデメリットを抑えるべく、同社は表面処理のデュラテクトを開発。当初は傷の付きにくいチタンカーバイド処理のみだったが、後に明るく光るプラチナなどの処理を加えることに成功した。もっとも、シチズンはチタン合金の採用にはやぶさかでないようだ。100周年記念に発表された「『CITIZEN』ブランド時計 100周年記念 懐中時計」は、あえてお家芸のデュラテクトを封印し、代わりにチタン合金を徹底的に磨きあげている。

“CITIZEN”の名前を冠した、16型手巻き懐中時計の発売から100年となる2024年、「次の100年に向けたより良い時計の未来を志向し、今をスタートとした新たな一歩の象徴」として打ち出された限定モデル。手巻き(Cal.0270)。18石。2万8800振動/時。Tiケース(直径43.5mm、厚さ13.4mm)。日常生活用防水。世界限定100個。特定店限定モデル。110万円(税込み)。完売。
軽くて錆びにくく、しかも耐アレルギー性の極めて高いチタン。55年以上にわたって、この素材に対する技術を磨き上げてきたシチズンは、ちょっと世界的に見ても類のないメーカーである。そんな同社のユニークさを示す、面白い話を加えたい。
世界初の⺠間⽉⾯探査プログラム「HAKUTO-R」で使⽤されるランダー(⽉着陸船)とローバー(⽉⾯探査ローバー)には、シチズンが独⾃に開発した素材「スーパーチタニウム™」が使用されている。宇宙で使われる素材を作れる時計メーカーが、世界にどれほどあるだろうか?
オタク的なシチズンのチタンモデルチョイス
シチズンのチタンモデルはいいね、と思った皆さん。広田のオススメを以下挙げておきます。
シチズン アテッサ「ACT Line ブラックチタン™シリーズ CC4055-65E」

2022年、シチズン アテッサ「Act Line」に、サファイアクリスタル製ベゼルを搭載したモデルとしてバリエーションに加わった1本。光発電エコ・ドライブGPS衛星電波時計(Cal.F950)。Tiケース(直径44.6mm、厚さ15.4mm)。10気圧防水。33万円(税込み)。
チタンウォッチの世界標準とも言えるシチズン アテッサ。そのフラッグシップが本作だ。ビジネスシーンを意識したためか、デュラテクトは表面処理のデュラテクトDLC。筋目の繊細さをうまく残している。また、サファイアクリスタル製のベゼルや、ポリカーボネートであることを感じさせない文字盤の仕上げなどが、価格以上の見た目をもたらした。パーペチュアルカレンダー、デイ&デイト表示、1/20秒クロノグラフ(24時間計)、ダブルダイレクトフライト(実はかなり使いやすい)、ワールドタイム機能(39時差)、サマータイム機能、デュアルタイム機能など、機能は満載である。
シチズン プロマスター「メカニカル ダイバー200m NB6025-59H」

1977年に発売された「チャレンジダイバー」のデザインを継承するモデル。オールブラックなデザインが目を引く。自動巻き(Cal.9051)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Tiケース(直径41mm、厚さ12.3mm)。200m潜水用防水。18万1500円(税込み)。
伝説的なフジツボダイバーのデザインを受け継ぐ最新作。外装にはデュラテクトDLCを施した純チタンを採用する。また自動巻きムーブメントは、一部パーツを非磁性素材に置き換えることで1万6000A/mもの優れた耐磁性を実現した。厚さ12.3mmという厚さも含めて、個人的な一押しだ。
ザ・シチズン「AQ4106-00W」

2024年、ザ・シチズンの「Iconic Nature Collection」に加わった限定モデル。⼟佐和紙で作られた文字盤は、移ろいゆく自然の、景物の美しい一瞬を表現している。光発電エコ・ドライブ(cal.A060)。Tiケース(直径38.3mm、厚さ12.2mm)。10気圧防水。世界限定300本。42万9000円(税込み)。
外装にデュラテクトサクラピンクをあしらったモデル。この見た目で抗菌機能があるのも面白い。お得意の和紙文字盤は、質感・発色ともに良好だ。また、軽いため取り回しにも優れるほか、年差±5秒という極めつけの高精度も魅力的だ。
