ポスト〝ラグスポ〟。新時代のドレスウォッチを最新モデルから理解する③ムーブメント

2025.04.14

一大ブームとなったラグジュアリースポーツウォッチが定番化した後、新たなトレンドとして注目されているのがドレスウォッチだ。かつては使いにくいところもあったこの定番ジャンルは、現在は実用性を伴って、劇的に進化している。そんな新時代のドレスウォッチを、『クロノス日本版』2024年1月号(Vol.110)で再考した。その特集記事をwebChronosに転載。第3回は、現代ドレスウォッチに実用性を与えた「ムーブメント」から、このジャンルを定義する。

ポスト〝ラグスポ〟。新時代のドレスウォッチを最新モデルから理解する①装着感

FEATURES

ポスト〝ラグスポ〟。新時代のドレスウォッチを最新モデルから理解する②仕上げ

FEATURES

奥山栄一、三田村優:写真
Photographs by Eiichi Okuyama, Yu Mitamura
加瀬友重、広田雅将(本誌):取材・文
Text by Tomoshige Kase, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Tomoshige Kase, Yukiya Suzuki (Chronos-Japan), Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年1月号掲載記事]


新時代のドレスウォッチ Chapter 3 ムーブメント

今、ドレスウォッチがリバイバルを遂げつつある大きな理由は、間違いなく気密性の高い、そして頑強なケースの製造が可能になったことにある。しかし、もうひとつ、ドレスウォッチの普及をさらに加速させるかもしれない要因がある。それが、新設計の自社製ムーブメントだ。巻き上げ効率を大きく改善した自動巻き機構や、ショックに強いフリースプラングテンプなどは、新世代のドレスウォッチに、普段使いできるだけのパフォーマンスをもたらしたのである。その好例を見ていこう。


①自動巻き機構

「薄いドレスウォッチは主ゼンマイが巻き上がらない」というのは、かつての関係者たちに共通する認識だった。もちろん、時計メーカーはローターの錘を外周部に置くなどでその改善に努めたが、そもそも薄くて軽いローターに、高い巻き上げ効率は期待できなかった。しかし、新世代の自社製自動巻きは、そういった常識を大きく変えようとしている。好例は、爪で巻き上げるラチェット式自動巻きや、スムーズに回転するペリフェラルローター、そして両方向巻き上げ式のマイクロローターだ。

IWC「ポルトギーゼ・オートマティック 40」

一部の例外を除いて、分厚い自動巻きを作り続けてきたIWC。そもそも高い巻き上げ効率を、セラミック素材がさらに改善した。ペラトン式自動巻き機構の最新作であるCal.82000系は、巻き上げる爪と丸穴車に連結する中間車にセラミックスを採用したムーブメントだ。軽くて摩耗しにくいうえ、注油の必要がないこの素材により、長期間、高い巻き上げ効率が維持される。また、手巻きをしても自動巻き機構が削れない、というメリットもある。

IWC「ポルトギーゼ・オートマティック 40」

IWC「ポルトギーゼ・オートマティック 40」
1930年代に誕生した「ポルトギーゼ」は、懐中時計用ムーブメントを搭載した大型で高精度な腕時計だ。本作では、その簡潔なデザインコードを踏襲しつつ、取り回しやすいサイズに仕上げている。ペラトン式自動巻き機構にはセラミック素材が採用され、優れた耐久性を持つ。豊富なダイアルバリエーションも魅力だ。自動巻き(Cal.82200)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40.4mm、厚さ12.3mm)。3気圧防水。(問)IWC Tel.0120-05-1868

 1960年代後半以降、ドレスウォッチのメインストリームとなった薄型自動巻き。しかし、80年代に入ると急速に失速した。理由のひとつは巻き上げ効率が高くなかったこと。ムーブメントを薄くした結果、薄型自動巻きは軽いローターを持たざるを得なくなった。加えて、摩耗を嫌って採用されたスイッチングロッカー式の自動巻きは、油が切れるとたちまち巻き上げ効率を悪化させた。

 各社は比重の高いプラチナや金を使うことでローターを重くしようとしたが、成功を収めたとは言い難い。パテック フィリップのマイクロローター、Cal.240のような成功例はあったものの、多くの薄型ドレスウォッチは自動巻きに替えてクォーツムーブメントを搭載するようになった。機械式時計が復活して以降も「薄いドレスウォッチはゼンマイが巻き上がらない」という市場の認識は変わらなかった。

ショパール「L.U.C XP」

長年、マイクロローターにラチェット式の自動巻き機構を合わせてきたショパール。極めて凝ったこの自動巻きは、摩耗しにくい半面、デスクワークでは巻き上がりにくいという弱点がある。それを改善したのが、Cal.L.U.C 96.53-Lだ。自動巻き機構には歯車による両方向巻き上げを採用。自動巻き機構が軽くなった結果、理論上の巻き上げ効率は改善された。一般的なマイクロローターには片方向巻き上げしか使えない、という定石を破る試みである。

ショパール「L.U.C XP」

ショパール「L.U.C XP」
縦方向のサテン仕上げを施したネイビーブルーダイアルとアラビア数字インデックス、ファブリック製ストラップが、カジュアルユースにもふさわしい。シースルーバックからのぞくムーブメントは、ブリッジの面取りとコート・ド・ジュネーブ、マイクロローターなど、見どころが満載だ。自動巻き(Cal.L.U.C 96.53-L)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約58時間。SSケース(直径40mm、厚さ7.2mm)。30m防水。(問)ショパール ジャパン プレス Tel.03-5524-8922

 しかしながら、この10年で薄型自動巻きは再び復活を遂げようとしている。その要因は、高い巻き上げ効率を誇る自動巻きの進化だ。セイコーのマジックレバーやIWCのペラトン、そしてリシュモン グループのマジッククリックに代表される、歯車ではなく爪で巻き上げるラチェット式の自動巻きは、デスクワーク時でさえも十分ゼンマイを巻き上げるほど効率が高い。また、MPS製のマイクロセラミックベアリングは、極めて巻き上げ効率の悪かったペリフェラルローターをいよいよ使えるものとした。マイクロローターも変わりつつある。かつては片方向巻き上げしかフィットしないとされたマイクロローターだったが、高効率の両方向巻き上げのマイクロローターは、その認識を変えつつある。

 薄いドレスウォッチは主ゼンマイが巻き上がらない。そういった定説は、もはや過去のものになったのだ。

カール F. ブヘラ「マネロ ペリフェラル」

自動巻きを薄くする切り札が、ムーブメントの外周にローターを置くペリフェラルローターだ。量産機として、初めて成功を収めたのが、カール F. ブヘラである。ローターを含む自動巻き機構には、MPS製のシステムを採用。セラミックベアリングを用いたこの自動巻き機構は、軽いローターをスムーズに回転させる。このムーブメントの成功を受けて、ペリフェラルローターは急速に普及するようになった。なお現在、MPSの恩恵を大々的に受けているのはブルガリである。

カール F. ブヘラ「マネロ ペリフェラル」

カール F. ブヘラ「マネロ ペリフェラル」
自然から着想を得たナチュラルカラーを採用。くさび型インデックスやドーフィン針、スモールセコンドなどのクラシカルな要素に、ブルーダイアルが温かみを添える。ペリフェラルローターは高い巻き上げ効率を誇るとともに、ブリッジの仕上げを鑑賞しやすいという利点もある。付け替え用ストラップ付属。自動巻き(Cal.CFB A2050)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。SSケース(直径40.6mm、厚さ11.2mm)。3気圧防水。


②フリースプラング

本誌でも再三取り上げてきた緩急針に頼らない歩度調整システムがフリースプラングテンプだ。これはヒゲゼンマイに接触するヒゲ棒に替えて、テンワの周りに設けた錘を回して、時計の遅れ進みを調整するもの。かつては機械式ムーブメントに長期間安定した精度をもたらすものと見なされていたが、ヒゲゼンマイに接触する部品がないという構造は、機械式ムーブメントの耐衝撃性を大きく改善した。この機構は、今後ドレスウォッチをより一般化させるかもしれない。

ロレックス「パーペチュアル 1908」

ロレックスらしからぬ薄さを誇る「パーペチュアル 1908」。それを可能にしたのが新しい緩急装置だ。パラクロム製の巻き上げヒゲゼンマイに替えて、本作はフラットなシリコン製シロキシ・ヘアスプリングを採用。ムーブメントの高さが抑えられた結果、ケースは明らかに薄くなった。シリコン製ヒゲゼンマイ+フリースプラングテンプの組み合わせは、スウォッチ グループの各社を筆頭に、今や高級機械式時計の定石のひとつとなった。しかし、ロレックスが参入するとは誰が予想しただろうか?

 緩急針を持たないフリースプラングテンプは高級な機械式ムーブメントの特徴のひとつだ。パテック フィリップ、続いてロレックスがいち早くこの機構を採用した理由は、長時間にわたって安定した精度を保てるためだった。しかし、このフリースプラングテンプにはもうひとつのメリットがあった。ヒゲゼンマイに接触してその長さを変えるヒゲ棒がないため、強い衝撃を受けてもヒゲゼンマイにダメージを与えにくかったのである。

 2000年代以降、自社製ムーブメントの開発に取り組む多くのメーカーが緩急針に替えて、フリースプラングテンプを積極的に採用したのは当然だろう。そして、このショックに強い機構は、15年以降のラグジュアリースポーツウォッチのブームを下支えすることになった。

ロレックス「パーペチュアル 1908」

ロレックス「パーペチュアル 1908」
ブランド名を商標登録した年をその名に冠するロレックスの最新モデル。古典的なダイアルデザインは、初代「オイスター パーペチュアル」の意匠を現代的に再解釈したもの。トランスパレントバックを採用しており、新開発の自動巻きムーブメントCal.7140を鑑賞することができる。自動巻き(Cal.7140)。38石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約66時間。18KYGケース(直径39mm、厚さ9.5mm)。50m防水。

 等時性だけでなく、ムーブメントの耐衝撃性を改善するフリースプラングテンプ。そのメリットに気づいた各社は、ベーシックなドレスウォッチにもこの機構を採用するようになった。好例が23年に発表されたロレックスの「パーペチュアル 1908」と、このモデルが搭載するCal.7140だ。ヒゲゼンマイには従来のパラクロムに替えて、ショックでも変形しにくいシリコンを採用。シリコン製ヒゲゼンマイに緩急針が使えないことを考えれば当然だが、緩急装置にはフリースプラングテンプが選ばれた。この組み合わせは理論上高い精度と非凡な耐衝撃性を、この新しいドレスウォッチにもたらすだろう。

 フリースプラングテンプを積極的に採用してきたのはスウォッチ グループである。同グループのハイエンドであるブレゲとブランパンは、現在ほぼすべてのムーブメントをフリースプラング化した。写真のヴィルレが採用するムーブメントは、フレデリック・ピゲの古典機であるCal.1150をベースとしたもの。オリジナルの緩急針をフリースプラングテンプに変更することで、性能はさらに向上した。

ブランパン「ヴィルレ コンプリートカレンダー」

薄型自動巻きの傑作として名高いフレデリック・ピゲの1150。自動巻き機構に片方向巻き上げを採用することで、薄型らしからぬ高い巻き上げ効率を誇った。このムーブメントを大改造したのがブランパンである。オリジナルの緩急針とニヴァロックス製のヒゲゼンマイに替えて、フリースプラングとシリコン製ヒゲゼンマイの組み合わせが採用された。テンワの形状も空気抵抗を発生しにくいものとなっている。現行の「ヴィルレ コンプリートカレンダー」が十分な実用性を持つ理由だ。

 フリースプラングテンプは、他社のムーブメントにも多く見られる。IWCのポルトギーゼやパテック フィリップのドレスウォッチは、すべてフリースプラングテンプ付きだ。そして、オメガや最新作のロンジンも緩急装置はフリースプラングに改められた。シリコン製ヒゲゼンマイの普及がフリースプラングの普及を加速させたことは間違いないが、そもそもこの機構が有用でなければ、ここまで爆発的に広まることはなかっただろう。

 ラグジュアリースポーツウォッチを表舞台に引き出したフリースプラングテンプ。これは、かつて実用性に乏しいとされたドレスウォッチを、シチュエーションを問わず使えるものに進化させたのである。

ブランパン「ヴィルレ コンプリートカレンダー」

ブランパン「ヴィルレ コンプリートカレンダー」
複雑機構によって機械式時計の魅力を訴え、その復権に大きく貢献したブランパン。月、日、曜日と月齢を表示するコンプリートカレンダーを搭載しつつ、端正なダイアルと薄型ケースを実現している。日付を示すサーペント針や顔が描かれた月は、同社を象徴するアイコニックな意匠だ。自動巻き(Cal.6654.4)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.9mm)。3気圧防水。(問)ブランパンブティック銀座 Tel.03-6254-7233


③審美性

構成要素が少ないが故に、優れた仕上げが求められるドレスウォッチ。これは搭載するムーブメントも例外ではない。「ドレスウォッチ」=「仕上げの良いムーブメントを搭載するモデル」という認識は今も昔も変わっていない。しかし、ドレスウォッチの進化を受けて、最新作の中には今までにない仕上げを打ち出したものが見られるようになった。そのひとつが、あえてツヤを落としたマット仕上げである。「高級」=「光るもの」という認識は、今後大きく変わるかもしれない。

ピアジェ「アルティプラノ オリジン」

薄型時計メーカーの雄であるピアジェは実のところ、実用性を重視するメーカーでもある。そのため、仕上げは意外なほどシンプルだ。入念な仕上げが、しばしば部品の厚みを変えてしまうことを考えれば納得だ。代わりにピアジェは、見せ方に工夫を凝らすことで個性を打ち出した。本作は、マイクロローターを強調するように、丸いジュネーブ仕上げを加えている。すでにモーリス・ラクロアなどが採用する手法だが、ローターを目立たせるように施したのが新しい。

ピアジェ「アルティプラノ オリジン」

ピアジェ「アルティプラノ オリジン」
1950年代より薄型ムーブメントを手掛けてきたピアジェ。本作が搭載するマイクロローター式自動巻きムーブメントは厚さわずか3mmだが、当然その仕上げに抜かりはない。袖口を邪魔しない薄型ケースと、優雅なレイアウトのダイアルは、パーティーシーンを華やかに彩ってくれることだろう。自動巻き(Cal.1205P1)。27石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約44時間。18KPGケース(直径40mm、厚さ6.36mm)。3気圧防水。(問)ピアジェ コンタクトセンター Tel.0120-73-1874

 高級な機械式ムーブメントといえば、直線状に施されたジュネーブ仕上げにペルラージュの組み合わせが定石だ。そして、高価格帯であれば、手作業による丸い面取りが不可欠になる。もちろん、こういったディティールがドレスウォッチに分かりやすい高級感をもたらしたことは間違いない。

 しかし、ドレスウォッチの在り方が変わりつつある現在、いくつかのメーカーは新しい仕上げをムーブメントに盛り込むようになった。そのひとつはオーデマ ピゲやカルティエだ。両社はムーブメントを肉抜きしたスケルトンにサテン仕上げを与えることで、ドレスウォッチにモダンなタッチを加えることに成功した。ケース同様ムーブメントも光らせるのがドレスウォッチの定石だったが、必ずしもそのセオリーに従う必要がなくなったのである。

グラスヒュッテ・オリジナル「セネタ・クロノメーター」

往年のマリンクロノメーターに範を取ったセネタ・クロノメーターは、モノトーンを強調した新作を加えた。ムーブメントも今までの色違い。しかし、均一に施されたブラスト処理が、表面を荒らした文字盤とマッチする。また、グレーを強調するため、テンワの色も、グレーからシルバーに改められた。モダンなスポーツウォッチに見られる手法を、古典的なドレスウォッチに転用した試みのひとつ。もっとも、手間をかけなければ、全体の印象はちぐはぐになったはずだ。

グラスヒュッテ・オリジナル「セネタ・クロノメーター」

グラスヒュッテ・オリジナル「セネタ・クロノメーター」
19~20世紀に高い評価を受けたグラスヒュッテ製のマリンクロノメーターに範を取ったデザインが特徴。ダイアルは銀粉と塩、水を混ぜ合わせたものを手作業で塗り込み、ざらついた質感に仕上げている。時刻調整時に秒針が帰零する高度な秒針規制機構を搭載。手巻き(Cal.58-08)。58石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間40分。18KWGケース(直径42mm、厚さ11.4mm)。5気圧防水。(問)グラスヒュッテ・オリジナル ブティック銀座 Tel.03-6254-7266

 グラスヒュッテ・オリジナルの「セネタ・クロノメーター」にも新しい試みが見て取れる。これはムーブメントの受けをブラスト処理することで、モノトーンの外装とムーブメントをうまくマッチさせた試みだ。ちなみにブラスト処理は安価に見えるが、良質な仕上げを施すには、下地をフラットに整える必要がある。そのため表面を切削するだけのジュネーブ仕上げよりも手間はかかる。光らないからといって、コストダウンとは限らないのである。

 古典的な仕上げを採用するムーブメントにも変化が見られる。ピアジェのアルティプラノが搭載するのは、縦方向のジュネーブ仕上げを、マイクロローターを強調する丸い仕上げに改めたムーブメントだ。装飾をデザイン要素に変えたのは新しい。

 今や大きく変わりつつあるドレスウォッチの在り方。それに伴い、ムーブメントの仕上げも今後、さまざまなバリエーションを加えていくはずだ。


あえて古典的なムーブメントを選んでみる

今までの枠を超えて進化しつつあるドレスウォッチ。その一因は、まったく新しい自社製ムーブメントにある。しかし、そもそもドレスウォッチは性能とは無縁のもの。であれば、いっそ古典機に目を向けるのはどうだろうか?

チュチマ パトリア&Cal.617

Photograph by Masahiro Okamura
チュチマ パトリア&Cal.617
チュチマのドレスウォッチである「パトリア」は、新規設計のCal.617を搭載する。しかしながら、スモールセコンド輪列に加えて、手作業で施された面取りや巻き上げヒゲゼンマイといった古典的なディテールに満ちている。手巻き。2万1600振動/時。20石。パワーリザーブ約65時間。SSケース(直径43mm、厚さ11mm)。5気圧防水。

 新時代のドレスウォッチと銘打った本特集では、基本的に屈強な心臓を持つ、新世代のムーブメント搭載機を選んだ。つまり、ケースは薄くてドレッシーなのに、実用時計並みに使えるムーブメントを持つということだ。フリースプラングテンプや直径の大きなテンワは、間違いなく、薄いドレスウォッチの可能性を大きく広げた。

 もっとも、タフに使わないのであれば、古典的な設計を持つムーブメントからドレスウォッチを選ぶのはありだろう。パテック フィリップの215 PS、ピアジェの430P、フレデリック・ピゲの21やジャガー・ルクルトの849、そしてオーデマ ピゲの2003やヴァシュロン・コンスタンタンの1003といった傑作は市場からほぼ消えてしまったが、探せばまだ、ドレスウォッチにふさわしい古典機は見つかる。

Cal.L.U.C 96.40-L

ショパールのL.U.C 96.40-Lは、実用性と審美性を両立した傑作。

 その筆頭となるのが、ショパール「L.U.C 1860」が搭載するCal.L.U.C 96.40-Lだろう。初出は1996年発表の96.01-L(旧名1.96)。マイクロローター自動巻きだが、片方向巻き上げではなく、凝ったラチェット式の自動巻きが採用された。細かいペルラージュや巻き上げヒゲゼンマイにスワンネック型緩急針の組み合わせが、このムーブメントの魅力を増している。

Cal.1120QP

永久カレンダーを加えたヴァシュロン・コンスタンタンのCal.1120QPは、時計業界の至宝だ。基本設計は1967年。まだ入手できるのが奇跡のような自動巻きムーブメントである。

 ヴァシュロン・コンスタンタンの1120も、やはり選ぶべきムーブメントだ。基本設計を67年にさかのぼるこのムーブメントは、今なお同社のコンプリケーションに用いられている。今の基準では巻き上げ効率も精度も高くないが、その造形は、薄型自動巻きの最高峰であり続ける。残念ながらベーシックな2針モデルには採用されていないが、パーペチュアルカレンダーであれば、なお選択が可能である。

 クレドールの「ゴールドフェザー」が搭載するCal.68系も往年の設計を今に残すムーブメントだ。世界を見渡しても、もはや極薄手巻きムーブメントとして残されたのはピアジェの430Pと、この68系しかない。薄型2針手巻きという古典的な定義に従うならば、おそらくゴールドフェザーは、世界唯一の選択になるのではないか。

Cal.68系

クレドール「ゴールドフェザー」は絶滅危惧種の薄型2針を搭載したモデル。古典的な定義によるドレスウォッチの造形を、ほぼ唯一保つものだ。

 最後に挙げたいのは、チュチマ「パトリア」だ。搭載するCal.617は純然たる新規設計。しかし、スモールセコンド輪列や巻き上げヒゲゼンマイといった古典の要素を盛り込む。

 もちろん、最新のムーブメントは素晴らしい。しかし、ドレスウォッチだからこそ、見せるムーブメントが増えて欲しい。


セイコー クレドール「Cal.68系」。未来に残したい時計遺産【傑作ムーブメント列伝】

FEATURES

“良い時計の見分け方”をムーブメントから解説。良質時計鑑定術<最上級、上級、実用時計の仕上げを比較する>

FEATURES

ショパール/L.U.C